第13話

「一応、助けにきたつもりだけど、理解出来るか?」


 涼介の日本語に東郷敬は涼介と陽茉、そしてノイノイと教祖の顔を順に見回すと、各々の雰囲気から察したのだろう。


「お前ら、グルじゃなかったのか……」


 と、素直な本心が口から漏れる。

 ノイノイはそれを聞き逃さず、尚且つすぐに理解を示した。


「なるほど。我々をこの白衣の教団と同じ勢力と勘違いしたからこちらの話に耳を貸さず、逃げようとしたと」


「当たり前だろ……。端からヤバい噂しか耳にしない宗教となんざ関わりたくないんだ。そこへ飛びつきたくなるような、美味しい話を持った怪しいヤツが現れたら疑ってもおかしくないだろ。右も左も分らぬこの地に一人迷い込んで途方に暮れたのは確かだが、まだ人生の幕引きを考えるほどの絶望もしてないんでな」


 触らぬ神に祟りなし、を地で行く慎重さ。結果、すれ違いこそあったものの、コミュニケーションに難があった彼が命を永らえるためには正しい選択だったのかもしれない。


「とりあえず、疑いは晴れたと考えてよいかな? すぐにでも日本に帰って貰いたいのだけど」


「……完全に晴れた訳じゃないが、アンタたちとはもう格付けが終わり、更にこうして怪しげな教団から救出して貰った。とてもノーと言える立場じゃない。まな板の上の鯉ってやつの心境さ」


「了解した。詳しい話は日本で訊くとして、ケイとの話はここで一端終了」


 と、肩を竦めて見せる東郷敬との会話を区切ったノイノイが、続いて向き直ったのは教祖ガノージャの方だ。


「色々話を訊きたいのだけど。まず、先程アナタが見せた得物を透明化した力、あれは神の力などではなくただの魔術だよね」


 突然の指摘に教祖は面食らう。ただ、黙っている訳にもいかないと感じたのだろう。口籠りながらも話し始める。


「……どこでわかった?」


「割と単純な魔術だから、嗜む人間ならば一目見ればわかるよ。で、どこで覚えた?」


「……故郷、クードだ」


「クードとはここより北にあるクード共和国のこと? あの国はまだまだ魔術後進国のはず。魔術が使えるのであれば、こんな遠くまで来ずとも重宝されたのでは?」


「ああ、重宝されたよ。重宝された結果、裏切られた」


「裏切られた?」


 その後、苦虫を噛み潰したような顔の教祖が語った内容はこうだった。

 長年、新しい魔術の開発に勤しんでいた彼はある日、遂に透明化の魔術を完成させた。

 人やモノを見えなくする。それは画期的な魔術に違いないのだが、残念ながらすぐに想像する用途と言えば、盗み、人を殺めるなど、犯罪に繋がる行為が大半だ。

 動乱の世ならば、それらも英雄行為に繋がるかもしれない。

 だが、平和な世の中では、使えるというだけであらぬ疑念を生むだけ。

 只の手品師で終えるつもりでないガノージャは、己の魔術の価値を認めて貰うべくとある権力者に接触した。

 権力者はガノージャの成果を称賛した。そしてお抱え魔術師としての地位を与え、更なる魔術の研究を任せられる。ガノージャは更なる向上心を満足させるため、その期待に応えることにした。


 そんな時だった。

 権力者と政敵との間で、意見が衝突する事件が起きた。

 一触即発、といっても平和な世の出来事である。兵を動かすような事態は勿論のこと、切った張ったの暴力沙汰に発展することはない。精々顔を合わせる度なじり合うぐらいが関の山で、それが普通と呼べる時代だった。

 だが不幸なことに、権力者の手元にはガノージャがいた。

 腹の虫が収まらない権力者はガノージャを呼び出し、相談した。

 政敵はこの国に巣食う害虫で、排除しなければこの国に明日はない。どうすれば良いかと。


 今思えば、この時がターニングポイントだったのだろう。ガノージャは、より多くの人間に自身の魔術の有用性を知らしめる絶好のチャンスと欲を出し、政敵の暗殺を二つ返事で企てた。

 果たして魔術の力の使い、完全犯罪を成し遂げたと思いきや、驚くほどの速さで追及を受けることとなる。

 まるで犯行日時を知っていたと思えるタイミング、身に覚えのない証拠の数々、そして自分を虫けらでも見るかのような権力者の視線――。

 漸く利用されただけと理解するも時、既に遅し。全ての罪を被せられた挙句、蜥蜴の尻尾切りの憂き目に合う。

 犯罪者として追われる身となったガノージャは這う這うの体で逃亡し、権力者への復讐を心に秘めながら紆余曲折の末、この地に流れ着いて今がある。


「で、ここで潜伏しながら雪辱を果たす機会を窺っていたと」


「追われる身では目立つわけにもいかんのでな」


「見えざる神なんて架空の神を作り出した理由は?」


「姿を消してコソ泥すればその日の腹ぐらい満たせるが、そんなことしたいがために作り出した魔術ではない。そして復讐を成し遂げるには協力者が必要。手っ取り早く人を集めるには信仰心を利用するのが何かと都合が良かったのだよ」


