第4話
「
翌日、再び城塞都市へと訪れた涼介は、ノイノイの希望でタワードに会うことにした。
「確か、この街の統治者のとこに厄介になるとか言ってたよな」
城塞都市内で聞き歩けば流石は統治者といったところか。新しくはないが、あまり古さを感じさせない手入れの行き届いた屋敷に辿り着く。
門兵に要件を伝えると、既に話が通っていたのだろう。護衛隊長タワードに待っていたとばかりに出迎えられる。
「よく参られた。この屋敷の主とミラオルテ様もお待ちだ。さあ、こちらへ」
「昨日も伝えたけど感謝は不要。それよりも
と、対応したのはノイノイ。
涼介は異世界での活動の中で、不必要に現地人との交流を深めたくないと考えている。感情移入してしまうからだ。
その点、ブレないのがノイノイである。
彼女は相手の気持ちなど一切考慮しない。だからこういう時、己を最優先とする相棒に全てを任せ、自分は話に加わらないようにしている。
「そう遠慮めさるな」
「いや、遠慮ではない。こちらは一刻も早く調査を再開したいだけ」
というような引き留めの押し問答が何度も繰り返されるが、結局涼介の思惑通りノイノイの顔色すら変えぬ頑なな態度の前に、タワード側が屈することとなる。
「……わかった。何なりと話そう。その代わり、調査とやらの区切りがついた際には必ずやこの屋敷の主にお会い頂きたい」
「時間が合えば、でいい?」
「結構。で、訊きたいことがあるとか。私に答えられることなら何なりと」
漸く本題へと入ると、ノイノイは己の知識欲求を満たすべく
「
「狂暴化した時期の正確なところは私にもわからぬ。ただ当領内で被害が出始めたのは凡そ六か月ほど前だと記憶している。十頭程度の群れが領内外れの農村で夜盗の如き暴れたのが始まりで、今や五百に届く一団になっているのではないかと見ている」
「狂暴化の切欠は?」
「それは寧ろ、我々が知りたいところだ。狂暴化は勿論、あれだけの大規模な徒党組むなど聞いたことがないと、長老衆も
「
「当領外にも多少の被害は及んでいるようだが、多分、
「元々の生息域は判明してる?」
「これも推測の域を脱しないが、数からして恐らく半数は北にあるノーザイン山脈に住んでいた連中が集まったと見ている。ただ、残りがどうやって増えたのか皆目見当がつかない。余所から流れてきたと考えるにはあまりにも数が多過ぎ、繁殖では育つまでにもっと時間が必要と考えるのが妥当だろうしな」
矢継ぎ早の質問にも、タワードは事細かに答えてくれた。それだけ苦悩させられている証拠だろう。
「ノーザイン山脈ね。リョースケ、まずはそちらを見に行こうか」
「りょーかい」
それから聞き出した情報から二人が行き先を決めると、タワードが横から口を挟む。
「
「昨日も元々その予定だった。でも、ノボルのことがあったから出直しになっただけ」
「あぶないぞ?」
「危険は百も承知。そのためにリョースケがいる」
「そ、そうか……」
タワードは昨日、涼介の実力を目の当たりにしているだけに、それ以上口を挟むような野暮な真似はしなかったが、その代わりに頼み事を一つした。
「
聞けばタワードは最近まで、ミラオルテの護衛として北の道を辿った先の領地に詰めていたとのこと。ただ最近になり
当たり前だが、領地を捨てて逃げだしたわけでなく、今も尚、統治者であるミラオルテの父親が残り、
その最中、追手が差し向けられたばかりとなれば、その領地と城塞都市は分断されている可能性が高い。ならば情報の共有は難しいと考え、別々に調査を進める判断は理解出来る。
「私の主観になるけど。それで問題ないのなら」
「それで大丈夫だ。少しでもいい、戦況がどうなっているのか情報が欲しいのだ」
無論、この街からも偵察を出しているだろう。にも拘わらず、昨日の狂暴化した
つまり
偵察兵の数が足りていないのか、それとも
