sideユナー2

獅子の舞ビースト・ハード


 獣人しかいない、冒険者パーティーでも珍しいパーティー。


 ぶっきらぼうな口調でもなんだかんだで仲間想いな、アーシアさん。


 冷静に見えて、意外と好奇心旺盛で子供っぽい一面を持ち合わせる、グレアさん。


 基本怠そうにしているが、言うことは素直に聞く、シャロさん。


 それぞれ性格が違うも……皆さんが揃うと、騒がしくも居心地良い。


 私は……初めての居場所ができて、すごく心地良い空間だった。


 獣人族とあり、人族の中にはよく思わない人たちもいたけど、あまり気にならかった。


「けっ。人間もどめ。アタシらに力負けしてるからって、愚痴愚痴言いやがって」

「ユナ。ああいうやつらは基本、自分たちの能力を棚に上げるタイプだから気にするだけ無駄よ」

「ん、めんどくさい人たちとは関わらない方がいい……」


 1人じゃないってことが何より、気にならない要素だった。


 それでもパーティーメンバーだけでは解決できない問題が出てきた。


 それは———






……ですか?」


 皆さんの会話の途中で、私は思わず聞き返した。


「ん? ああ、発情期だ。獣人は、成人を越えたら発情期がくるらしいんだよ」

「確か年に2回くらいじゃなかったかしら? といっても、私はまだきたことないから詳しくは分からないけど」

「ん、発情期とか別にこなくていい……」


 獣人。しかも女性ばかりとあり、こういうデリケートな話もしやすい環境ではあるが……。


「発情期……ですか……」


 発情期。

 少しだけなら知識はある。


 自分でもどうしようもないくらい、性欲が高まる時期。

 1人でどうにかすればいい……というだけなら、話題に上げるほどでないだろう。


「普通なら、自分で発散させてその期間を乗り越えればいいものの……獣人の発情期ってのは強烈らしくてな。自分1人で乗り切るってことができないらしいんだよ」


 アーシアさんは少し頬を染めながらも、続ける。


「つまりは、発情期がきたらアタシたちもちゃんとした相手がいないと……ダメってことだな」

「ちゃんとした相手というと…………ですか?」


 私がそう言うと、3人とも苦い顔になる。


 どうやら男の人とは、あまり良くない思い出があるようだ。

 むしろ、苦手寄り。


 表情からそう感じ取れる。


「……まあそうだなぁ。ごちゃごちゃ考えていても、男はどっちみち必要になる。……もう1つ要因があるからなぁ」

「もう1つの要因、ですか?」

「おう、そうだが……。ユナ、お前……獣人なのになんも知らないんだな」

「えと、すいません……」


 発情期どころではない環境にいたから。

 とは、言わないでおく。


『一族の厄介者のお前を15年も食わしてやったが……それももうお終いだ! 早く出ていけッ!』

『もう、私たちの目の前に現れないで……っ』


 けど、あの酷い環境を思い出して……少し胸が痛む。


 俯いていると、グレアさんが私の隣にきた。


「別にいいじゃない。知らないのなら、教えてあげればいいのだから。アーシアはケチねぇ」

「あ? なんだとグレア! アタシはちゃんと教えているじゃねーか!」

「はいはい、すぐ大声を出さないで。続きは私が優しく教えてあげるわ、ユナ」

「あ、ありがとうございます、グレアさん……」


 ぎゅっと、グレアさんに手を握られた。


「発情期ってのは、突然始まるものだけれど……ある日、突然ってわけではなの。発情条件というのが、満たされて発情してるって薄々自覚するみたいなの」

「発情、条件ですか?」

 

 言葉から察するに、発情を迎えるに当たって、何かきっかけみたいなのがあるのだろう。


 次の言葉が重要そうだと思い、グレアさんに注目していると……グレアさんは眉を下げて、


「その発情条件っていうのは……。男の人に見つけてもらう他、ないらしいのよ。だからさっきアーシアが言っていたように結局、男が必要ってわけ」

「ん……めんどくさい。発情条件も男もめんどくさい……」


 グレアさんの言葉に、シャロさんの顔が一層険しくなる。


「ほんと、色々とめんどくさいよなぁ。ただでさえ獣人ってだけで怯えられたり、罵詈雑言のアタシたちだ。簡単に男なんて見つかるはずないに……」

「ええ。それに加えて、アタシたち4人の発情に耐えられる体力と性欲がある男を探せっていうのですもん」

「ん、見つかるはずない……」


 はぁ、と3人から重いため息が漏れる。

 

 発情期は私も含めてまだ皆さん始まっていないし、その予兆もない。

 

 しかし、発情期が始まってしまって、男の人を見つけていなければ当然、発情期は長く続く。

 長く続けば続くほど、冒険者活動に響くし……。

 

 最悪、そこら辺の男を襲ってしまうという事態が出たら大変だ。


 早めに見つけておいた方がいい。


 ……誰が?

