第3話 森の館

 それから、どれだけ経っただろうか。

幸が次に目を覚ましたのは知らないベッドの中だった。

底のすり減ったローファーは脱がされていたが他の着衣は制服のブレザーそのままだ。足首はまだ軽く痛んだが歩けないほどではない。

「ここ、どこ……」

 見知らぬ広い洋間、ソファやテーブルも有り調度は女性物だろうドレッサーや衣装箪笥らしきものが目についた。電気照明やスイッチは見当たらない。

ふかふかの羽毛布団から名残惜しくも抜け、置かれていたスリッパとサンダルの間らしい履物をつっかけ、部屋に一つだけついた窓に向かう。

こちらも細工窓で外は良く見えないが、留具がついているのでおそらくはめ殺しではないだろう。

まごつきながら窓を開けると暗い山の稜線が細く輝いていた。朝日だ。


 知らない景色だった。

窓の下には深い森が広がっており他に民家は見当たらず、というより家か城か悩む程度に大きな屋敷の周囲には他に建造物は見えない。

幸がため息をつき音を立てないように窓を閉めるとノックの音がした。

「は、はい……」

 咄嗟に幸が返事をすると、入ってきたのは髪の長いあの男だった。

髪を括り、手にはバスケットを持っているがやはり背には畳まれた翼がある。間近で見ると身長が180近くありそうだと分かった。

「何者だ」

 陽の光に照らされた男は身長の割には幼い顔をしていた。

髪と同じかと思ったが紅茶の色を深くしたような瞳を少しだけ眩しそうに細め、カーテンを引き、マッチを取り出して部屋に置かれた燭台に火を灯す。

「あの、すみません、私……ここに誘拐……されて来たみたいで。ここはどこでしょうか……」

「■■■■■だ」

「……はぁ……」

 はっきり口が動いているのに意味が聞き取れず幸は要領を得ない返事をしてしまう。

「…………君の出身は?」

「えっと……た、高崎の辺り……」

「……………なるほど、………状況は理解した。名はコスプレイヤーで良いのか」

 どうやらあの問答から勘違いをしたらしい。

「ち、違います。山田です。山田さ……サチ・ヤマダ?」

「家名があるのか、貴族なのか……?」

「家名……?苗字ですか?えと、私は日本の一般人の……高校生……です」

「コウコウ?」

「えと……?I'm high school student……」

「?」

 日本語は通じるのに会話が噛み合わず幸は頭を抱えた。英語は伝わらないが日本人のようでもない。

「学生……は……わかりますか……?」

「学徒……研究者か。分かる」

「警察とか、ありますか……?私、家族に連絡したくて……」

「ケイサツ……?ケイ……警邏?……治安維持組織なら騎士団があるから後で送らせる」

「い、良いんですか?」

「構わない。結界に綻びはないしあんなところで寝こける物盗りなどいまい。腹を鳴らせていただろう、これでも食べておけ」

 男はバスケットを幸に渡し部屋を出ていった。

開けてみると瓶とパンのようなものが入っている。

「!……あの……すみません」

 慌てて幸は男を追いかけドアを開ける。

廊下も長く、延々と青いカーペットが敷かれている

「なんだ」

「……お手洗いを……お借りしたいのですが……」


 電気照明が無いことから覚悟をしていたが、まさかのトイレは水洗だった。トイレットペーパーは紙ではなくなにかの植物を切ったものだったが機能に問題はなかった。なんと蛇口の手洗い場もある。石鹸は少し甘い匂いがした。

 手を洗いながら鏡を見て、幸はここが日本どころか地球でもないことを朧気ながら理解していた。幸か不幸か鏡に映る幸はあの晩のままだ。

 なんだか結界とかさらりと言っていたし、トイレの後で水が流れる時小さな笑い声が聞こえた気がする。

流すレバーもなかったので慌てたが、なんか妖精さんとか、そういうファンタジーなテクノロジーを感じた。

「これから、どうしよ……」

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