第12話

 翌日、再び転移し、遺跡へと向かう。

 話に訊いていた峡谷の周囲は草木も碌に生えない赤茶けた荒野で、涼介の知識に当てはめれば景色はグランドキャニオンが近いだろう。目的地はその手前の窪地の底に広がっていた。

 見下ろすそれらは遺跡は殆どが崩れ、すっかり風化している。

 その中で比較的原型を留めている建造物の内の一つ、眼下に望むパルテノン神殿似の建築物に幾人もの人を確認出来ることから、そこを活動拠点にしているのが窺い知れた。


「結構な人数がいるな」


「そうね、この前の倍はいそうな感じ」


 と、涼介たちが暫し窪地の淵で息を潜め、彼らの様子を上から観察していると、遺跡中央の数段上がった祭壇を囲う様に集まる。

 暫く成り行きを見守ると、一人そこに登壇する者がいた。

 紋様入りの白いローブこそ似たり寄ったりだが、他とは明らかに異なる風格。そして周囲の背筋を正すような態度から、中心人物であるのは一目瞭然。恐らく、彼がこの集団を纏める教祖とやらであろう。


「ここにケイもいるようだけど、どう? 姿は確認出来る?」


 ノイノイの探知魔法を使いながらの問い掛けに、涼介は再び救出対象の姿を求めるが見つからず、首を横に振ることしか出来なかった。


「いや、さっぱり見当たんねえ」


「昨日の今日で気絶したままってことはないだろうし、仮にそうだとしても未だ起こされてないってのも考えにくいわね。どこかで捕まってるってことかしら」


 陽茉の見解を耳に、教祖の語らいは今も尚、続いている。見えざる神の教えを説いているのか、それとも次なる悪事の指示を出しているのかは不明だが、このまま眺めていても状況の好転は望めそうにない。


「仕方がない。ちょっと奴らに直接訊いてくるよ」


「涼介一人でいく気?」


「ああ。鹿島にはここでノイノイの護衛をしつつ、いざとなったら俺の援護を頼みたい。ノイノイ、それで問題ないよな」


「そうだね。現最優先事項はケイの捜索および確保。ただ、昨日伝えた通り、教祖の正体も気になる。そのことを念頭に置いた行動を」


「りょーかい」


 涼介は後を任せる陽茉と頷き合うと、遺跡目掛けて飛び降りた。

 突然降って湧いた来訪者の登場に、教団の連中は俄かに騒めき、気色ばむ。

 しかし涼介はものともせず、涼しい顔で彼らが形成する囲いへと自ら踏み込んでいく。


「なんだ? 貴様は」


 涼介にそう問い掛けてきたのは教祖ガノージャと思しき人物だ。


「昨日アンタ達が攫った仲間を返して貰いに来た」



「貴様、よく見れば昨日の……。だとすれば仲間というのは嘘だろう。昨日は随分揉めていたではないか」

「ちょっとした誤解があっただけさ。それにあれぐらい俺たちの間じゃスキンシップの範疇、日常茶飯事でね。心配ご無用」


「そうか。だが、貴様は自分の身の心配をした方がよいぞ?」


「どうしてだ?」


「我々の神は誰かに姿を見られることを非常に嫌う。ここはその我々の神を崇める神聖なる地なのだよ。信者でない貴様が土足で立ち入るのは神に対する冒涜に他ならない。だから、その穢れを貴様の死でもって償うことになる」


「確かにアポなし訪問は失礼だったかもだが、命まで取るのは勘弁してくれよ。神様なんだからもう少し慈悲があってもいいんじゃないか?」


「それだけ貴様が踏み込み過ぎたということだ。無知は罪。せめてもの情けとして、儂直々に、そして神の力で断罪してくれよう」


 声高らかに宣言するその姿に、周囲の信者たちは酔い痴れ、これ以上なく高揚する。

 なるほど。周囲を巻き込み、乗せるのが上手い語り口。こうした弁の力で取り巻きを増やしていったのだろう。

 眼前に歩み寄った教祖の体格は、紋様付きの白いローブに隠され窺い知れない。佇まいを見る限り全くの素人ではないだろうが、根っからの戦士ではない、というのが涼介の見立てだ。