 確かに姿を消す魔術を大々的に謳ったところで、周囲からは警戒心ばかりを生む。

 その点、神の奇跡を魔術で作り出せる彼にとって、宗教の形は人に付け入る隙を与えた。更に己の意向を神の言葉とすれば説得力が増し、集団の意思統一が容易になるというものだ。


「皮肉にもやってることは盗賊と変わらないけどね」


「仕方がなかった。大所帯となれば多くの食い扶持が必要になる。それにこんな生活長く続けるつもりはなかったしな」


 だが、教祖ガノージャの力が左程でもないと知れた以上、恐らく信者たちは帰ってこない。

 つまり見えざる神を信仰する白衣教団は、事実上の解体したことを理解しているのだろう。ガノージャは諦観の表情で俯いている。

 そんな信徒無き教団の教祖にノイノイは同情を寄せることもなく、更に質問を重ねる。


「アナタの身の上話はそれぐらいにして本題に移りたい。どこでこの男のことを知った?」


 と、指し示したのは東郷敬だ。


「……知ったのは偶然だ。何時だったか森の中で、狩りをしている最中の彼が姿を眩ますのを偶々見かけた。驚いたよ。自分以外に透明化の魔術を習得している者がいるとは思いもよらなかった」


「それで、連れ去った理由は?」


「兎に角、話を訊きたかった。同じ魔術の使い手としてな。意気投合出来れば仲間に引き入れ、そうでなければ口封じを考えていた」


「口封じ? 透明化が魔術であることをバラされないため?」


「ああ、そうだ。折角ここまで大きくした教団の信者たちに、いらぬ疑念を抱かせたくなかった。それが万が一であっても、な」


 なるほど。教祖であるガノージャ以外に神の力である透明化を使う者の存在を知り、尚且つ教団と関わりがなければ不思議に思う可能性があるだろう。

 ならば、と綻びになりかねない存在を消したい考えは分らなくはない。

 概ね納得したノイノイは小さく頷くと、最後の質問を投げ掛けた。


「理解した。それでアナタはこれからどうする?」


「どうするも何も……。たった今、苦労して作り上げた教団を壊滅させられ、今後の予定が全て狂ったばかりだ。どうしたらいいのかこちらが訊きたいぐらいだ」


 幼女の言葉に相変わらず下を向くガノージャ。そんな彼にノイノイはこんな提案をした。


「ではこの地方から去って貰おう」


「この地から去れ、だと?」


「故郷に戻るのも良し、全く違う土地に移るも良し。そして本懐を遂げるも良し、魔術を極めるも良し。全てを捨てる良し。もう我々は関与しない。残りの人生を好きに生きるといい」


「み、見逃す、というのか」


 まさかの言葉だったのだろう。唖然とするガノージャ。

 だが『眺める者ウォッチャー』のスタンスからすれば、リリースするのは当然のこと。

 そもそも東郷敬と関わろうとしなければ、涼介たちに介入されることもなかったのだ。そういう意味では運が悪かったと言えるが、態々それを教える必要はない。


「ヒマ、手当をしてあげて」


「ええ、任せて」


 ノイノイに指示された陽茉が、ガノージャの足の治療を手早く施す。続いてノイノイが巻かれた包帯の上から、気付かれないよう治癒の魔法を掛けた。


「我々はこれで引き上げる。それでは」

 つい先程まで命のやり取りをしたとは思えない平穏な別れを告げ、ノイノイは涼介、陽茉、そして東郷敬を引き連れ小屋を出る。

 暫く歩き、会話がガノージャに聞かれる心配がなくなった頃、涼介は小さな異世界人に小さな懸念をぶつけてみた。


「なあ、大丈夫なのか?」


「大丈夫って?」


「教祖が約束守るのかだよ。拠点を残したままじゃ、居座る可能性があるんじゃないか?」


「仮にここに居座り、再起を図ったとしてもそれはそれで構わない。口頭での約束はしたが、反故にしたからといって不純物インプリティでもない相手にこれ以上関与するつもりは毛頭ない。ただ、教団の壊滅は遅かれ早かれ世間に伝わる。となればあれだけ恨みを買っていたのだから、ここに留まる危険性はガノージャ本人が一番理解しているよ」


「そっか」


 どの道、手当をしたからといって怪我が癒えるには時間が掛かる。暫くは備蓄である盗品で食い繋がなければならない彼は、その間、彼の首を狙う賞金稼ぎ達の襲撃に怯えることになるだろう。いくら魔術があるといっても一人での対処には限界がある。教団の立て直しどころではないはずだ。

 ノイノイはもう壊滅させた教団など興味がないのか僅か足りとも振り返ることなく、人目に付かない場所まで皆を引き連れると、転移魔法を起動した。

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