第10話
そうして街を出てから尾行を続け、二時間は経った頃、林沿いの開けた河原へと辿り着く。
東郷敬の様子から、どうやらここが今日の目的地らしい。請け負った仕事の内容は不明だが、長時間移動してまで来たのだ。角が削れ、丸くなった小石で埋め尽くされたこの場所に目的になる何かがあるのだろう。
東郷敬が仕事に専念したところで行動開始。東郷敬の身柄を確保し、速やかに『株式会社ブッシュ・ド・ノエル』へと連れて帰るのが作戦だ。
幸い、彼の周囲には樹木や大きな岩の陰など身を隠す場所はあまりない。見失うことはなさそうといいたいところだが、姿を消される今回に限ってはそうと言えないのが辛い。
軽く見渡した限りでは、猛獣など他の障害になりそうな危険生物の類も見当たらない。
頃合いだと判断した涼介は陽茉と頷き合うと一人ゆっくりと歩み出し、転がる石を引っ繰り返しながら何かを探している東郷敬の背後から努めて穏やかに声を掛けた。
「あんた、
何かの採集に集中していた東郷敬がやや驚きながら振り向き、先日街中でライターを拾った涼介、その背後にノイノイ、加えて一人の少女を視界に捉え、すぐさま身構える。
「待て、俺たちはあんたに危害を加える気はない。とりあえず、落ち着いてくれ」
「……コンナトコロマデ。ナンノヨウダ?」
「まず、俺たちは日本人だ。日本語で構わない」
「……日本人、……だと?」
「色々訊きたいことがあるのはわかる。出来る限り答えるつもりだが、その前にまずこちら要望を伝えよう」
「何だ?」
「今すぐ俺たちと一緒に日本に帰って貰う」
「日本に、帰れる……」
まさかとでも言いたげに呟く東郷敬。意外とすんなり決着つくのではと思わせたが、しかし話はすぐに怪しい方向へと傾いてしまう。
「悪いがその話が本当だという確証が持てない」
「いや、騙してなんかいないって。そんなことしてもメリットがないだろ」
「確かにな、と言いたいが俺には思い付かない何かがあるのかもしれん。とにかく旨い話には必ず裏があると言うだろう。闇雲に信用しろと言われても無理があるってもんだ」
と、その言葉を最後に東郷敬の姿が景色に溶け込むように消えてしまう。
「おい! 話は最後まで聞けよ!」
「止むを得まい。リョースケ、ヒマ、急ぎ彼を捕らえて欲しい」
涼介の叫び虚しく、ノイノイより指示が飛ぶ。
「りょーかい!」
「任せて!」
涼介と陽茉は思い思いの返事で応じると、直ちにシャフトを抜き、緊張を走らせる。
果たしてどのぐらいの時間姿を消していられるのか、そして姿を消したままどれだけ動けるのかなど、彼の能力には未知数な点が多くある。
だが、それは相手にも言えることで、涼介が
姿を消した東郷敬に大きく動いた気配はない。いるであろう場所の足元目掛けシャフトを振るって牽制するが、その一撃は空を切っただけ。やはり目に見えないモノを捉えるのは難しい。
刹那、殺意が迫る。擦過音、風切り音を頼りに両腕で頭部をカバーすると、硬い何かをアルミ製鎖帷子入りのコートの袖が弾く。
当然だが、見えないだけで存在はしているらしい。
「どうやら身体を気体化、あるいは霊体化する能力ってわけじゃなさそうだな!」
相手の手が届く。即ちこちらの間合いでもあるわけで、間髪入れずシャフトを地面に突き立てる。
「アイスバインド!」
周囲一帯を凍り付け、足元の捕縛を狙う。
目論み通り足首まで凍結した東郷敬の姿が現れると、動かせない自分の足元に見開いた目を向けていた。
「悪いようにはしない。観念――」
涼介が降伏を勧めるも、東郷敬は手にした短剣でブーツの結び目をぶった切り、素早く脱ぎ捨ててしまう。
咄嗟にも拘らず、優れた状況判断力かつ手際の良さに感心する。そして氷を自在に操る涼介の相手は不利と判断したのか、身を翻しながら再び透明化した。
逃亡か。いや、恐らく狙いはノイノイたち。人質にでもという腹積もりなのだろう。いくら二人だと言えど、年端も行かない幼女と女子高校生ぐらいにしか見えない。組み易しと判断するのは尤もだ。
「鹿島っ!」
「下がってっ!」
と、東郷敬の行動を先読みし、注意を促しながら後を追う涼介に、陽茉は声を張り上げ制止をかける。彼女の意図を察した涼介は慌てて後方へと大きく跳び退いた。
ノイノイの
もし、警戒心の塊である東郷敬がもう一歩踏み込んだ洞察力、あるいは想像力を働かせていたら気付いただろう。この少女にも特別な能力があるのでは、と。
