第5話 通告
幸の仕事はお屋敷の清掃。
これまではお料理や洗濯、庭掃除も手伝っていたが、外に出る仕事は全て禁じられてしまっていた。
妖精の料理の仕込みを手伝い、妖精のいない場所を掃除すると、もう後は本を読みながらぼんやりするくらいしか出来ることはない。
「ハーストさん」
「どうした」
「私、このままでは良くないと思うんです」
「そ、そうか……」
「アリアンデルさんと、ちゃんと話してみようかと思います」
ハーストの手からカップが落ち、綺麗に2つに割れた。
「ハーストさん!手は大丈夫!?やけどはないですか?すぐ片付けます……ので……」
ハーストは幸が破片を片付けても暫くそのまま、微動だにせず固まっていた。
「ハーストさん……?」
・ ・ ・
ハーストの奇行はしばらく続いた。
「さ、幸……?」
「はい」
廊下で呼び止められ、幸はハーストに振り向いた。
「……行くのか……?」
「はい?どこにです??」
「…………」
「ハーストさん?」
ハーストは自分から聞いてきておいて、返事を待つこと無くカクカクと振り返り、無造作に転んで階段から落ちた。
「ハーストさん!?」
・ ・ ・
また翌日も
『ハースト様、やばい』『やばい』『来て!』
幸は妖精に呼ばれ書庫に駆け込んだ。
「ハーストさん!?」
ハーストは本の山に埋まっていた。
目の前の書架の本が全部落ちている。
地震なども無いのに何が起きたらこうなるのか。
ハーストの手には、ダイイングメッセージのように恋愛小説が握られていた。
+ + +
幸は様子を見に来たポチくんに胸の内を打ち明けた。
「ポチくん。ハーストさんがとても変なの……」
「先輩は元から結構変なひとでふよ」
「う、うーん……そう、かな……?」
ポチくんは幸が焼いたワッフルを頬ばっている。
最近気づいたが、ポチくんは食べているとき返答が雑になる。
「……アリアンデルさんと話したいって言ったの、そんなに駄目だと思う?」
「いや、駄目でしょう。サチさん、悪いことはいいません。もう会っちゃだめです。連れて行かれたら終わりですよ」
ポチくんは最後の一口を噛まずに飲み込んだ。
「このまま逃げて引きこもってても仕方ないし、私もできればそのうち帰る方法を調べに行きたい。ちゃんと話してお断りしたいの。じっとしてると嫌な事ばかり考えちゃうし……」
「……なるほど。いや、でもなぁ……」
「ハルフレイルさんを説得するのは難しいかもしれないけど、アリアンデルさんはまだお手紙に理性を感じたから……怪文書って言われたけど……あの」
「サチさんは勘違いしてます」
「?」
ポチくんは顔を近づけ声を潜める。
「僕は確かにアリアンデルは根は悪い奴ではないと言いました。ただしそれは僕が男だからです」
「……??」
「アリアンデルはグレンデルの魔人と淫魔の混血です」
淫魔
「簡単に言うと、口付けして唾液交換をしてしまえば女性のサチさんは奴の性奴隷になります」
淫魔。確かにサキュバスとかえっちな悪魔のイメージはある。
「せ、せい、奴……」
「アリアンデルはそれで以前一度禁固刑を喰らっています。事情はありましたが彼がかなり強い特性を持った淫魔であることは変わりません」
「つまり、それって……」
女性を奴隷化したことがあるということ。
そうなると幸の彼を見る目も変わるというものだ。
「……魔族は抵抗があるので簡単にそうなることはまずないです。でも、あなたは魔法も使えないかよわい只人。本当に連れて行かれたらおしまいなんです。先輩のお心遣いを無碍にしないであげて下さい」
・ ・ ・
翌日、アリアンデルから幸に届いた手紙の文面はなんだかおかしかった。
幸は青い顔、震える手でハーストとポチくんに手紙を見せる。
『明日、必ず君を迎えに行く。
家でゆっくり話をしよう。
オレ達は同じ気持ちを持っていると確信している。』
ストーカーでももう少しどうにか繕いそうな文面である。
ハーストもポチくんも表情が引きつっている。
「迎えに行くって……」
「ポチは、明日は外せない用があるのだったか……」
「ええ、すみません。朝出立前にこちらに寄りますし、終わったらすぐ戻りたいと思っていますが……騎士団で他にこちらに来れるやつを探してみます」
「手数をかける」
ハーストはその夜書架から幾つか魔法についての本を出し、屋敷内の窓に鍵の魔法を重ねがけした。ポチくんは幸に念のための基本的縄抜けの手順や、この屋敷から逃げた場合どこを目指せばいいか地図を描いて教えてくれた。
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