アウターワールド ~異なる世界の箱庭観察~
東屋ろく
プロローグ
滑らかな白壁に美しい紋様が刻まれた玉座の間で、男と少年が対峙していた。
玉座を背にした男は闇色の全身鎧で身を固めた壮年の者。武人と見紛う分厚い体躯もさることながら、全身より禍々しいオーラを漂わせており、不快な威圧感を放っている。
気品と威厳を兼ね備えたこの美しい空間には極めて似合わないのだが、それもその筈。この者はこの城の本来の
対する少年は、十代後半に差し掛かったほどで、精悍な顔付きの中にもあどけなさを残している。
黒のロングコートを身に纏う彼の右手には長さ一メートル足らず、直径二十ミリ程度の細い
その背後には幾人もの防具を身に着けた衛兵たちが連なるように倒れ伏し、呻き声をあげていた。
「我に歯向かうなど愚かなことだが、その度胸だけは誉めてやろう」
侵略者の王は少年を見下ろし、鷹揚に告げる。
自信の表れか。目の前の少年が、この城をたった一人で制圧したことを知っているであろうにも拘らずに、余裕ある態度は僅かたりとも崩していない。
「己の無謀、あの世で悔いるがよい」
僅かに口角を持ち上げた侵略者の王は、背負った巨大な大剣を引き抜くと大きな歩幅でもって距離を詰める。
迎え撃つ少年は眉一つ動かさず、ここまでの道を切り開いたにしては随分と頼り無げな金属棒を静かに構えた。
王は己の得物を軽々と持ち上げ、少年の頭目掛けて振り下ろす。
お世辞にも剣技などと呼べる代物ではない、力任せの一撃。少年はそれを踏み込みながら身を躱すと、そのまま一気に攻勢へと転じた。
「はあっ!」
振り下ろされた剣目掛け、短い気合の声と共に薄灰色の棒を叩き付ける。
王はそれを危機と捉えていないのか、されるがまま。不敵な笑みさえ浮かべている。まるでそんなもの通用しないとでも言わんばかりに。
直後、大剣と棒が激突し、鈍い衝撃音を響かせる。鬩ぎ合ったのはほんの一瞬。真っ二つに折れたのは細枝のような少年の金属棒ではなく、分厚い王の剣だった。
少年は返す刃で一閃。だがそれは怯み、後退った王の胸当てを切り裂くに留まる。
自身の折れた剣、切り裂かれた胸当てを目にし、先ほどまでの自信に満ち溢れた王の表情が鳴りを潜めた。
「……バカな。我の武具はこの世界の物質では決して傷つかない筈だ」
そんな王の独白に、答えたのは少年だ。
「この
「……なん、……だと?」
「うちじゃアルミニウム、余所の世界ではアダマントなんて呼ばれてるらしい。なんつってもわかんないよね」
と、語る少年の手がしている棒は青白い光に薄く包まれている。
受け入れ難い事実、理解出来ない言葉に、王の動揺は隠せない。
しかし何かを思い出したのか気を持ち直すと、その双眸に再び自信を宿らせた。
「そうであったわ。貴様の手にしている武具が何であろうと関係ない。我の勝利は約束されている。この世界には我に敵う者がいないのでな! ふはははは!」
「――そう
王の高笑いを遮るように、少年のものでない幼い声色が玉座の間に響く。
怪訝に笑いを止める王の目が、声の出所である少年の背後へと向かう。
玉座の間の入り口、扉の陰から覗く人影が一つ。
研究者、あるいは医者を彷彿させる白衣を着たそれは、王の背の半分にも満たない幼女の姿をしていた。
「……お、お前は! 何故っ!」
彼女を目にした瞬間、
その様子から全てを察したようで、幼女は腑に落ちたと言わんばかりに頷いていた。
「その反応、やはり間違いはないようだね。その特異な力で好き勝手やってきたみたいだけど、その命運もここで終わり」
「何を言う。我に敗北の二文字はない! 我はこの世界で最も強き存在なのだ!」
「確かに今まではそうだったのかもしれない。でも残念。その少年は、この世界の外から連れてきた人間なんだよ」
「世界の外……、この世界の人間では……、ない、だと……」
幼女の発した言葉が何を意味するのか。王はすぐに理解してしまった。
世界最強とは文字通り、この世界で最も強い事を示す。では「この世界」という枠組みを超えてしまえばどうなるか。当たり前だが、その限りではなくなるということだ。
自信の根幹を揺るがされた王は我を忘れ、決して受け入れるわけにはいかない現実を拒絶するように絶叫した。
「リョースケ、あとはヨロシク」
「りょーかい」
幼女に後を託されたリョースケという名の少年に、折れた剣を放り投げ自棄となった王が言葉にならない雄叫びを上げながら掴み掛かる。
理性のない、闇雲な攻撃。ただただ感情に任せた暴力を冷静に見極め、少年は隙だらけの胸部、――先ほど切り裂いた鎧の隙間目掛け、金属棒を突き立てる。
王の体がガクンと停止。突進を物理的に止められた形だが、しかし勢いの全てを殺すまでには至らず、少年は両肩を押さえ込まれるように掴まれてしまう。
「いってぇ。なんて馬鹿力だよ……」
少年の額に脂汗が浮かぶ。
万力のように締め上げる握力は、人の域を凌駕していた。
そう、この王は、片手で馬車を軽々と放り投げ、一蹴りで石垣の城壁を容易く打ち破る無双怪力の持ち主だった。
常人を凌駕する怪力と、この世界の物質では傷つけることも叶わない武具で成り上がった侵略者の王は、既に痛覚が失われているのか。胸板を抉られているにも拘らず、その指先に込める力は増すばかり。
しかし、王の理性が保たれていたなら不可解に思ったに違いない。僅かな力を籠めるだけで人の頭を金属兜ごと握り潰す握力を以てしても、痛みを漏らすだけの少年に。
本来なら既に両肩が砕けている筈だが、未だ肩骨が潰れた様子はない。
見れば少年の纏う黒のロングコートが金属棒同様、仄かな光を放っている。その光が王の指先の圧力を押し返し、少年の身体を守っていた。
「何をしても無駄だよ、
幼女が淡々と結末を告げるが、狂った王の耳には届いていないだろう。全身の筋肉を隆起させ、更なる力を加えるのだった。
「リョースケ!」
負けることはない。そう確信しながらも、長引けば何かの間違いが起こるやもしれぬ。少年の身を案じた幼女の早期決着を促す
言われるまでもない。少年は内なる力を突き立てた
「
瞬間、王の身体は内側から凍り付き、余剰冷気が周囲までをも凍結させる。
以後、身動きはない。いかな怪力の持ち主であっても、命までも凍り付いてしまえば氷の棺から抜け出すのは不可能だった。
「ごくろうさま」
幼女の労いの言葉に、少年は氷に包まれる王の身体から
「終わったな」
「そうだね。この後始末と今後は、この世界の住人達に委ねるとしよう」
幼女が朗々と言葉を紡ぐと、彼女を中心に光線が三角錐を展開し、それぞれの面に魔方陣が浮かび上がる。
少年が踏み込んだのを確認すると術を起動。
「
少年と幼女の姿は跡形もなくこの世界より消え去った。
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