第4話 ワタリ
幸は他に選択肢も無いので寝かされていた部屋に戻った。
分かりやすくドアの横に部屋ごとに違う造花が着けてあったので助かった。
テーブルにバスケットを持って行きいただきますと手を合わせてから口をつける。
「美味しい……」
薄く切った所謂黒パンに、酸味のあるジャム的ななにかを挟んだサンドイッチと、少し固い燻製肉と炒めた野菜のサンドイッチが食べやすいよう切り分けて入っていた。
瓶の方にはお茶のようなものが入っていた。香りはないが微かにハーブのような後味があり口がスッキリする。
幸は見知らぬ他人に親切にされ、不安と安心が入り混じりなんだか泣けてきた。
どうしてこうなったのか、これからどうなるのか、どうすればいいのか全くわからない。
サンドイッチを頬張りながら幸は静かに涙を流した。
食事が終わってぼんやり天井を見ているとまたノックの音がした。
幸は男の名前を聞いていないことを思い出して慌てながらどうぞと答えた。
「ポチ、彼女がヤマダだ」
「……人間ぽいにおいがしますね」
男と一緒に入ってきたのは子供だった。
背はざっくり見て130cmあるかないかだろうか、可愛らしい顔立ちに声が高く、男女どちらか良くわからないが半ズボンの鼓笛隊のようなユニフォームを着ていた。肩口で切られたオレンジの髪の間からなんだか少しもふもふした丸っこい耳が覗いている。バランスとしてはやや猫の配置に近い気がする。
仄かに動いているので多分本物だ。
……そんなことより
「ぽち?」
幸は耳を疑った。いぬ?犬なのと思わず口にしそうになりつつも思いとどまる。
「はい!自分はポルチェアと申します!よろしければ愛称のポチとお呼びください!」
名前からすると男の子だろうか。声も高いのでぱっと見はどちらかわからない。
「あ、あ、すみません、私はサチと言います。ヤマダは家名なので……ああっ、全然貴族とかじゃないです。あの、サチと呼んでいただければ」
「了解です!なんだか僕と似てますね」
ポルチェアは元気に笑顔で調書らしきメモを取っていく。犬のお巡りさんである。
「こちらの方は……皆さんその……羽とか耳とか独特な感じなのでしょうか……」
「?……?ああ、魔族は外観形質が特徴的な個体が多いので。サチさんみたいな形質の方も居ますよ」
魔族。やはり人間ではないらしい。
「あの、助けていただいて、ご飯までごちそうになってすみません。恩人なのにお名前も聞かず……」
「……俺のことは金輪際忘れて良い。食事も屋敷妖精が用意したから持って来ただけだ」
「先輩……そんな寂しい事……」
ポチくんがしょんもりと耳を伏せる。大変申し訳ないが可愛らしい。
「私もちゃんと恩人の名前くらい伺いたいです。……教えていただきたいのですが……駄目ですか?」
「……ハースト。ハースト・ロードナイト……」
「ありがとうございます。ハーストさん」
ポチくんが笑顔に戻り幸も少し嬉しくなった。
なるほど、こんなお屋敷に住んでいるだけあって彼は貴族なのだろう。
「ポチ、団長へは伝えてある。これから彼女を連れて行ってくれ」
「私……どこに連れて行かるんですか……」
「……」
「ええと、先輩……その前にこの子はどこから来たんです?移民にしてはちょっと変な格好してますけど……」
「彼女は、ワタリだ」
ワタリ……渡り?
渡り鳥、みたいな?
異世界転移者、の事だろうか。
「なるほどそれで。僕ワタリの方を見たのは初めてです!」
ポチくんは橙に近い瞳をキラキラと輝かせている。
「渡りって……異世界の人、みたいなやつです……か」
「そうだ。昨晩調べてみたが、家にあった記録では三人。直近なら五千年前に見つかっている」
五千年前?
中国だって四千年では?と幸は戸惑うが地球以外にも異世界があるのではと思い直し少しだけ落ち着いた。
「原因、とかって分かっているんでしょうか?神様とかが召喚するとか……」
そんな感じのライトノベルの話をクラスメイトに聞いたことがある。
「君が会ったことがあるならいるのかもしれないが、ここでは神なんか教会の台座の上にしか居ない。滅多ないから記録も少ないが、双月夜の満月の夜に極稀に発生する現象だ。君の世界では召喚は肉体を移動させるのかもしれないがこの世界に普及している召喚術は構築魔術、移動は転移魔術の分類だ」
幸はその場にへたり込んだ。
罰、報い、脳裏をネガティブな単語が駆け抜ける。
今まで勉強したことも我慢したこともここで役立つとは思えない。
「以前のワタリ達はこの国で暮らしたようだが唯人の国もある。同じ姿の者達と暮らしても良いだろう」
「今まで、帰れた人は…………?」
「……少なくとも……家にある記録には、無い」
もう涙も出なかった。
「これから団長に会ってもらう。団長は俺の親戚で、都市内警邏と諜報師団の統括をされている陛下の覚えも良い立派な方だ。知識も豊富だしきっと事情を話せば良くしてくれる。……少し待っていろ」
そう告げるとハーストは部屋を出ていき、またバスケットを持って戻った。
「朝の残りで悪いが。それとそこの棚の中に君が履いていた靴を入れてある。服も靴もこの部屋に着れるものがあれば持っていくと良い。鞄もやる」
「そ、そこまでしてもらうわけには……私は何もお返し出来ませんし」
「もう、必要ない物だ。気にする必要はない」
屋敷の中に彼以外の姿も誰かがいる気配も無かった。
ここは誰の部屋だったのだろう。
ポチくんはなんだか慌てて手をワナワナと持て余している。
「先輩……ぼ、僕の姉様の方が彼女に体格も似てますから家に寄ってみます。そっちのほうがいいです。だからこの部屋はこのままにしておきましょう!!ね!!」
「そうか、……そうかもしれないな」
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