第4話 お屋敷探検
その日は、幸もフラフラになりながらも自力で部屋に戻り、泥の様に眠った。
何をしたのかももうおぼろげだが、妖精の説明通り体力がごっそり持っていかれていた。学校行事のフルマラソンより疲れていた(幸の学校は毎年末に女子がハーフマラソン、男子がフルマラソンを走らされていたのだが、女子も運動部員は男子と同じメニューだった)。
翌朝、ノックの音で幸は目を覚ました。
答えても返事が無いのでまだ少し震える足でドアに向かい、少し開くと外にバスケットが置いてあった。
蓋の上にはなにか文字が書かれた木の葉が置かれている。
「……たぬきとかきつねに化かされてるんじゃないよね……」
バスケットの中にはまだ薄く湯気の立つスープとパスタらしきものが蓋の付いた深めの皿に入れられて入っていた。スプーンとフォークは日本と同じものでありがたい。
「ハーストさんならメモは使わないから、妖精さんかな……」
いただきますと手を合わせ、テーブルに皿を広げ食事をする。
「おいし……」
小麦粉主体の食文化なのだろう、パスタも知っているものに近い。ご飯が美味しいとそれだけで大分元気が出た。
昨日は恐ろしかったが途中までは言葉も通じていた。ハーストに妖精との付き合い方を教えてもらおう。
怖い思いもしたし、おなかの中にはまだ妖精がいるのだろうけど、ハーストに礼を言われたことで幸は自分でも驚くほど元気になっていた。
自分でも短絡的とは思うが、ここに居てもいいと言われた気持ちになったのかもしれない。
食事を終え、幸は服を着替えてバスケットに食器を入れて廊下に出た。
ハーストの部屋は昨日出てくるところを見たので覚えていた。赤い花がドアに添えられている部屋だ。
ノックをすると短い返事があった。触ってみるとノブは軽く動いた。
「失礼します。おはようございます」
ハーストは椅子に腰かけて窓の光で本を読んでいた。
「ああ、昨日は世話になったな」
「えと……私も助けていただきましたし、大したことは出来ませんでしたので。それであの、妖精さんがお手紙をくれたみたいなんですが、読めなくて」
「珍しいな。貸してくれ」
ハーストは葉を受け取ると微かに唇を歪めた。
「『昨日はごめんなさい、ありがとう』だそうだ。今後は待遇がよくなるだろう」
「!!」
「他の妖精が君を怖がらせてしまったと言っていた。ちゃんと双方に説明せずこうなったのは俺のせいだ。可能なら許してほしい」
「そんな……ハーストさんは悪くないです」
「いや、ワタリの君には他にも色々教えるべきこともあった。今日は……と言うより俺は暇なんだ。少し付き合ってくれるか?」
「……!よろしくお願いします」
幸はバスケットを返す場所を教えてもらうついでに屋敷の中を案内してもらった。
手洗いの近くに洗面所とシャワー室があり、ハーストに待ってもらい歯磨きを済ませる。大きなお屋敷らしく来客用のアメニティがあったのでそれを使わせてもらった。浴槽は無いらしいが汗を落とせるのもとてもありがたい。
空いている部屋の多くは客室とハーストの家族の部屋、そしてやはり一階の部屋は使用人室だったらしい。家族が亡くなった際に暇を出したそうだ。幸は事実使用人である訳だしそちらに移るか訊ねたが、どうせどちらも空き部屋だから構わないとハーストは投げやりに呟いていた。
他にある鍵のかかった部屋は書庫、書斎、談話室、室内温室と屋敷の広さを実感させる。
厨房は屋敷の奥まった位置にあった。
竈と、円形の謎の石板と、木製のまな板や見知った調理器具が置かれている。裏口前にある小屋は丸ごと食料保管庫になっており、冷蔵設備もあるそうだ。
竈は幾つか火口があり、一つにオーブンが載せられている。
「これはどうやって使うんですか?」
幸はお菓子作りが割と好きだった。そこまで凝ったものは作れないがレパートリーはそれなりにある。
「料理をしたいのか?」
「あ、ハーストさんと妖精さんが良ければですが……私より妖精さんの方が上手ですし」
「……だ、そうだ。暇がある時に教えてあげなさい」
ハーストが呟くと光の球が4つくるくると回りながら石板に降りた。
「あ、あの。私妖精さんの事をよく知らなくて、なんて呼んだらいいですか?」
「妖精は名前と姿で支配され使役される。この屋敷の妖精は殆ど俺と契約しているから無暗に操れたりはしないが、妖精に無闇に名を訊ねたり捕まえて見るのは彼らの命を脅かす失礼な行為だと覚えておくといい」
幸は殺す気かと言われたことを思い出す。
「じゃあ、こちらの方々はお料理番の妖精さんで良いですか?」
光の球は少し早めにくるくると回った。多分いいのだろう。
部屋の壁にかけられた黒板にチョークのような石で文字が書かれる。幸には読めない文字だ。
「ここの妖精はホールの奴らとは違ってあまりしゃべるのが得意じゃない、少しづつ文字を教えるから筆談してくれ」
「文字を教えてくださるんですか!?」
「必要だろう。構わない」
お料理番の妖精がハーストの肩にとまる。懐かれていると言えばいいのか、信頼のようなものを感じた。
「ハーストさんは妖精さんと仲がいいんですね」
「産まれた時から一緒に暮らしているからな。俺は姉より先に妖精と話していた」
「そういうものなんですね」
幸が調理道具を見ていると、ハーストは不思議そうな顔をする。
「凝った料理をしたいなら妖精の食材を買うときに一緒に発注するといい。そこに発注票がある」
「妖精さんも普通にご飯を食べるんですか?」
「君の食事はついでだと言ったはずだ。妖精たちは日に二度食事をとるが、俺は何日かに一度も食べれば十分だ。多分君は俺と同じではないだろう」
幸より背の高いハーストの言に幸は震撼した。
もうとっくに成長期ではないかもしれないが、ただでさえ背が高い上大きな翼を背負っているのだ。
「ハーストさんは絶対にもっと食べたほうがいいです」
「そ、そうか……?」
幸が力強く頷くとそうだそうだと言いたげに妖精が幸の周りをくるくると回った。
妖精はハーストの何代も前のご先祖様が契約したり捕まえたりプレゼントされたりして屋敷に沢山いるらしい。家事全般は勝手にやってくれるので便利だと言っていた。
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