第6話
「手を止めるなっ! 矢を放てーっ!」
カストールの必死な鼓舞も、心を挫かれた兵たちには届かない。
城門は先程の一撃で既に半壊。もう一発食らえば物理的に防ぐものは失われ、獣人たちは街の中へ一気に雪崩れ込むだろう。
となれば街は混乱必至。
当然、獣人の王は立て直しの暇を与るつもりなどないようで、狼狽える守兵たちをあざ笑うかのように、次なる杭が放たれた。
瞬間、それを目にした守兵たちの顔面が一斉に凍り付く。
そんな中、涼介は迷いなく城壁の縁を蹴りつけると、投じられた杭目掛け跳躍していた。
「させるかよっ!
と、手にしたアルミ
質量を増した得物を城門に迫る破壊の権化に叩き付ければ、一撃で木っ端微塵。石橋の上で渋滞する獣人たちの頭上に木片を撒き散らした。
涼介は適当な獣人の頭を踏み台にして、そのまま獣人の王の懐へと飛び込んでいく。
体の大きさはそのままリーチの差となり、先手を打ったのは迎え撃つ獣人の王。
近くにいた同胞の石斧を引っ手繰るように奪うと、怒りの声を上げながら涼介の顎目掛け、掬い上げるようにカチ上げた。
斜め下から迫るそれを涼介は身体を捻って躱す。流れるような動きで無防備となった脇腹を狙うも、すぐ様頭上から殺意が迫る。それが何か確認せぬまま素早くサイドにステップすると、今し方いた場所に石斧が降り降ろされていた。反応が少しでも遅れていたら頭を潰されていたかもしれない。
「アイシクルッ!」
涼介が顔面を狙い氷の矢を放つと、獣人の王は両腕で目を庇う。
視界を封じたその瞬間に間合いを詰め氷剣で薙ぐが、こちらの気配を感じたのか、あるいは手の内を読まれたのか、遥か後方へ飛び退かれてしまう。
頭になかった行動されると、人は動きを止めてしまうことがある。
正に今の涼介がそれで、間合いを外すにしても大きく取り過ぎとしか思えないその距離に、刹那の思考停止に陥った。
その僅かな空白の間に獣人の王が着地と同時に地を蹴っていた。
頭を下げた黒い獣人の角が一瞬で眼前に迫る。
これがねぐらからの撤退の際、瞬く間に背後へと迫ったあの驚異の跳躍力だろう。一気に間合いを潰され、虚を突かれる形となった涼介は吹き飛ばされてしまう。
宙を舞う涼介の周囲に氷の欠片が飛び散る。咄嗟に受けた氷剣の刀身部分が砕けたものだ。
纏うロングコートには、異世界では優れた防御力を発揮するアルミ製の
今の角による一撃は、反射神経が鈍ければ無傷とはいかなかっただろう。そう感じさせるだけの威力を秘めていた。
涼介はかろうじて受け身を取ると、すぐさま体勢を立て直す。
「畜生、驚かせやがって」
力押しだけではなく、中々戦いのセンスを感じさせる。『
とはいえ、これ以上長引かせるわけにはいかない。
ちらりと視界の端で城門を見る限り、未だ守兵の士気は落ち込んでいる。反対に獣人側は勢いを増していた。涼介の苦戦が続けば、状況は更に悪くなるだろう。
早期決着が望まれる。それも獣人たちの士気を削ぐような、決定的な勝利で。
涼介は集中力を高めると、身体に付着した砂埃もそのままに再び獣人の王へと躍り掛かった。
ただ、闇雲に突撃しても先に得物が届くのは獣人の王で、後手に回されるのが目に見えている。相手もその優位性を正しく理解しており、既に石斧を振り上げていた。
「リーチで負けてるならば!」
一閃したアルミ
柄が根本で折れ、宙を舞ったのは石斧だ。
涼介は間を置かず胴を突くも、武器を失った獣人の王は後ろへ逃れるように跳躍した。それは再び突進して頭の角を突き立てる予備動作にもなっているのだろう。
そう涼介が仕向けたとも気付かずに。
間髪入れず地を蹴ると一瞬で肉薄する。そしてまさか追い付かれるとは思いも寄らなかった獣人の王の着地の瞬間を狙い、
「アイスバインドッ!」
狙ったのは獣人の王の足元。強靭な肉体を支え、厄介な跳躍力を備えたその両脚に氷が絡み付き、地面に釘付けにされてしまう。
涼介は素早く背後へと回り込む。
そして獣人の王が放つ苦し紛れの裏拳を掻い潜り、背筋にアルミ
「
獣人の身体が内側から凍り付き、溢れ出る冷気で黒い体毛までもが氷に覆われる。
断末魔すら許されず、氷の彫像と化した獣人の王。その様子を目にしたカストールがここぞとばかりに声を張った。
「見よっ! 敵将は討ち取られたっ! 残るは烏合の衆! 皆の者、今が反撃の時ぞっ!」
獣人の王は絶命した姿を晒し、同胞たちの動揺を誘う。
対して守兵たちは戦意を取り戻していく。
一騎打ちを制した涼介に挑むほど勇猛な獣人などいるはずもなく。
それどころか士気を失い、統率を欠いた獣人たちは次々と討ち取られ、戦局は城塞都市側に傾いたと見てよいだろう。
やがて潰走するまでに多くの時は必要とせず、己の役割を遂げた涼介は一息吐きながら、その様子を静観する。
守兵たちが勝鬨を上げていると、ふと自分に向けられる視線を感じた。
そちらを見遣れば、敗走する
「全く。余計なことをしてくれたものだな。『
「余計なことってのはお前たちのことだろ。他人の人生を引っ掻き回してよ」
「貴様には関係ないことだろう。何故首を突っ込む」
「関係ないことねえよ。俺は過去、お前たちに無理やり巻き込まれた被害者なんでな」
「なるほど、貴様は元転移者か。ならば無関係とは言えぬな。ところで私が呼び寄せた新たな異世界人、もうこの街にはいないのだろう?」
