第5話 鳥籠館
ポチくんは馬車で来ていたらしくお屋敷の門の前に2頭立てのものが泊まっていた。写真では知っているが実物を見るのは初めてだ。かなり大きな馬で少し怖い。
馭者らしき一本角の生えた人がこちらに気付き煙草を吸っていたのを慌てて消した。台から飛び降りると手際よく折り畳みの踏み台を出してくれる。
「あの、すみません。何から何までお世話になってしまって」
「別に構いませんよ。それと、僕相手は敬語は不要です。僕もあまり慣れてないので。へへ」
この世界には善人しか居ないのだろうかと思いながら馬車に乗る前に振り返る。
「……え……」
今しがた出てきた屋敷の外周を囲む柵や門扉には赤い塗料がベタベタと塗られ凹んでいる。
「行きましょう」
「あ、の。ポチくん……」
「……行きましょう」
ポチくんに背を押され私は馬車に乗り込む。
ゆっくりと遠ざかる景色はどこか煤けて頭にこびりついた。
+ + +
お尻が痛むのを我慢して揺られること多分2時間程、幸は硬い座席から開放された。
白い建造物の前で馬車は停まった。
大きな白い邸宅の奥に大きな木の先端と丸いドームのフレームのようなものが覗いている。ぱっと見には朽ちたプラネタリウムに見えた。
邸宅の正面には門から入るとそのままトンネル状の通路が伸びており、直接奥のドームに繋がっているようだ。
「すみません……馬車は乗り慣れていなかったんですね」
馬車から降りられず子鹿のように震えていた幸は情けないことにポチくんに背負われ、青い顔を伏せる。
「やせ我慢した自業自得なのに……重ね重ねごめんなさい……」
「じゃあ気付けなかった無神経な僕とお互い様と言う事にしてくれますか?」
紳士だ。
ポチくんは見かけの割にかなりの力持ちのようで、幸を背負ったままさくさくと通路を歩いて行く。
「これからどんな方にお会いするんですか?」
「団長、オウギ様です」
「扇?」
日本的な発音につい聞き返してしまったが団長さんは紛れもない現地人らしい。
「先輩と同じ有翼種の生き残りで立派な方ですよ」
「生き、残り……?」
「あ、えと。……そろそろつきます」
木製の扉を開くと視界が一気に開けた。
「わぁ……」
ドームに見えたそれは巨大な鳥籠だった。
大きな白い鳥籠型の枠に縦横無尽に柱が渡されており、色とりどりの鳥達が羽を休めている。
動物園なら足下が糞や羽だらけになっていそうだが、ここはきれいなもので足元のタイルまで磨かれ光沢を放つ。
「いらっしゃい、ポルチェア」
落ち着いた声が響いた。
鳥籠の中央に置かれた椅子に男性が座っていた。
褐色の肌に白い服、そして目を引く首まで覆う白い髪、良く見れば頭髪は毛ではなく羽毛だと分かる。
彼の第一印象は鳥の王様だった。
「私はオウギ・エスト・ハーピィ。ハーストの叔父のようなものだ。よろしくね」
金の瞳は猛禽類を思わせる。
ハーピィという響きはやはり昔読んだ児童書に出ていた気がする。半人半鳥の魔物だったか。
「よ、よろしくおねがいします……」
幸がポチくんの服を引いて降ろしてもらうと、ポチくんは片膝をついてしゃがんだ。
幸も見様見真似で倣う。
「ああ、自然体にしてくれて構わないよ。ポルチェア、それにワタリのお嬢さん」
「さ、サチ・ヤマダと申します」
「よろしく、幸さん」
ハーストの叔父と名乗ったが、控えめに言っても30代以上には見えない外見に戸惑いつつ幸は頭を下げた。
「それで、君の身柄なんだが……」
オウギは顎に手を当て暫く思案してからポチくんを見た。
「ハーストのところに預けようと思う」
「……
幸はオウギとポチくんを交互に見ている。
「如何せん五千年ぶりのワタリだ。下手に今の街中に連れていけば見世物にされてしまうだろう」
「それは、そうかもしれませんが……。先輩は男ですし、彼女だって……」
「私が責任を持とう。それなら構うまい?私の言葉ならあの子も聞いてくれるだろう。ポルチェアもよく知っているだろう?優しい子だ。女の子に乱暴したりもしないさ」
「…………あの」
ポチくんの表情は複雑だ。
「わ、私……」
幸が蚊の鳴くような声を上げると二人の視線が集まる。いや、上空から鳥達も皆こちらを見ているような気がした。
「……っ。し、仕事。どこにしろお世話になるなら……お仕事を、したいです」
「なるほど。偉いね。良い心がけだ」
オウギは笑顔でポチくんと幸を見る。
「サチさん。掃除はできるかな?」
「……やります」
「じゃあ決まりだ。家政婦としてならポルチェアも異論ないだろう?」
オウギがポンと手を打つと白いオウムのような鳥が白い羽ペンと紙を掴んでふわりと舞い降りた。
ポチくんは釈然としない表情でオウギを見ている。
「あの子も、もうずっと一人だから心配しているんだ」
「団長……」
「大丈夫だよ」
オウギが指を鳴らすとテーブルとインク壺が現れた。
彼が紙に何かを書くと滑るようにポチくんの手に紙が飛んできた。
「ポルチェア、読んであげなさい」
「……雇用契約書です。期間は……三ヶ月、業務内容はハースト様の屋敷の清掃……」
「私は魔法とかは使えないのですが、大丈夫ですか?」
「……そうか。まぁそのうちに覚えるよ」
そういうものなのだろうか。オウギの視線をなぞるようにポチくんの手から紙が逃げ、幸の手に収まった。
「良ければ名前を書いておくれ。ああ、君はペンを握って名前を思い浮かべれば大丈夫。勝手に書いてくれるから」
幸の手元に飛んできた羽ペンは見たことの無い文字を紡ぐ。描き終わった瞬間紙は二枚に別れ片方が幸の手に残った。控えということだろうか。
「はい、これで契約完了だ。雇用主は私になっているが私は忙しい身でね。月に一度も様子を見に行けたらいいけれど、必要なことはハースト達に言いなさい」
「は、はい」
「ポルチェア。彼女を送るついでに、これから必要なものもあるだろう。買い物に付き合ってあげなさい。代金は全て私が負担しよう。くれぐれも、彼女がワタリだと吹聴はしないように」
「はい……」
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