第14話
異世界より帰還した涼介はすぐに異世界用の装備から社内用の着衣に替えると、陽茉と共に応接室へと向かう。応接室に案内した東郷敬への事情聴取に立ち会うためだ。
ノックの後、扉を開いてまず目に入ったのは、やけに小さく見える東郷敬の姿だった。
勿論、椅子に座っているから、なんて理由ではない。それを差し引いても小さく感じさせる。
小市民の涼介には、その理由が手に取るように解ってしまった。
まず、初めて訪れる施設内で、いきなり踏ん反り返れるほど肝の据わった人間など中々いないだろう。
加え、正面に座るのが見た目幼女の異世界人ノイノイ。只でさえ対談相手としては違和感ありまくりなのに、あまり感情を面に出さない彼女ではやり難さ倍増に違いない。
そして、ノイノイの背後に用心棒の如く立ち控える一人の厳めしい男。そう、赤縁眼鏡にスリーピーススーツがトレードマークの『警護課』員の存在だ。
彼らは日本において、ノイノイたち『
内心同情しつつも、若い自分たちが参加することで少しでも空気が和らげばと思うが、東郷敬にしてみたら人数が増えることで、よりアウェー感が増しているのかもしれない。
結局、少しでも早くこの場から解放してあげるのが一番だと結論付けるのだった。
涼介はノイノイの隣の椅子を引き、訊ねる。
「ノイノイ、遅れてすまない。で、どこまで話したんだ?」
「念のため、ケイの『
「そっか。じゃあ話はもう終わりか?」
「向こうの話はね」
「あー、まだこっちの話が残ってるのか」
というのも東郷敬は異世界へ飛ぶ直前、事故に巻き込まれている。
彼が日本不在の間、事故の後処理も含め、彼を取り巻く環境がどう変化したのか頭に入れておきたい筈だ。
「警察の現場検証の結果、事故比率は七対三で、ケイが加害者側となっている。車両がケイの所属する会社名義のため保険担当は既に動いているが、ケイ自身が今日まで逃亡中のため、正式な示談は済まされていない」
「は? 俺が悪いことになってんのか? ってか、逃亡中ってなんだよ! こっちの苦労も知らないでよう……」
「これは警察が判断したもので、私に文句をつけられても困る。とはいえ、事故を起こした当事者が現場からいなくなれば、そういう見方をされても仕方がないね。誰もケイが異世界に飛ばされたなど判る筈もないのだから」
「そんな、莫迦な……」
東郷敬の短い言葉には、異世界に連れていかれたのは自分の意思ではなかったと、弁明したい気持ちが滲み出ている。だが、客観的に見れば、ノイノイの説明が理解出来てしまうから、それ以上声を発することが出来なかったようだった。
事故を皮切りに、気付けば見知らぬ土地に飛ばされていた。右も左も分らぬ異世界での新たな生活はさぞきつかっただろう。そして紆余曲折の末、有無も言わさず戻された日本では、更に悪化した現実が待っているという負のスパイラル。
「そんな様子じゃ免許だって……。これから俺はどうすれば……」
下を向き苦悶の表情を浮かべる彼は、己のどうしようもない不運を嘆いているに違いない。
だから続くノイノイの言葉は、計り知れない光明に感じただろう。
「当初は誤解から行き違いはあったとはいえ、結果こちらの要求に対し、素直に応じてもらった経緯もある。ケイの社会復帰のためにある程度の協力させて貰おう」
「えっ」
「まず、逃亡の疑惑について。これは行方不明期間『異世界にいた』という証明が非常に難しい。なので事故のショックで一時的な記憶障害に陥り、彷徨っていたことにでもしておく。その上で被害者には謝罪、慰謝料もきっちり支払う。費用については我々が負担しよう」
「いいのかっ!?」