 さて、神の力による断罪とは何なのか。一体何を仕掛けてくる気なのか。


「あの世で己の罪を悔いるがいい!」


 警戒し、動向を窺う涼介を前に、教祖は徐にローブの下から腕を出し、高々と振り上げた拳をそのまま涼介目掛けて叩き付ける。

 大業な前口上の割に、驚くほど原始的な攻撃に拍子抜けしつつも、バックステップで間合いを外す。

 しかし、教祖が拳を振り下ろすとコートの右胸辺りが縦にパックリ裂かれ、下地のアルミ製鎖帷子が顔を覗かせしまう。


「なっ!?」


 と、涼介が驚くのも無理はない。教祖の腕の振りは特別速いわけではない。拳の軌道ははっきり目で捉え、間違いなく避けていた。だが、結果としては胸元を斬られたのだ。

 恐らくこれが彼の言う、神の力の一端なのだろう。

 一体何をされたのか。その回答が見えないうちに、固めた拳を次々と振るわれる。

 涼介としては躱している筈だが、何故か時折コートを斬られてしまう。


「中々すばしっこいな少年。しかし何時まで神の一撃を躱し続けられるか?」


 教祖はそんな口振りとは裏腹に、仕留めるのも時間の問題と見ているのか。余裕の笑みさえ浮かべていた。

 涼介もコートこそ斬られているものの、幸い下地の鎖帷子のお陰で負傷には至っていない。

 更にそのお陰で、神の力とやらの正体も掴めつつあった。


「いい加減、観念するがいいっ!」


 教祖が大きく踏み込み、拳を振るう。

 今までは避け続けていた涼介が、今回はその場で踏み留まる。そしてシャフトを引き抜き、受け止めにいった。

 狙うは勿論、拳――ではない。涼介から見てその手前、二十センチ程涼介寄りの位置。

 本来なら教祖の一撃は空振りに終わる筈。しかし見立て通り鈍い金属音を奏で、涼介の腕に重い衝撃を伝えた。

 教祖の力の籠った拳は涼介の眼前の不自然な位置で停止している。まさしく棒状の得物を握り、涼介の頭上に振り下ろしたとすれば丁度良い塩梅に。

 そう、彼は手にした得物を透明化していたのだ。


「……何時いつから気付いた?」


「あれだけ斬られてりゃあ判らない方がおかしいって。アンタの拳から一定の間合いだけ当たるんだからさ」


 鎖帷子は涼介の身を守りながら、何かを弾く感触を着衣者へと伝えていた。その感触を残す距離、残さない距離を冷静に見極めれば、自ずと回答は導き出される。信頼を寄せる『株式会社ブッシュ・ド・ノエル』特製の防具を身につけた涼介だからこそ見抜けたのでだろう。