「なんだ、知っていたのか」
「お前たちが今、ここにいるとわかれば予測できることだ」
「じゃあこの襲撃に意味がないのはわかってただろ。何故止めなかった」
「残念ながら、もう止められないところまで盛り上がってしまっていたんだよ。所詮、虐げられ、山に籠っていた弱者。少し力を与えればすぐに溺れる」
「そう仕向けたんだろうに。だから嫌いなんだよ、お前たちは」
「まあ良い。業腹だが今回は潔く我々の負けを認め、大人しく手を引こう」
「言っておくが今回だけじゃねえぞ。お前たちが下らない企みを続ける限り、何度だって阻止してやるさ」
「そうか。ならば我々もそれを肝に銘じ、次の手を考えるとしよう」
不敵な笑みを浮かべた『
「リョースケ、ごくろうさま」
と、そこへノイノイが涼介に近寄り労うも、険しい視線を今し方まで『
「今回はこの世界から手を引くそうだ」
「なるほど。でも鵜呑みにしてはいけないよ。時が立てばまた碌でもないことを始めるのがやつら」
「わかってる。だから何度でも潰してやるって伝えといたさ」
そんなことを話す二人のもとへ、城塞都市領主カストールがタワードを伴い近づいてきた。
「激しい戦いだったように見受けられたが、リョースケ殿に怪我はないか?」
「問題ない。あの程度で負傷するリョースケではない」
そう答えたのはノイノイで、リョースケはただ頷くのみ。
「そうか、それは安心した。此度の戦い、リョースケ殿がいなければ危うかっただろう。心から感謝する。それにしても次にここが攻められることといい、リョースケ殿でなければ太刀打ち出来ないことといい、ノイノイ殿の言葉は全て現実となった。ただただ驚かされるばかりだ」
と、カストールは両腕を広げながら好感の持てる笑みを作る。続けて、
「今日得たこの好機に、散々煮え湯を飲まされてきた山羊獣人どもを一網打尽にと考えている。が、その前にこの勝利に更なる勢いをつけるためにも、宴を開いて兵たちの士気を高めようと思う。勿論、その席には今回の功労者たる二人にも是非参加して頂きたい」
そう切り出した。
額面通りに受け取れば、お礼をしたいということだろう。しかし、それだけではない何かある。涼介の直観はそう訴えていた。
こうした権力者の腹の内を探るのは得意ではない。日本の平民育ちに、そうした機会などなかったからだ。
だからいつもの通り、対応を全てノイノイに委ねる。
「いや、折角だが辞退させて頂く」
「そう遠慮せずとも」
「さきにも伝えたと思うが、我々は我々の目的で行動している。その目的が達成された以上、ここに留まる理由がない」
「しかし、主役不在では盛り上がりに欠けてしまうではないか」
「それはそちらの都合」
「リョースケ殿はどうだ? ミラオルテも君にお礼をしたがっている」
ノイノイの説得が難しいとみるや、今度は涼介へと水を向けるカストール。
するとノイノイは分かっていたと言わんばかりに割り込む。
「妹を使ってリョースケを懐柔するつもり?」
指摘されたカストールは悪びれることもなく、さも当然かのように答える。
「……ああ、そうだ。先程の力量を見せられてしまってはな。このままリョースケ殿を逃すのはあまりに惜しい。出来れば
「問題の支配者を排除した以上、
「その支配者とやらがまた生まれたらどうする。我々だけでは対処不能だ」
「今回の陰謀を張り巡らせた勢力は既に手を引いている。生まれたら、などという仮定を想定する必要はない」
「確かにノイノイ殿の先を見通す才は見させてもらった。だからといって、この街の住人の安全をノイノイ殿の言葉のみに委ねるのは領主の怠慢の他ならない」
カストールは再び涼介へと向き直る。
「頼む。この街に留まり私に力を貸してくれないか」
その真摯な眼差しは本心の表れか、それとも偽りの演技か。
だが、どんな言葉をかけられようと涼介の答えが変わることはない。
「申し訳ないけど、俺はノイノイに従うよ」
涼介の断りの文句を耳にして、カストールはやや消沈した。
「……そうか。ならばせめて、リョースケ殿の使った不思議な力、あれを私に教えてはくれないか。あれさえあれば私にも……」
「残念だけど教えられない」
「何故だ。対価か? 言ってくれ。どんなものでも用意しよう」
迫る勢いのカストールに、答えたのはノイノイだ。
「いや、対価の問題ではない。あれは誰にでも習得出来るものではないのだよ。リョースケ固有の能力だから」
仮に、彼に才能があったとしても教えるつもりないだろう。それは『
「ただ万が一、この地に再び
「……有事の際は助力を惜しまないが、必要以上は関わらない。意図的につかず離れずの距離感を保っているように窺える。一体、そなたたちは何者なのだ?」
「我々は、あなたたちにはあなたたちのやり方で社会活動を継続して貰い、百年、千年と歴史を刻む姿を見たいだけ。だから余計な横槍が入れば邪魔者として排除しているに過ぎず、我々が何者なのかなどそちらが気にする必要はない」
ノイノイの説明にカストールは顔にこそ出さないが、納得し難い雰囲気を醸していた。しかし、これ以上問い詰めても無駄と悟ったのだろう、口を噤む。
それからノイノイと涼介は、簡単な別れを交わしたのみでこの街を後にするのだった。
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