第11話

「紋様が入った白いローブを身に纏う集団?」


 そう首を傾げるのは労働斡旋所の受付嬢。

 色々な仕事が集まるこの施設なら、様々な情報も集まるだろうと踏んでの再訪だ。

 彼女は煩わしそうに吐息を吐くと、キョロキョロと周囲に耳目じもくがないのを確かめ、何かに怯えるように首を竦めて、片手を口に添えながらひそひそと小声で話し始めた。


「それは多分、見えざる神とやらを崇めてる白衣教団とか呼ばれてる邪教徒たちね」


「邪教徒?」


 と、涼介が口を挟めば、


「しっ! 声が大きい!」


 抑えた声ではあるものの怒鳴りつけられ、その剣幕に涼介は慌てて口を噤む。


「盗みに殺しと悪行の限りを尽くす連中よ? 万が一目をつけられでもしたら何をされるか知れたものではないわ。ほら」


 と、一枚の紙を手に取って見せてくる。内容は害虫駆除という見出しの依頼書のようだ。


「害虫なんて書かれているけどこれは隠語で、本当は奴らの討伐依頼なのよ。誰でもいいから早くこの地から追っ払って欲しい、って内容のね」


 その言葉を耳に改めて書類に目を通せば、報酬の金額のみならず奴らの拠点らしきものの場所までも記載されている。


「なるほど。悪名が高くなり過ぎて根城まで突き止められていると」


「ええ。でも人数は多いし、頭はイカれた奴らだし、みんな怖がってしまってまだ引き受け手がいないのが実情なのよ。と、貴女に愚痴を零しても何も解決しないのだけど」


 と、嘆息するに、この施設でも頭を抱える大きな問題と化しているようだった。


「この街や国は動いてくれないの?」


 そのノイノイの問いに受付嬢は肩を竦ませ、諦観にも似た表情を作って見せる。


「平和ボケした兵士たちでは手に負えないってとこかしら。勿論、本気を出せば潰せないことも無いでしょうけど、そんな規模の軍を動かせば向こうは一時的に姿をくらませるだけ。中途半端な戦力の派兵では、もし失敗すれば威信に関わる。もともと名誉以外見返りの少ない盗賊討伐、進んでやりたがるお偉いさんは多くないってのが本音でしょうね。何よりそのお偉いさんたちが本腰入れるとこまで荒らさない狡猾こうかつさも備えてるから厄介なのよ」


「では我々が引き受けよう」


「へ?」


 そう告げるノイノイに、受付嬢は気の抜けたような返事しかできない。

 しかもその切欠を作ったノイノイの顔は自信に満ち溢れているわけでもなく、かといって冗談の雰囲気でもなく、いつもの眠たげな表情だから真に受けていいかも判断しかねる。


「本気なの?」


「至って本気」


「危ないわよ?」


「承知している。と言っても危険に直面するのは私以外の二人だけど。その代わり、その邪教徒とやらの知っている情報を事細かに教えて欲しい」


「……わかったわ。まあ、話を訊いてから考え直すのもあり出し、いざとなったら撤収するってのもありだから」


 逃げ出す前提なのが少々気に触るが、三人で少なくとも二十人を超える悪党どもを相手取ることを考えれば、そう結論付けられても仕方がない。


「白衣教団ってのはここ最近耳にするようになった新興宗教なんだけど、そもそも見えざる神なんて訊いたことがなく、その実態の殆どは謎に包まれてるわ。分かっている点と言えば、もっぱら盗賊紛いの活動を日々繰り返していること。拠点を古代遺跡にある神殿に構えていること。教祖の名がガノージャって男ぐらいかしら」


「古代遺跡の場所は?」


「この街から丸一日歩いたところにある大きな峡谷の近くにあるわ」


「ガノージャについて」


「どこの出身かも分からない初老の男らしいけど、腕が立つのか、はたまた弁が立つのか、信者たちからは全幅の信頼を勝ち得てるようね。それと見えざる神の名の下に怪しげな術を使うらしいから、貴女達も危険を感じたら諦めてすぐに引き返すことをお勧めするわ」


 粗方訊き終えた涼介たちは、不安げな眼差しで見送る受付嬢を背に、その足で街を出る。

 片道丸一日。当然、今から出立すれば道中で夜を迎えることになるのだが、ノイノイがいれば野宿の心配はない。日が暮れた頃に転移魔法で『株式会社ブッシュ・ド・ノエル』に一度帰還すればいい。


「二人とも、明日の打合せをしておきたいのだけど」


 調査課の一室に戻った直後、ノイノイからの声。涼介と陽茉は最寄りの椅子に座ると、何か言いたげな彼女の言葉に耳を傾けた。


「明日、白衣教団の根城に踏み込む予定なのは理解してるよね?」


「ああ、情報通りならな」


「彼らへの対応は慎重にお願いしたい」


「それはやり過ぎるな、って意味でいいんだろ?」


「そう。我々はあの世界の歴史には介入したくない。例え相手が悪さばかりする無法者たちであっても、後の文化に影響を齎す可能性が皆無ではない。出来るだけ穏便に、ケイの保護のみを狙いたい」


「斡旋所の期待に背くことになるけどいいのか?」


「背くも何も、引き受けるとは言ったけど、達成の約束はしていない。あちらも我々の成功あまり期待してないようだったから、左程問題にはならないと思う」


 改めて『眺める者ウォッチャー』のスタンスを念押しされた形だが、今回はそれだけには留まらず、ただと前置いた上で更に続けた。


「もし不純物インプリティであるのならその限りではない」


「ノイノイはあの教団の教祖をそうだと睨んでるの?」


 不意にもたらされた思い掛けない台詞に、眉根を寄せながら問うのは腕を組む陽茉だ。


「現時点では断定出来ない。しかし突如現れ、人民をたぶらかし、勢力を作る。そして異世界人と知ってか知らずか、ケイを攫った。疑ってもおかしくない材料が揃い過ぎている」


「なるほど」


「だから、不純物インプリティかどうか判断出来るまで、いつもより慎重な行動を心掛けて貰いたい」


「りょーかい」


「ヒマも引き続きになるけどよろしく」


「ええ、任せて。乗り掛かった船だし、最後まで付き合うわ」


 当初、東郷敬の確保で終わる筈だったが、事態は予期せぬ展開へと変貌する。

 とはいえ、こうした予定通り進まない異世界調査は良くあること。涼介はただ受け入れ、調査課員としてノイノイのサポートに徹するのみだ。

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