第2話 迷子

 身体が冷たい。

夏の夜はこんなに寒かっただろうか。

 幸はぼんやりしたまま瞼を持ち上げた。

薄暗いホール。硬い床は不思議とスケートリンクの氷のように半ば透き通っていて、石造りの柱や像が柱横に無造作に配置されている。博物館……いや、屋敷だろうか。知らない景色に一気に目が覚める。

「あれ……私……なんで」

 窓にはステンドグラスのように細かいガラスが花の意匠を描いて嵌っている。教会かと見渡すも像もそれらしいものではない。

ゆっくりと立ち上がると足首が痛み、強いめまいがしてへたりこむ。幸い大きな怪我はしていない様だったが走るには心許ないコンディションだった。良く考えたら昨日の朝から食事も満足にとれていない。意識しだすと喉も乾いていた。

携帯を探すが見当たらない。光源を求め窓に近寄る。

ガラスが歪んで外は良く見えなかったが、明るさからまだ満月の夜だと思われた。

「何者だ。ここに何をしに来た」

「っ……!」

 知らない男性の声に幸は小さく飛び上がった。

 誘拐犯??

 幸は恐る恐る振り返る。男は火のついた燭台を掲げていた。もう片手には火かき棒というのだったか、細長い鉄棒が握られている。髪は黒く長く、腰まで伸ばされており、そのシルエットだけなら背の高い女性でもギリギリ通りそうだ。

だが何よりもその背中に背負ったものに幸の視線は吸い寄せられた。

「こ」

「こ?」

「コスプレイヤー……?」

 男の背には黒い髪の色と同じカラスのような、人の尺に引き伸ばした大きな翼がまるで威嚇でもするように広げられていた。

ゆっくりと意識が遠ざかる。

「お、おい。な」

 目が覚めたらこれは夢で、ここはあの公園で、それはそれで困るだろうけど、そうであればいいなと思いながら幸は意識を手放した。




夢を見ていた。


幸は知らない女性の膝にもたれ頭を撫でられている。

「……お母さん……」

母に最後に撫でられたのは何歳の頃だったろう。

夢だと分かりながら目を閉じる。

「…………」

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