期限を迫ることも、約束させられることもなかったため、タワードの切実な願いを頭の片隅に二人は城塞都市を後にする。
昨日と同じ道を辿り、森へと侵入。そして
このまま進めば領主の本拠地があるのだが、今回はその手前で道を逸れ、
「そろそろ危ないかもね」
「だな。もう何時出くわしてもおかしくないかもしれん。早目に掛けとくか?」
「そうしよう」
ノイノイが瞑目して何やら呟くと、二人の身体が薄い霧のようなものに包まれる。
これは存在を希薄にして他者の視点からそこに二人がいると気付き難くするという、彼女の
ただ存在を完全に消したり、透明になるわけではないので触れるような距離であれば厳しいが、調査主体ならば効果は十分。敵性生物の多い危険地帯も、最小限の警戒だけで動き回ることが可能だ。
そうして遭遇の不安を解消すると、一路ノーザイン山脈の麓へと向かう。
かなり危険との話だった領内は意外にも静かで、少し気味が悪い。
戦況を優位にひっくり返して治安を回復したのなら良いが、昨日の今日でそれは考え難い。
そんな涼介の頭の中を過ったのは、「嵐の前の静けさ」という言葉だった。
「これ、結構ヤバいかもな」
「まずは根城を探したい。そこに
「ノーザイン山脈とやらにいてくれればいいんだが」
「いくら狂暴化したとはいえ、元々の習性を全て失うとは考え難い。まだ住み慣れた土地を捨ててはいないんじゃないかな」
「そんなもんか。んじゃ予定通り、登山と行きますか」
辺りが暗くなり始めた頃。山の麓に辿り着くと、緩やかな傾斜を登り始めた。
次第に人の出入りを拒むような入り組んだ天然の要害に阻まれるが、よく目を凝らせば人が通り抜けられそうな道が幾筋も踏みしめられているのが見て取れる。
全身に不穏な空気を感じながら中腹まで登ると、ノイノイの読み通り見張りと思しき数人の山羊頭を何度も目撃した。息を殺してやり過ごしながら警戒の強い方へと踏み込めば、遂に開けた場所で屯する
「思った以上の統率力だよ。これほどの集団行動が取れるとは」
一見、祭り会場に集まったような無秩序な集団だが、どの個体も
「どうする?」
「勿論、
岩陰、木陰を利用し、迂回しつつ周囲を探ると、垂直に切り立った岩壁に亀裂のような洞穴を発見した。
「やけに入り口の見張りが厳重だな」
「それこそ何かある証拠。どうにかして忍び込みたい」
「んじゃ、ちょっと試してみるか」
ノイノイの要望に応えるべく、涼介は腰のシャフトに手を添える。
そして小さな氷の玉を作り出し少し離れた木陰へと投じると、着地と同時にガサリと音を立て、見張りたちの気を引いた。
手にした棍棒を構え、警戒心を露にしながら音の出所に近づく
「上手くいったな」
「それは脱出が成功してから判断するよ」
洞窟内は自然のままのようで、特に手を加えた形跡はない。
出会い頭に注意して、気配を探りながら奥へ奥へと足を踏み入れると少し開けた空間へと辿り着く。
薄暗い洞窟の中で目を凝らせば、最奥に丸太を寝かせただけの簡素なベンチに腰を据える、ひと際大きな個体の
だが、それ以上に目を引いたのは、その傍らに佇む殊更小さい人影。銀色の髪をポニーテールに束ね、褐色肌をした彼女は驚くほど『
「だろうとは踏んでいたとはいえ、やつらを目にするとは腹が立つことこの上ないね」
呟くノイノイが憎々しげに睨みつける。
銀髪幼女はその怨念でも込められてそうな視線を感じ取ったようで、不機嫌に眉根を寄せた。
「ほう、お客さんが来てるようだ。招いた覚えはないのだけど」
気付かれた以上魔法の効き目はないと諦めたか、そもそもコソコソする気が失せたのか。ノイノイは毅然と銀髪幼女の前へと進み出る。
涼介の胸の内にも怒りの感情が沸き上がるが、今は冷静であれと自分に言い聞かせ、ノイノイの傍に立ちその身を庇う。同時に
「相変わらず異世界で余計なことばかり勤しんでるね。『