 

 そう思った時には、私は自然と発言していた。


「———私が男の人を、見つけます」

「お?」

「あら」

「ん」


 自信もなければ、保証もない。


 でも……誰かのため。

 皆さんの役に立ちたい。

 大切な居場所をくれた、3人のために何かしたい。


 そう思った。


 それから行動に移すのは早かった。


 まず、パーティーメンバー募集の紙を貼った。

 私たち【獅子の舞ビースト・ハード】はその頃にはS級昇格の時期に入っており、名は知れ渡っていた。


 そこで興味を持った人たちを何十人も面接した。


 面接の時点で薄汚れた欲が見えて、落とす人もたくさんいた。


 面接で人柄と実力は問題なしと一旦は判断して、実際にパーティーメンバーと合わせてからも……。


「ひっ! 全員獣人……!? お、恐ろしい……」

「はぁ!? 獣人だらけって聞いてないぞ! 騙しやがったなッ!」


 それから、実力試しも……。


「なんで最初からA級の魔物と戦わないよいけないんだよッ」

「おい、ウサギのお前! パーティー募集している側なんだからもっと俺に尽くせよ!!」


 耐えられない男の人が続々と出て結局、皆さん抜けていった。


 発情期どころではない。

 そこまで辿り着かない。

 このままでは、皆さんの役に立てない。


 気づけば、『男が何故か抜けるパーティー』という噂を立てられていた。


 そのことについては、アーシアさん、グレアさん、シャロさんに誠心誠意謝った。 


「気にするな。どうせ獣人ってだけで良く思われてないんだしな」

「そうそう。別に気にしないで」

「ん、気にすることではない」


 私がパーティーを抜けることも提案したが……3人は私がリーダーとしてこれからもいて欲しいと言ってくれた。


 それがますます私に火をつけたのだろう。


 それからも私は、【獅子の舞ビースト・ハード】に適合する男の人……むしろ都合のいい男の人という確率ながらも、見つけるのをやめなかった。


「おい、ユナ……。あんまり無理しすぎるなよ? 主に勧誘して、面倒をみてくれているのはお前で、そんなお前はリーダーだし……。全部の責任がユナにいく状況なんだから」

「ユナ。無理しすぎは良くないわ。一旦諦めるって手もあるわよ」

「ん、別に男いらない。ユナが悲しむ方がやだ」


 そんな優しい皆さんに、私は張り付いた笑みを浮かべて返す。


「大丈夫ですよ。今度こそ、見つけますから」


 加入希望の面談。そしてパーティーを抜けた数もゆうに二桁は超えていた頃。


 ある日、受付嬢に呼び止められた。


「ユナさん。【獅子の舞ビースト・ハード】に入りたいという希望者がいます」

「!? ほ、本当ですか……!」

「はい。男性の方です。年齢は大体16歳くらいでしょうか。背中に剣を背負っていて、元気がある方でした」

「聞く限りでは……駆け出しの冒険者っぽいですね……」

「ですが、何やら自信満々な様子でした。体力と身体には自信があるとか」

「……」


 今度こそ、大丈夫なのだろうか。

 いや、大丈夫なはず。


 そう思いながらも重い足取りで面談当日を迎えた———


「俺は、アラタ・シナナイと言います……!」


 そして私は、ついに、適合する男の人を見つけた。




◆◆


「ふぅ……これでオークオーガ最後っぽいですかねっ」


 滴る汗を拭いながら、アラタさんが私の方を見る。


 アラタ・シナナイさん。


 私なんかにも優しくて、人柄も良い。

 S級の依頼にも難なくついていける実力を持っている。

 体力的にも問題はないだろう。


 いや、まだ安心してはいけない。

 最大の問題が残っている。

 ようやくここまで、辿り着いた男の人。


 あとは……。

 

「ユナさん?」

「っ、はい」


 いつの間にかアラタさんが、私の顔を覗き込むようにしていた。


 鼻と鼻が触れそうな距離。

 思ったより、距離が近くてドキッとしてしまう。


 以前の私なら、男の人に近づかれたぐらいでこんなに胸が熱くならないのに。


「大丈夫ですか? どこか体調が悪いとかですか?」

「い、いえ。大丈夫ですよ」

「そうですか! なら良かった!」


 にかっ、と眩しいぐらいのアタラさんの笑みが、また私の胸……そして身体までも熱くする。

  

 多分私は……自分の発情条件が何か、薄々気づいている。


 だから……。


「アラタさん。このあと2人で……」

「ん?」


 緊張で震える声を、なんとか振り絞って……私は言う。


「この後2人で、休憩できる場所に行きませんか?」







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