第6話 クロウサギが癒しだけとは限らない

「おはよう異世界……ふわぁ……」


 窓から入る日差しで目が覚める。

 そして見上げれば、見たことがない天井。

 でもここがどこかは知ってはいる。

 

 ここは、S級パーティー【獅子の舞ビースト・ハード】の屋敷。 


 俺の新たな衣食住の場所だ。

 まあずっと過ごせるかどうかは、一週間のトライアル期間で決まるけど。


 昨日は説明だけだったが、今日からは俺の実力とか色々試されるだろう。


 気合い入れていかないとな!


「それにしても、寝床が変わって眠れるかどうか心配だったが……」


 めちゃくちゃ熟睡できた。

 しかも、すっきりした目覚めだ。


 異世界に来てから民宿で寝取りしたが、そこは安い代わりに寝床は床に布団を敷くタイプ。

 寝床があるだけでありがたいが……硬い床の上で寝ているので、起きたら体が痛かった。


 しかし、S級パーティーとなると質の良いふかふかのベッドで……すごく寝心地が良かった。


 階段を降りて、洗面台で顔を洗う。

 それから食堂の方へ。

 

「すんすん……いい匂い……」


 扉を開ければ、さらにいい香りとお腹がぐぅぅと鳴って……。


「おはようございます、アラタさん。早起きですね。昨日はよく眠れましたか?」  

「おはようございます、ユナさん。おかげさまで熟睡できました」

「それは良かったです」


 ユナさんが小さく笑う。

 

 今日も可愛いなぁ。

 他のメンバーとまだ仲良くなれていない俺にとって、気軽に話せるユナさんはもはや癒しだ。


 あと今、ユナさんは朝食を作っているとあってエプロン姿である。 

 ウサギ耳の生えた美女のエプロン姿………最高にいい!


 食堂にはまだ俺とユナさんしかいないようだ。

 

「出来上がるまでもう少し時間がかかるので、そこの椅子に掛けて待っていてください」

「ありがとうございます」


 椅子に座り、料理中のユナさんの後ろ姿を眺める。


 普段から料理し慣れているのだろう。手際がいい。


 昨日の昼食ではユナさんの手料理を食べた。

 味は絶品。

 獣人族は食べ盛りなのか、量が多く主に肉料理が多かったものの、どれも美味しかった。


「今日も朝からたくさん作っているんですか?」

「はい。皆さんよく食べるので」

「確かに皆さん、すごい食べますよね。昨日の夜は外食だったけど……その時もすごい量を食べてましたし」


 注文の仕方がまず、ページの上から下まで、と店の全メニューを食べ尽く勢いだったし。

 そして結局全メニュー注文してちゃんと完食していたし。


「よく食べるのは他の3人で、私は少食ですけどね。……獣人族なのに」


 確かにユナさんは、たくさん食べているってわけじゃなかったな。


「でも皆さん。美味しそうに食べてくれるので、作り甲斐があります。もちろんアラタさんも」

「ユナさんの作るご飯が美味しいからですよ」

 

 俺はもう、ユナさんに胃袋を掴まれているといっても過言ではない。


「そういえば、皆さん。起きてこないですね」


 もうそろそろ起きてくるのかなと思ったけど。


「皆さんは朝食がちょうど完成した頃に起きて来ますよ。起きてすぐご飯が食べたいとか。獣人族は鼻がいいのでタイミングを合わせることができます」


 何その、便利な起き方。

 

 じゃあしばらくは起きないのか。


 ということは、ご飯が出来上がるまではユナさんと2人っきりかぁ。


 このままユナさんが料理している姿を眺めているのも飽きないが……。


「手伝いますよ」


 長袖を腕まくりして、まずは手を洗う。


「あっ、いえ。お気になさらず。作る量は多いとはいえ、私はいつもしていることなので」


 ユナさんが料理する手を一旦止めて言う。

 

「ユナさんの手際の良さならすぐにできてしまうかもしれませんけど……。たまには誰かと一緒に作るのも楽しくありませんか? それに俺、料理上手なユナさんから色々学びたいです! もちろん、ユナさんが良ければですけど……」

「アラタさん……」


 ユナさんが驚いたように、目を見開く。    


 強引だったかな? 

