sideユナー1

 色々と落ち着いてから私は、食堂に戻った。


「朝食はこれで完成です。私の仕事だったのに手伝ってもらってありがとうございます」 

「いえいえ! それにしても今日の料理も美味しそうですね!」


 アラタさんが完成した料理を見渡す。

 その表情は、とてもキラキラしていた。


「これからもユナさんの美味しい料理を食べるためにも俺、頑張ります!」


 そしてアラタさんは、嘘偽りのない笑みを浮かべた。


 笑みを浮かべる男の人は……アラタさんぐらいだ。


「ありがとうございます」


 口角を上げて、私も笑みを浮かべて返した。




◆◆


 兎族の中で稀に、黒髪で不気味な漆黒の耳。全体的に黒い容姿で生まれることがある。


 ソレは、貴重でも特別でもない。


 ただの————

   

 ただでさえ獣人の中でも最弱と呼ばれ、肩身が狭い兎族だが……クロウサギと呼ばれるソレは、一族の恥と言われるほど、さらに扱いが酷い。


 理由は、昔からの言い伝えで、クロウサギは全体的に黒い容姿という気味の悪さから、災いや不運を呼ぶと言われているから。


 そんなクロウサギに、私は生まれてきた。


「うわっ、クロウサギだぞ……」

「本当に全身が黒いんだな……」

「見てるだけで呪われそうだ……」


 2歳の頃には、自分が一族から嫌われているのを自覚した。


 成長するほど、周りからの扱いは酷くなった。


「このっ、一族の恥がッ!」

「さっさと死ねッ!」

「一生目の前に現れるな!」

 

 外に出れば、罵詈雑言。


「アイツのせいで俺まで奴らに罵られるじゃねーか!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……私が産んだから……あんな子、産まなければ……」

 

 家に帰れば、両親が泣き叫ぶ声がする。


 居場所なんてどこにもない。

 最悪の環境で私は育ってきた。

 

 でもここで暮らしていかなければ、知識も身体も発展途上の私は、生きていけない。


 日に日に感情が消え、ストレスだけが溜まっていく。


 いつしか私は家に引き篭もるようになって、一族からの罵詈雑言は耳に入らなくなくなっていった。


 そして、15歳を迎えた。

 成人となる年を迎え———


「一族の厄介者のお前を15年も食わしてやったが……それももうお終いだ! 早く出ていけッ!」

「もう、私たちの目の前に現れないで……っ」

 

 両親からついに見捨てられた。

 最初も最後も……両親の笑顔を見ることなんてできなかった。


「……なんで私は、人族に生まれなかったんだろう……」


 恨みも、憎しみも、悲しみも、そして願いも……今更ながらの感情。


 この時の私はもう感情が何か分からず、感情を偽ることを覚えていた。


 それから兎族の里を出ても、行く宛なんてなどないが……その前にまずは資金集めをすることを考えた。


 金がなければ生きてさえいけないから。


 そこで目をつけたのが、人族が中心となって展開している冒険者稼業。


 私は一応獣人族で、人族よりかは運動神経も力もある。 


 何より、

 相手の仕草や感情。弱点がよく見える。  


 心が読めるのとは違うが、冒険者業には向いていたのだろう。 


 1年でソロでCランクの依頼までこなせるようになって、少しばかり名を馳せていた。


 パーティーという、冒険者の集まりの誘いも受けるようになっていた。


 そんな中で———

     

「おい、お前。うちのパーティーに入らないか? 血の気の多い獣人ばっかりで全然纏まらないんだよ……」

「貴方がいつも怒ってばっかりだからでしょ」

「ん、どうでもいい。お腹空いた……」

「だぁぁぁ! お前らがどうしようもないから、アタシがこうして毎回怒るんじゃねーか!」


 目の前で言い争いが始まりそうだ。

 喧嘩ならよそでして欲しいものだけど……。


「えと……」


 とりあえず、存在に気づいてもらうため、声を出す。


「おっと、悪い悪い。まだ何も名乗ってないよな。アタシはアーシア。で、こいつはグレア」

「どうも」

「このちっこいのが、シャロだ」

「ん、ちっこくない……」

「そしてアタシたちは、C級パーティーの【獅子の舞ビースト・ハード】って言うんだ。見ての通り、全員獣人。獣人だらけのパーティーだ」

 

 アーシアさんが説明する前に、3人の種族についてはすでに察していた。


 大狼族に、狐族に、大熊族……どれも獣人の中でも最強獣と呼ばれている。


 対して私は、最弱。

 それに、クロウサギという厄介者。


「私なんかが皆さんのパーティーに入ってもいいんでしょうか? 私は最弱と呼ばれる兎族ですよ……?」


 場違いにも程が———


「なに言ってんだよ。兎族が最弱でも、お前は強いだろ? それにお前、色々と役に立ちそうだし」

「アーシアは誘うのが下手ね。もう少し言い方ってものがあるでしょ?」

「ん、直球すぎ」

「うるさいぞ、お前ら! こいつはアタシたちにはなぁ! えと……。……名前、聞いてなかったな? お前なんで言うんだ」

「ユナですけど……」

「ユナだな。よし!」

「何が、『よし!』なのかしら」

「ん、名前くらい普通、誘う前に事前に調べているもの」

「だからうるせんだよ、お前ら! とにかくだ! アタシたち【獅子の舞ビースト・ハード】にはユナが必要なんだよ!」

「っ……」  


 私が必要……。


 そんな言葉初めて聞いた。

 生まれて初めて聞いた。


「だから……はっ、え? なに泣いてんだよ! そんなに嫌なのかよ!?」

「ついに泣かしたわね、このデカ乳犬」

「サイテー」

「お前らはさっきからアタシの野次ばっかしてんじゃねーよ!」


 16歳にして、初めて居場所ができた。


 そして初めて……嬉しいという感情で涙を流した。




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