だが、女子供と侮ったのか。あるいは己の能力を過信したのか。不用意に手を伸ばした。
――その瞬間。陽茉は覆い被さるように目の前の幼女を素早く抱き寄せる。
「バーストッ!」
陽茉を中心に爆発が撒き起こり、東郷敬はその避けようのない衝撃波を真正面から浴びることとなった。
触れた物を『膨張』あるいは『圧縮』する。それが鹿島陽茉の得意とする
吹き飛んだ彼は宙空で姿を晒し、受け身も満足に取れないまま露出した小石が
「相変わらずの破壊力だな……。てか、やり過ぎてないだろうな?」
「ちゃんと加減してるわよ」
「それによくタイミングが掴めたな。見えない相手だっただろうに」
「見えなくても、どの辺にいるかは分かったわ」
「え? マジ?」
「彼の足音よ」
「ああ、なるほどね」
ここは河原で無数の小石が転がっている。ブーツを脱ぎ捨てたとはいえ、踏みつけた石が打ち鳴らす音色を完全に消し去りながら走り抜けるのは不可能に近い。
しかし、その音だけを頼りに冷静に対処出来るかと言えば話は別で、余程の肝が据わっていなければ実行不可能だろう。
「二人ともご苦労様。ケイの身柄を確保して速やかに撤収準備を」
長居は無用とばかりに淡々と告げるノイノイの指示に、涼介は気絶する東郷敬へと一歩踏み出そうとするが、ふと説明しようのない悪寒が走る。
「気を付けろ!」
本能で感じたままを陽茉とノイノイに伝えるが、その嫌な予感はすぐに的中する。怪しげな一団が物影から飛び出してきたのだ。
数は凡そ二十人といったところか。包帯を雑に巻いて素顔を隠し、身には見たこともない紋様に彩られた白いローブを纏う不気味な連中に襲われてしまう。
数人が短弓を構え、矢を放つ。その間を縫って前衛が奇声を上げながら迫り来る。
その思いの外連携が取れた攻勢に、涼介たちは不意を打たれたのもあって防戦を強いられた。
「ノイノイッ!」
異世界における最優先は『
「こっちは大丈夫!」
シャフトを振るい、最優先事項を庇う陽茉の返事に一先ず胸を撫で下ろすが、振り向きざま視界に入った一団の次なる行動に目を疑った。
気絶した東郷敬の身を二人で抱え、運び去っていたのだ。
「おいっ!」
涼介が逃走者の背中に呼びかけるも、当然だが止まる筈も無く。その後、見事な連携で攪乱され、まんまと逃げられてしまう。
「何なのよ。ただの追剥ではないのはわかるけど」
「わからない。我々の知識にも該当しない身なりの集団だね」
何が何やらと呆気にとられる陽茉が漏らすが、この世界を知り尽くす筈の『
「それにしても一体どこに隠れてやがったんだよ。ついさっきまで気配すらなかっただろ」
「
「魔法が使えるってことか。で、それが急に姿を現したってのはどういう了見なんだ?」
「そうだね、状況から察するにケイと関係があるんじゃないかな」
「仲間ってことか?」
「仲間であればあれだけの戦力揃えていたのだから、我々がケイと交戦していた際に介入する筈。今まで静観してたということは、彼らにとって都合の良い状況に好転したから動き出した、と見るべき。つまり、彼らの目的は初めからケイの身柄だということになる」
正体も目的も謎に包まれた集団だが、ノイノイの読みだ。大きくは外してないだろう。
「すぐに追っかけるか?」
涼介の確認に、ノイノイは僅かに思索を巡らすがすぐに結論を下す。
「いや、一旦街へ戻って出直そう」
「でもあの人、攫われちまったんだぞ? 大丈夫なのか?」
「暫くは生かされているんじゃないかな。もしケイの命が目的だとしたら、この場でナイフで一刺ししてただろうからね。ただ、何らかの手段でケイが異世界人と知り得ていたら、色々面倒なことになる」
「だったら尚更急いだ方がいいじゃないか」
「そうしたいのは山々だけど、連中の戦力があれで全てだとは思えない。あまり発達していないこの世界の魔法技術レベルなら、リョースケとヒマの二人で十分対処出来るとはいえ過信は禁物。それに加え、何を目的に活動している集団なのかその存在自体も非常に気になる。少しでも事前情報、予備知識を仕入れてから行動に移したい」
ノイノイの見解を耳に、陽茉が涼介の肩にそっと手を置く。
「焦らないで。
そう宥められては否はない。涼介は素直に従うことにした。
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