「出来の良い防具に頼っただけの分際で何を偉そうに!」


「その通り、今まではね。でもそのお陰で手品の種明かしも終えた。間合いも把握した。ということで、そろそろ反撃に移らせて貰うよ」


 涼介は両腕に力を込め、受け止めていた得物を強引に押し返すと、返す手で教祖の利き腕に一撃加える。

 痛打された教祖の足元に落ち、姿を現したのは刃渡り六十センチ程の曲刀。

 武器を失った教祖は、痛みに顔色を青くしながら絶叫した。


「み、皆の者! ここ、こやつを直ちに断罪せよ!」


 その悲鳴にも似た号令で、血の気の多い信者たちをけしかける。

 涼介は腰を落とし、素早く地面に掌を押し付けると、


練式魔法アドベントフォース、アイシクルフォレスト!」


 周囲の地面から無数の氷柱が天に向かって突き出し、迫る信者たちを次々に蹴散らした。

 涼介の練式魔法の威力を目にし、漸く相手が悪いと理解したのだろう。教祖は背を見せ、逃走を決め込んでしまう。

 恥も外聞も捨てた敵前逃亡。信者たちを置いて逃げおおせたのでは、彼らの心は軒並み離れ、再起困難となるのが目に見えている。


 しかし、そんな教団の内部事情など涼介が心配することではない。今は取り逃がさないことが重要だ。

 とはいえ、信者たちに群がられていた涼介が追うには若干のラグが生じている。

 ならば無理をせず、後方で待機する助っ人に任せることにした。


「鹿島っ!」


 その声に応じる形で陽茉は、その場でアルミシャフトの先端を地面へと突き刺す。


「プレス」


 と、小さく呟いた後、引き抜いた先端を教祖へと向ける構えは、正にライフルで狙いを定める狙撃手スナイパーのよう。続いて、


練式魔法アドベントフォース、バースト!」


 と、静かに言葉を紡げば、空気が弾けるような歯切れのよい音と同時に教祖の足が鮮血に染まり、転倒した。

 実は陽茉ひまシャフトには少々加工が施されている。先端がくり抜かれ五センチ程筒状になっているため、地面から引き抜かれた先端の空洞には当然土や石が詰まる。

 それを練式魔法で圧縮して弾丸とし、目標を撃ち抜いたのだ。

 涼介による氷の暴力と、突如教祖の足を貫いた謎の威力を目の当たりして、信者たちは即座に戦意を削がれてしまう。


「さて、これから教祖さんには今までしてきた悪事の報いを受けて貰わなければならない。然るべき場所に連れていくことになるんだが、アンタたちはどうする? 一緒にいくか?」


 涼介が誰ともなく語り掛ければ、信者たちは泡を食ったように逃げ出していく。

 あっさり見限られた恰好の教祖だが、先に見捨てたことを考えれば同情の余地はない。


「涼介、ご苦労様」


 と、そこへ決着を見届けたノイノイが、護衛の陽茉と共に合流する。


「ナイススナイプ。相変わらずいい腕だな」


「ええ、任せて。期待されて呼ばれてるのだから、結果を出すのは当然よ」


 と、互いのシャフトを眼前で軽く打ち鳴らす涼介と陽茉。

 そんな二人を尻目に、ノイノイは早速とばかりに負傷した足を押さえ、苦悶の表情を浮かべる教祖へと問い掛けた。


「教祖ガノージャ本人、で間違いないかな?」


「……ぬけぬけと。知っていたからそこの小僧をけしかけたのだろうに」


「その認識で問題ない。この問い掛けは念のための確認に過ぎない」


「で、儂がそのガノージャであったらどうするつもりだ?」


「そうだね、まず昨日誘拐した男を返して貰いたい。どこにいるのかな?」


「……言えばその後どうなるかを考えれば、口が裂けても教えるわけにはいかんな」


「交渉に持ち込みたいようだけど、勘違いしないで欲しい。我々がその気になればあの男の所在などすぐに判る。アナタを生かしているのは別の理由。だが返答次第ではその傷の治療も施し、解放しても構わない」


「見逃がしてくれるのかっ?」


「もう一度伝えよう。返答次第だと」


 淡々と告げるノイノイに教祖は暫し考え込む素振りを見せるが、追い詰められた現状選択肢などある筈もなく、大人しく従うしかない。

 そうして教祖が足を引きずりながら案内したのは、神殿すぐ隣の掘っ建て小屋だった。

 他の遺跡と異なり木造なそれは、粗末なりにも最近建てられたものだと一目で判る。恐らくは教団が滞在拠点として新たに建てたのだろう。

 教祖から目くばせを受けた涼介が建付けの悪い引き戸を開くと、小屋の奥で粗末な椅子に腰を預け、驚きで目を丸くする東郷敬と目が合った。

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