第7話 クロウサギの頬は赤い

「……へ?」


 間抜けな声が出てしまう。


 ユナさんが俺の人差し指を咥えた。

 俺の指を咥えて……。


 え、あ、指いいいいいいっ!??


「ユ、ユナさん!?」


 タイム! タイム! 賢者タイム!


 って、呑気に無駄にリズムのいい言葉を言っている場合じゃない!!

 

 でもこの状況って、なにがどうして、どうすればいいんだっ!?


 俺が慌てていても、ユナさんは俺の指をぱくっと咥えたまま離さない。  


「んっ……んむ……ちゅっ……」


 それどころか、指を舐め始めた。


「え、あ、え……」


 さらに頭の中がパニック。

 俺はただ、ユナさんを見つめることしかできない。


 ユナさんの舌がちろちろ動いて、くすぐったいけど……。

 それ以上に、女の子に。しかもこんな美女に指を舐められるのは、恥ずかしさもある……。


「あ、れ……?」


 ……でもさっきまであった痛みが、段々と和らいできた気もする……。


「……ん、ぷはぁ……」


 と思っていたら、ユナさんの口が離れた。

 

「っ、拭きますね。……どうですか?」

「え?」

「血は止まりましたか?」


 ああ……そっち。

 そっちだよな!

 決して、今のユナさんの指舐めの感想とかではよな!!

 

 切った人差し指を見れば、血は止まっているし、傷口も塞がっていた。

 痛みもそこまでない。

 

 これなら料理を再開できそうだ。


「いきなりすいません。早く治るようにと思いまして……。舐めて治すのは、人族では馴染みがなかったですか?」

「あ、いえ! 馴染みあります! はいっ」


 つい、ぎこちない返し方になってしまう。


 まあ指先を切ったら舐めて消毒は、子供の頃はよくしていたし、嘘は言ってない。

 

 ただ……ユナさんに指を舐めて治されるのは予想外だった。


 でもユナさんは血を止める最善の方法を取ってくれたわけで……。

 じゃあユナさんが正しかったよな。


 でも……。


「……」


 俺は無言で人差し指を見てしまう。


 ユナさんに舐められたんだよな、この指……。

 ユナさんは俺の傷を治そうと一生懸命舐めてくれた。


『んっ……んむ……ちゅっ……』


 けど、俺は今思い返して……そんなユナさんのことを、ちょっとエッチだなと思ってしまった。

 

 不純な男ですいません!

 童貞なんです、すいません!


「私みたいな獣人に指を舐められるのは……嫌でしたか?」

「え?」

「私が舐めた指を気にしている様子なので……」


 どうやら俺が指を見ている理由を、ユナさんは勘違いしているみたいだ。

  

 それと……またユナさんは、卑屈気味な言い方をしていた。


「いえ、ユナさんに舐められたことが嫌ってわけじゃないです。本当に! むしろ治してもらってありがたいです」


 むしろ、ご褒美だったし。


「そうですか。それなら、良かったのですが……」


 ユナさんは口ではそう言うも、まだどこか浮かない顔をしている。


 ユナさんが獣人という言葉を出して卑屈気味になってしまう理由は分からないけど……。


 けど、これだけは言っておきたい。


「ユナさんはクロウサギの獣人……でしたけ?」

「は、はい。私はクロウサギの獣人ですが……それが何かありましたか?」

 

 ユナさんの瞳が少し、不安げに揺れる。

 

 そんなユナさんを……俺は真っ直ぐ見つめる。


「ユナさんは、初めて会った時から俺のことを気に掛けてくれて、今だって俺が早く【獅子の舞ビースト・ハード】に馴染めるように色々とフォローしてくれています。それがリーダーの仕事であったとしても、ユナさんがクロウサギの獣人であっても、俺は凄く嬉しいです! だから俺……そんな優しいユナさんにだったら、嬉しいですよ。あっ、さすがに暴力は嫌ですけど……」

「……」


 ユナさんは何も言わないが、俺は続ける。


「俺、今はユナさんにお世話になりっぱなしですけど、ユナさんに頼ってもらえるような男になれるように頑張ります! だからその時が来たら、ユナさんのこと。色々と教えて欲しいです。そして力にならせてください!」


 言い切って、最後にはにかんだ。


「……」


 ユナさんは何も言わずに、俺を見つめ返すだけだったが……。

 やがて、口を開いた。


「あ、ありがとうございます。……ですが」


 ですが……?


 思わぬ区切り言葉にユナさんの次の言葉を固唾を飲んで待つ。


「……すいません。ちょっと席を外しますね」

「あ、はい」


 ユナさんはエプロンを付けたまま、食堂を出た。


 バタン、とドアが閉まれば俺は1人になる。


「……ちょっとカッコつけすぎた? いや、でも本心だしなぁ」


 ユナさんは嫌そうな顔はしてなかったし、ひとまず様子見だろう。


 これから、女の子との距離感も学んでいかないとなぁ。




◆◆


 アラタから逃げるように食堂を出たユナだったが、それから部屋に戻るわけでもなく、どこに行くわけでもなく……。


「はぁ……」


 食堂のドアに背を預け、ユナはその場にへたり込んだ。


「はぁはぁ……これ……」


 ユナの頬は赤い。

 息は少し荒い。

 熱に病んだように身体は熱っぽい。


 でも顔には……笑みが浮かんでいた。


「アラタさん……。貴方は私の……いえ。私たちのを満たせる男の人……。やっと、見つけた……」






獣人ヒロイン紹介◇


ユナ

黒髪ロングのクロウサギの獣人。

発情条件

???



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