第2話 ポチとタマ

 翌日、幸が目を覚ますと廊下から物音がした。

室内はまだ薄暗い。日が昇りきっていないのに珍しい。妖精もハーストも走り回ることなど殆どないし掃除妖精も朝は滅多に音を立てない。

ベッドを抜け出し、音を立てないよう箒を持ち、そっと扉を開き廊下を覗く。

と、目の前には知らない少女の顔があった。

「きゃあああああああああああああ」

「うわっ」

 まさか向こうもこちらを伺ってると思わず幸も驚くが相手の狂乱に一気に冷静になる。

 尻餅をついている女の子の頭にはミルクティカラーの髪と同じ色の三角の耳。獣系の魔族は割合はまちまちだが比較的多いらしく幸ももう慣れた。彼女は耳だけだが猫っぽい。見た目は20歳前後だろうか、かなりの美人だ。

黒いぴったりとした服の上にドレスを着ているが服にも顔にも見覚えはない。

「す、すみません。お客様……?ですか?」

「あ、あなた何者ですの???こ、ここ、こちらのお部屋は」

「えと、私はこちらでお世話になっております使用人なのですが、ハースト様のご厚意でこちらのお部屋を貸していただいております」

「ハースト様が!?」

 この部屋の元の持ち主を知っている反応だ。幸は少しだけほっとした。

「はい、確認頂いても構いません。お嬢様はどちらの……?」

「タマルミシスですわ」

 この屋敷を訪れるひとは少ないが聞いたことのない名前だ。

「わたくしはハースト様の、その……知己なのですが、二年がかりの諜報任務から帰ったらハースト様が死刑になるって……皆様言っていらして……」

「えっと……それで、こんな時間になぜこんなところに」

「忍び込んだら女の臭いがしたので……」

「…………」


 お嬢様、それはがっつり不法侵入者でございます。


 仕方ないのでハーストを起こすと彼女は本当に知り合いらしかった。

それにしてもハーストも妖精も気づかなかったのはどういう原理なのだろう。

「タマ……何故幸の後ろに隠れている……」

 幸はタマさんを振り返る。

ポチとタマ……

だが冷静に考えればポチくんも獅子なので猫科な気がする。いや、名前由来なので関係ないのだけれど。

「あの……怒っていらっしゃいませんの?」

「呆れてはいるが別に怒ってはいない」

 その表情からは恐らく初犯でないのだろうと伺えた。

「ハースト様……」

「だがポチは呼ぶ。規則だからな」

「そんな!嫌です!後生です!あのチビに連行されるくらいならわたくし潔く自首しますわ」

「今は俺は送ってやれないのだから、他に選択肢はない」

 ハーストは間髪入れず指を鳴らし青い小鳥がすぐ窓から飛び去る。以前はハーストが連行していたのだろう。

 タマさんはすぐ小鳥を捕えようと跳ぶがハーストに腕を掴まれとめられてしまった。

「いーやーでーすーわー」

「幸。この手錠をこいつにかけてくれ」

 ハーストは虚空から取り出した金属の手錠を幸に渡す。二つ折りで止められるのがひと目で分かる。

 魔法で作った手錠をつけるのも攻撃行動にカウントされるのだろうか。幸は頷いてタマさんの手首を後ろ手にまとめて手錠をかけた。


「帰って来たとは聞いていましたが、まぁたお前ですか……」

 しばらくして、ポチくんは珍しく眉毛にシワを寄せて現れた。

ハーストから手錠に結んだ紐の端を渡され、露骨に嫌そうだ。

「ポチくんはタマさんと仲が悪いの?」

「先輩に付き纏う変態ですよこいつは。むしろ好きになれる要素がありません」

「そ、そっかぁ……」

 タマさんもポチくんを殺気のこもった眼で睨んでいる。

「ポチ公離しなさいっ。いいこと?少しでもわたくしの肌に触れてみなさい、噛みちぎってやるから」

「アアン?だぁれが触るか」

「ハーストさん、ポチくんが、ポチくんがグレてしまいました……」

「グレ……?あいつらはいつもああだ。今は荒れているが明日には元に戻るだろう。タマはしばらく謹慎になるだろうが……」

 ハーストを挟んだ奇妙な三角関係が形成されていた。


 ポチくんがタマさんと言い争いながら屋敷を出ていく。

鍵を閉めて幸は再度ハーストに頭を下げた。

「施錠はきっと私の確認不足です。本当にすみません……」

「いや、君のせいではないだろう。タマには扉は意味をなさないから鍵はそもそも関係ない」

「壁抜け……とかですか?」

「ああ。身体強化魔法の一種なんだが、存在を薄くできる。あれは才能が無いとできない。魔法封じの錠をかけていれば透けられないからしばらくは軟禁だろう」



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