第6話 罪人

 鳥籠から出ると白い小鳥が何羽か飛び立つのが見えた。

馬車はガレージのような場所に移動させてあったらしくまだ来ていない。

ポチくんの表情は暗いままだ。

「大丈夫?ポチくん……」

「サチさん……ハースト先輩はもうすぐ死にます」

「…………え」

「正確には殺されるのです。先輩はあの屋敷で処刑の執行を待つ身です」

「ど、どうして?何か、凄く悪いこととかしたの?」

「そんな事はありません。先輩は模範的騎士で僕の憧れでした」

ポチくんの目に涙が浮かぶ。

「団長の提示した三ヶ月は先輩の執行までです。サチさん、今からでも団長に契約を変えてもらいませんか」

「……いや、でも…………本当に?」

ポチくんは悲しげに首を縦に振る。

「先輩の処刑は陛下が御命じになられたことです。僕らにはどうしようもありません」

「王様が国民を、そんな良くわからない理由で殺していいの?」

「それが必要なことならば、僕らは受け入れるしかありません。勿論濫発されれば反感は高まりますが処刑命令が下されたのは数十年ぶりです。僕には理解できませんが何かお考えがあるのは間違いありません」

「ハーストさんは、受け入れている……の……」

 幸は屋敷を出る前に言われたことを思い出す。もう必要がない。

つまり、そういう事なのだろう。

「ポチくん…………私が寝せられていた部屋は、誰の……」

「先輩の亡くなられた姉君、マリアベル様のお部屋です」

「…………あの」

「馬が来ました。行きましょう」

馬車の音で会話は中断された。



 幸は馬車の中でフード付きのマントのような物を渡され羽織る。服装が浮いているので仕方無い。約束通り先にお家に寄ってくれるらしい。

 例え団長さんが資産家であろうと、知らない人に金銭的負担をかけるのは申し訳ない。古着を譲ってくれると言うなら幸はそちらのほうが良いと言った。

 ポチくんの生家は鳥籠が遠目に見える距離にあった。

ライオンの紋章を目にし、幸は丸い耳の既視感を理解した。

 犬ではなく獅子だったらしい。この世界にもサバンナがあるのだろうかと妙な想像が膨らむ。

ポチくんはドアノッカーを叩く。

「あれ?どうしたの?ポチ、今日は仕事でしょ?」

 現れた女性は幸より少し背が高く、ポチくんと同じ色の長い髪をポニーテールにしていた。やはり丸っこいモフモフの耳もついているが、体つきはポチくんよりよほどがっしりしている。

「ちいね……姉様、急で申し訳ないのですが小さい古着を何着か彼女に譲ってくれませんか」

 きっと普段はちいねえさまと呼んでいるのだろう。

「こ、こんにちは」

「……どなた?」


 ポチは道中考えてくれていたのか幸を難民だと紹介した。そのまま幸だけ屋敷の中に通された。

 この国では難民を下働きとして雇うことはさほど珍しくないらしく、お姉さんは快く部屋に通し、幸の制服も異国の伝統服ということで納得してくれた。

 お姉さんも古着は無料でと言ってくれたが、オウギさんが出してくれるお金でお姉さんの娘さんの服を買うということで話はつつがなくまとまった。

 流石に給仕服と合わせのエプロンは持っていないのでそちらは問屋さんを教えてもらった。

「それにしても突然女の子を連れてくるのだもの、あの子に恋人でもできたのかとびっくりしちゃったわー」

 幸の前に服が並べられていく。

ドレスなど着方もわからない。下着と、シャツを何枚かとなるべく簡素なワンピースを手に取る。幸が何か言う前に生理用品の使い方まで教えてくれた。

ジッパーはあまり普及していないようでホックやボタンで留めているものが多い。

ズボンの様な服は腰をひもで結んで止めているようだ。女性用のベルトもあまり普及してないらしい。

「ポチく……ポルチェアさんはお幾つなんですか?」

「あはは、いいわよポチくんで、あの子背が低いしあの顔でしょう?もうじき12なんだけど発育はあまり良くないわよね」

 流石に小学生とは思わず幸は軽く硬直した。

「しょ……他国から来たので詳しくないのですが……こちらでは11歳で働くのが当たり前なんですか」

「まぁ、少し早いほうだけど騎士団に入りたい子が10歳くらいで下積みに出るのは然程珍しくもないと思うわ。自慢になってしまうけど、あの年で剣持を卒業出来たのはちょっと早いのよ?」

剣持……は分からないがきっと見習いのようなものなのだろう。

「……な、なるほど……」

「それにしあなたも細っこいわね。仕事とか大丈夫?」

「なんとか……鍛えます」

「ふふ、頼もしいわね。がんばりな」



 ポチくんに連れられハーストさんのお屋敷に戻ると門の前に青い肌の子供が居た。

「ちょっと、君……」

ポチくんが慌てて馬車から飛び降り声をかけると子供は一目散に逃げていく。

門には赤い塗料で落書きが足されていた。何と書かれているか幸には読めないが、ポチくんの顔色を見るに良い内容ではないのだろう。

「ポチくん……」

「サチさん、なるべく建物から出ない方がいいです。もし外出が必要なら僕を呼んでください」

「……ハーストさんは、本当に何もしていないんだよね……」

「先輩は無実です。僕は……信じています」

幸が門を潜るとポチくんは躊躇いがちに馬車に戻った。


 ドアノッカーを叩くと、今生の別れのように和やかに送り出してくれたハーストさんは露骨に眉間にシワを寄せていた。

「あの……こちらで働くように言われまして……。よろしく、お願いします。だ、旦那様?」

「…………断る」

「いや、あの」

「…………団長の所で雇ってもらえ、今からポチを呼び戻す」

 ハーストの手にはいつの間にか青い小鳥がとまっていた。

「大変申し上げ辛いのですが、既に団長さんと契約書を交わしてしまい……」

丸めた控えを見せるとハーストは紙を広げ、分かりやすくため息をついた。

「よく今まで五体満足で生きてこれたな、馬鹿なのか」

言葉選びは辛辣だが返す言葉もない。正直動転して流されていたが、今後の契約はもう少し慎重にしなければとは思う。

「本当に、ご迷惑だとは思うのですが……」

「……仕方ない。あの部屋は好きに使え。それと、あまり屋敷内をうろうろしないでくれ」

「お掃除とか……草むしりくらいはできるので……」

「不要だ」

ハーストは幸を屋敷の中に入れると鍵を閉め、不機嫌そうなまま別な部屋に入ってしまった。

「……うう……」

早速嫌われてしまった。

前途多難だ……。

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