 でもこう言わないと、ユナさんは俺のことを気遣って手伝わせてくれないだろうし。


「では、お言葉に甘えさせていただきますね」

「ありがとうございます!」

「お礼を言うのはこちらなのに……。……アラタさんはどこまでも他の男の人とは違って……」

「ん? ユナさん後半何か言いましたか? 俺、聞き取れなくて」

「いえ。なんでもありませんよ。じゃあこの材料を切ってもらってもいいですか?」

「了解しました!」


 ユナさんから材料が入ったトレーを受け取る。


 前世では自炊もしていたので、食材は異世界のものでも包丁の扱いは慣れたものだ。


 ユナさんに材料ごとに切り方を教えてもらいながら切っていく。


「ユナさん切り終わりました!」

「ありがとうございます。ではこっちも」

「はい」


 2人でたまに話しながら順調に料理していく。


 なんか……こうやって一緒に料理するのって良いなって思っているのはきっと俺だけだろう。


 ふと、隣にいるユナさんを尻目に見る。


 ユナさんは最初出会った時から印象がいい。

 温厚で気配りができて、いい人だ。


 でも……。


『それでその……。アラタさん。私たち【獅子の舞ビースト・ハード】のことをご存知ですか?』 


『私は……。兎族は、獣人の中で最弱と言われていますから』


 時折、不安な表情や暗い顔をする。

 心配性とはまた違った感じだ。


 ユナさんは何か悩んでいるのかな?

 でも会ってまだ数日しか経ってない俺が相談に乗るのもなぁ……。


 それと、もう1つ。


『ですが……獣人のお世話など、進んでやりたがる人はいませんから』 


『私たち【獅子の舞ビースト・ハード】は全員獣人……。獣人だらけのパーティーです』


『よく食べるのは他の3人で、私は少食ですけどね。……獣人族なのに』


 獣人ってワードを出す時、ユナさんはちょっと卑屈気味になっている。


 それが少し気になった。


 毎回ではないので、たまたまかもしれないけど……。


『S級パーティー【|獅子の舞ビースト・ハード》】は……何故か、男だけが抜けるんだ』


『へぇ……大切な。メンバー候補……。クックック……ハッハッハッ!! なーにが大切なだ! どーせ今回も、男は何故かパーティーから抜けるだろうがぁ!』


『何故か、男だけが抜けるS級パーティー……ですっけ?』


 もしかして、男が抜ける原因だったり———


「痛っ!?」

「……? アラタさん?」

「いててて……」


 考え事をしていたら、自分の人差し指を切ってしまった。

 

 俺としては、かすった程度と思っていたが……再度、人差し指を見れば血がどくどく出ていた……。


「っ、わりと深く切ってしまったな……。絆創膏……って、ここにはないか」


 じゃあ、ポーションか治癒魔法?

 俺は2つとも持ってないし……。

 とりあえず水で洗ってから、血が止まるのを待つしかないか。


「……アタラさん。血が出てるのですか?」

「あ、はい」


 ユナさんが俺が指を切ったことに気づいたみたいだ。

  

 水で洗ったものの、数秒後にはまた切り口からぷくぅ、と血が出る。


「……血、止まりそうですか?」

「いや、まだ……。あっ」

 

 ユナさんが血が出ている俺の人差し指を避けながらも、その白く細い手で俺の手に触れた。

 

 こんな可愛い人に近づかれて、手を握られたらドキッとしてしまう。


「では私が……治します」


 おっ、ユナさん治癒魔法持っているのかな?


「ありがとうござい——」


 指は、温かいものに包まれる。

 でもそれは、治癒魔法ではなく……。


「んむ……」


 俺の指は———ユナさんによって





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