第3話 罰

「ハーストさん!?ハーストさんっ!!」

 幸は慌てて駆け寄り、ハーストに回復体位を取らせる。

顔色が悪く呼吸が浅い。手首を取り脈を測るがこちらは人基準ではあるがかなり速い。

「病気?魔法の副作用??どうしよう……」

『……部屋に運んで』

女性の声が響いた。妖精だろう。

「え」

『ハースト様をそこの部屋に運んで、私達は許可や命令がなければあなた達に触れられないの。処置は教えるから』

「う、うん……」

 小さな光が暗い部屋で明滅している。あの妖精が喋っているのだろうか。

 幸はハーストの下に体を潜り込ませ、腕を肩にかけて持ち上げる。意識のない体は軽くはないが見かけほど重くもなかった。翼が床に擦れてしまうが大丈夫だろうか。

 ハーストを引きずって部屋に入ると勝手に蝋燭がついた。

 部屋の隅には簡易なベッドが数台置かれていた。使用人室か何かだったのだろう。清掃はされていたようで埃っぽさはない。

「よいしょっ」

横向きにベッドにせ、手で翼を畳む。

折れたりはしていないようで幸はほっと息をついた。

『ハースト様の服を脱がせて』

「え」

『前ボタンで脱がせられるわ。上半身の片側だけで大丈夫だから、腕を出して』

「……うん」

 言われた通り上着を脱がせる。翼の付け根はシャツの背中が空いていて、生え際を上着で隠しているようだ。

「こ、これでいいの?」

『ええ…………なんてこと……』

 ハーストの腕に赤い模様が滲んでいる。

「……なんか、気持ち悪い……これは呪い……?」

『ハースト様は禁則を破ったから罰を受けているのよ』



 そうだ。彼は謹慎中、しかも処刑待ちの身らしいのだ。暴れないように何らかの魔法をかけられていたのだろう。

「ど、どうしよう……そうだ。オウギさんに相談したらなんとかならない?」

『ならないわ』

「だってこんなベッドに乗せたって治療には……」

 いや、眠って耐えれば治るのだろうか?

しかし、ハーストの顔色は明らかに先程より更に悪化し土気色に近くなっている。

『貴女には魔法の素質があるわ』

「ま、ほう?」

『手を出して、水をすくうように』

 幸が言われるままに手を差し出すと掌に小さな光る石が落ちた。飴と同程度の大きさだ。

「……妖精さん?」

『ごめんなさい。このまま私を飲み込んでちょうだい。魔法の使い方はそのまま教えてあげる』

幸は落としそうになった石を慌てて握った。

「これ……あなたは、大丈夫なの……?」

『優しい子ね……もうこの形になったら元には戻れない。これが終わったら魔法で砕いてもらえば貴女の中に残ることもないわ。少し疲れるだろうけど、それ以外貴女の健康を害したりはしないから、お願い』

 呑み込むのも勿論怖いけれど、砕いたら妖精はどうなるのだろうか。それよりも……

「断ったら、ハーストさんは……」

『刑期が早まった扱いにされるわ』

つまり、死ぬ。

 心臓が疾る。魔法が使えなければハーストはこのまま死んでしまう。付き合いは浅いがそれは嫌だ。オウギさんにもポチくんにも顔向けできない。

「わ、かった。信じるよ。よろしくね……」

 幸は目を瞑り石をぐいと呑み込んだ。

食道を通り胃に伝うはずの異物は喉を過ぎてすぐすぅと消えた。

『幸、貴女は幸というのね』

「う、うん」

『幸、貴女には妖精の魔法を使ってもらうわ』

幸の周りに光の円が浮かび上がる。

「きれい……」

『ありがとう。でも今は集中して、ハースト様の手を取って、指を噛み合わせるように握るの』

「こう?」

『そのまま、復唱して、力のある妖精の名前から力を借りるわ』

「名前だけで……魔法が使えるの?」

『勿論条件はあるわ。ハースト様が命じたアフラクはこの屋敷で水を管理している妖精。他にもいろんな場所に、いろいろな力を象徴する妖精の残滓があるの』

「うん……」

『魔法の仕組みを理解する必要はないわ。ただ決まりに従って力を借りるの』

幸の頭に名前と形が浮かぶ。

唇から名前が紡がれる。

知らない発音。

知らない言葉。

光の円が形を変える。

幸が妖精に続いて言葉を連ねていくほど、ほどけ、重なり、広がっていく。


…………


 そうして、どれくらい経っただろうか。

「おい……」

 幸は肩をゆすられて目を覚ました。疲れ果ててベッドに凭れたまま眠ってしまったらしい。

窓の外は昏くもう夜になったことが分かった。

 ハーストが幸の顔を覗き込んでいる。近くでまじまじ見るのは初めてだが美人系の整った顔立ちだ。

「あ……おはよ……ございます……」

 夢のような光景だった。実際途中から夢だったのかもしれない。

「お、お仕事……。そうだ。お仕事しないとですねー」

 幸が起き上がろうとするとハーストが腕を掴んだ。

「君は、俺に何をした」

 上着は羽織っているがボタンは開いたままだ。どうやらしっかり夢ではないらしい。

「あ、えーと」

 最後の小節を唱えながら妖精はこのことは妖精石を飲んだこと以外喋ってはいけないと言っていた気がする。

「看……病……」


 ハーストは自分の掌を見つめいぶかし気にしていたが、短く礼を言うと部屋を出て行った。

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