3 水鶏
第1話 ルーティーン
シャワーを浴び、少し伸びた髪をタオルドライする。
ドライヤーは無いが、椅子に座って妖精に頼むとしっかりと乾かしてくれる。
「ありがとう」
幸の礼に呼応するように淡い光がチカチカと瞬いた。
シャワー周辺にいる妖精は水分が多い食事を好むらしく、プリンをあげるとかなり喜んでいた。なんとかしてゼリーやババロアも食べさせてみたいものだ。今はバニラやゼラチンが欲しい。
なんだかんだ幸はここに順応しつつあった。
朝起きると身支度をしてから屋敷の前の掃除をして、時々届く郵便を確認する。
明るい時間の方が妖精の活性が高いらしいので先にシャワーを頂いて、朝食の準備を手伝えそうなら手伝う。
ハーストの部屋にお茶を運び、挨拶と、郵便物はがあれば渡して、ハーストが食べられるようなら軽食を持っていく。
食器を下げたら自分の朝食をとって、ハーストに作ってもらったこちらの世界の文字の課題を6ページ。それと地球のお話を少し。
天気が良ければその後庭園の水やりと洗濯、窓掃除。天気が悪ければ書庫の埃払いと整理。
終るころには日が傾いてくるのでシャワー室などの清掃、終わったら大体準備は間に合わないので夕食を受け取って部屋で食べて、ハーストの部屋に行って課題を提出。そのまま食器を洗いに行って、屋敷の施錠を確認してから歯を磨いて就寝。
これが毎日の基本。
加えて週に一度ポチくんが様子を見に来てくれて、幸の近況報告をする。
それが済んだら前の週に希望を聞いて作っておいたお菓子を出して、ハーストと3人で一緒にお茶をするのだ。
「もう幸さんが来て一月ですか……」
ポチくんがカップを見つめて感慨深げにつぶやく。
この世界の時計は日時計が基準になっているのだが、1日の長さが少し短い気がする。その代わりではないが、なんと1月は毎月35日、1年は12か月で420日もある。
月と言えば夜に浮かぶ月も何個もあるし色で青の月だとか赤の月だとか呼ばれている。光の加減だけかと最初は思ったが、ある晩は2個いっぺんに浮かんでいたので衛星が複数あるのは間違いなさそうだった。
「ハーストさん、私はやっぱり……陳情を出すべきだと思うんです」
「幸さん……」
ポチくんの目が潤む。短い期間でもポチくんがハーストを尊敬しているのは痛いほど伝わっていた。
「必要ない」
しかし、ハーストの反応は今日もそっけない。
「君は……そろそろ俺がいなくなった後のことを考えろ。町場に行くにしろ、団長に雇われるにしろ、やはり読み書きが不安なんだ。魔族にだって欲深いものもいる。売り飛ばされたり酷い目にあってからでは遅いんだ。」
「せんぱい……」
「ポチも、もう俺は上官ではないんだから。しっかりしてくれ」
毎週のように、同じようなやり取りを繰り返す。
暗くなり、今日もすごすごとポチくんは帰っていく。
幸は手を振って小さな背中を見送ってから扉の鍵をかける。
普段はハーストが魔法で施錠していたのだが、出かけることもあるだろうと魔法をかけた鍵を貸してもらったのだ。なんとこの鍵は屋敷のすべての扉を開けられるし、今は幸しか使えないらしい。ハーストは魔術師としても高い成績を誇っていたらしく使える魔法も多岐にわたるのだという。
ハーストが禁則をかけられているのは屋敷を出ることと攻撃魔法を放つことだけで、それ以外は普通に行使できるのだそうだ。禁則については破ったのは初めてだと言っていた。
ハーストの死刑までもう二月しかない。
幸もポチくんも何とかしたいのだが、致命的なことにハースト本人が助かる気が全く無い。なんなら禁則破りも団長の役に立って死ねるなら構わないと思ったなどと言ったのだ。淡々と、静かに、彼は死を受け入れている。
ポチくんはオウギに何度も直談判しているそうだが、なしのつぶてだと言う。
幸は鍵をエプロンに仕舞い、ランプをもって書庫に向かう。
今日はお茶を出すときに施錠ついでに本を書庫に戻すよう頼まれていた。
ランプをつけて書庫に入り本のタイトルを照らす。
「えっと……これは星座の本……?やっぱりこっちにも天文学とかあるんだなぁ……」
書庫の本は種類ごとに整頓されている。幸は直接棚に戻そうとランプを片手に書架を眺める。
建築、占い、自然……星
本を戻す際隣の本に視線を吸われる。タイトルは……星観の塔になるだろうか。
「プラネタリウムみたいなもの……?」
本は2冊まで持ち出していいと言われているので借りていくかほんの少し悩んだが、今借りている読みかけの本を思い出し、引き出しかけた本を元に戻した。
ふと、幸は窓の外から視線を感じた気がした。
そんな筈はない。書庫には本が灼けないように分厚い遮光カーテンがかけられているのだから。
「…………」
ランプを手に、幸は廊下へ戻って行った。
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