「先に述べた通り、こちらの要求を飲んで貰ったからね。異世界の汚染を防げたと考えれば、そのぐらい安いモノ。それから先程免許の心配をしていたけど、トラックの運転手をしていたのなら確かに死活問題だね。もし仕事に拘りがなければうちで働いて貰っても構わない」
「ここでか……?」
「実際、ここにいるリョースケとヒマも異世界に迷い込んだ際に我々と出会い、協力して貰うようになった。ここで働いて貰うため敢えて異世界に連れていくような真似はしないけど、異世界に理解ある人間の方が我々としても望ましいからね」
「ってことは、異世界で戦うってことか?」
「いや、二人は適性もあって異世界の担当をして貰っているだけ。私の身辺警護をして貰ってるスーツの彼も含め、こちらの世界での業務は幾つもある。無論、元の職場への復帰を望むのであれば、ケイの意思は尊重しよう」
そして涼介と陽茉の方を僅かに視線を振った後、表情を引き締めたのは意思を固めた証拠だろう。
「正直、ここが何をするところなのかすら分らない。でも、そこの二人を見る限り決して悪い扱いは受けてないと感じた。俺……、いや、私もこちらのお世話になります。よろしくお願い致します!」
と、両手をテーブルにつけ、その場で深々と頭を下げた。
「わかった。では正式な契約まで、今後の連絡は別部署の人間としてもらうことになる。今から担当者を連れてくるから引き続きこの部屋で待って欲しい」
そう伝えるとノイノイは席を立ち退出する。後を追うようにして涼介と陽茉も部屋を後にし、三人はそのまま『調査課』へと場所を移す。
ノイノイが席に戻るなり受話器を耳に当て始めたのは、東郷敬を『株式会社ブッシュ・ド・ノエル』に在籍させるべく担当部署へと手続きの依頼のためだ。
涼介が自席に、別部署所属の陽茉は空いている窓際のテーブル席に腰を落ち着けると、大人しくノイノイの通話の終わりを待つことにした。
用件だけを簡潔に済ませて受話器を置くと、彼女は後ろに倒れるように背凭れを軋ませた。
「喉が乾いた」
そのノイノイの独り言のような呟きに、応えたのは涼介だ。
「なんか飲むか?」
「飲む」
「何がいい?」
「甘ければなんでもいい」
「この部屋で用意できるのは紅茶ぐらいだな。時間をくれりゃ好きな飲みモンもってくるが」
「いや、すぐに潤したいから紅茶で。その代わり砂糖たっぷりにして」
「はいよ。鹿島も一緒にどうだ?」
「そうね、折角だし頂こうかな。ただ、砂糖は抜きで」
涼介は二人にカップを提供すると自分の分を手に席に戻った。
各々は誰かに言われるでなく勝手に口を付け始め、一息つく。
「ふう、おいしい。脳に染み入るね」
「ホント、ノイノイたちの表現って独特よね」
「味を舌ではなく、脳で感じてるんだろ。その紅茶だって安モンのティーパックに砂糖ぶち込んだだけのモンだし、そもそもまともな味覚があるのかも怪しい」
と、陽茉と涼介の散々な指摘にも、ノイノイ顔色に大きな変化はない。
「なんか酷い言われようだけど、否定はしないよ。我々とリョースケたちは種族や生まれてからの習慣が違う以上、感覚が異なっていても不思議ではない」
そうした下らない談笑を暫し交わしながらカップの中身を飲み干すと、ノイノイは軽く咳払いを挟んで話題転換を図った。
「二人とも、今日はお疲れ様。とりあえず『
「どういたしまして。じゃああたしはそろそろ帰ろうかな。紅茶、ご馳走様」
と、席を立つ陽茉は、周囲の評判通り安心して背中を任せられる仕事っぷりだった。
涼介はそういえばと声を掛ける。
「今日の晩飯は決まってるのか?」
「そうね、今日はハンバーグにしようかなと。んで、サイドメニューはタコ焼きで」
今回は迷うことなく答える彼女だった。
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