「貴様たちもその呼び名の通り、のんびり見物していれば良いものを。『
「そうはいかない。色々と干渉されては困るからね」
「ほんの些細な切欠で進化する種族を放っておいては可哀そうではないか」
「そんな建前でなく、はっきり言ってはどうかな? 実験がしたいだけと」
「より完成された種の誕生を願って何が悪い」
「成功した試しもないくせにどの口が言う」
「いいや、成功していたものもあった筈さ。貴様たちの邪魔さえなければな」
「その傲慢さで、今までに幾つの文明を崩壊させた?」
「過去は未来のための過程。失敗の積み重ねが
「そうだね。お前たちと同意見というのは釈然としないが、無駄な時間なのに違いない」
「ならば早く失せろ。我々は貴様らに構っている暇はないのだ」
銀髪幼女が右手を頭上に掲げると、背後の
どうやら実力行使に乗り出す気らしい。
ここで涼介の出番と言いたいが、如何せん場所がよろしくない。涼介の本能が、
それに加え、『
涼介の役目は、様々な危険から『
彼女たちに万が一があっては、日本に帰れなくなってしまうからだ。
諸悪の根源に背を向けるのは癪だがノイノイには理解して貰うしかない。
「ノイノイ、一旦退くぞ」
「……わかった」
涼介はノイノイを庇いながら通路へと飛び込み、退却を開始する。
直後、背後から迫る殺気を感じ振り向くと、既に手の届く距離に詰め寄られ、驚く。
「げっ! アイスウォール!」
咄嗟手を翳し、氷の壁で通路を遮断する。
その馬鹿でかい図体とは思えない瞬発力に肝を冷やしたものの、間一髪危機を脱した。
氷に行く手を阻まれたカプロキスの王は手にした得物で破壊を試みるが、破片を撒き散らすばかり。時間稼ぎの役目は果たしてくれるだろう。
洞窟を出たところで見張りであろうカプロキスと鉢合わせるが、まさか中から不審者が飛び出してくるとは思ってなかったのか。驚いている内にその脇をすり抜けていく。
「ノイノイ大丈夫か?」
「少し……、休めば……、問題ない」
無事下山した二人は一先ず一息入れる。肩で息をするノイノイの表情は険しいが、それは呼吸の乱れによるものではない。先ほど出会った銀髪幼女が脳裏を占めている所為だろう。
実は彼女は、ノイノイたちと同じ世界で生きる同胞だった。
しかし遠い過去、自分たち小さな種族が生き永らえるためには絶えず進化すべきとする推進派と、急激な変化は身を亡ぼす原因となるため慎重にすべきとする保守派が、思想の違いから袂を分かつことになった。
推進派は己の考えの正しさを証明するため、異世界人に新たな力と文化を与え、進化を促し結果を期待した。保守派は自分たちがどう存続すべきかを模索するため、近しい文明の動向を監視し、種が永らえる要因を探り続ける。
つまり双方が異世界を実験の場、研究室としたのだが、同じ現場で正反対のことをすればぶつかり合うのは当然のこと。
何時しか前者を『
涼介には正直どちらの考えが正しいのかはわからない。
人間は様々な方面から発展をして文明を築いたからこそ飢餓も少なく病に抗う術を手に入れたが、同時に行き過ぎた開発が戦争や環境破壊を招き、人類そのものの寿命を縮めているかもしれないからだ。
とはいえ、他人の介入により自分の人生を勝手に書き換えられるのは違うと思う。
何より涼介は過去『
「不相応の力を手に入れても訪れる未来は滅亡のみ。それが理解出来ないとは、ホント忌々しいヤツらだよ」
「ああ、俺もまたあいつらが絡んでいると思うとホント腹が立つ。が、愚痴は後から零すとして、これからどうすんだよ。ノイノイ」
「黒幕は把握した。そして企みも読めた。後は『
「りょーかい」
方針が決まった以上、長居は無用。
闇が占める夜、ノイノイの魔法により日本へと帰還した。
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