第16話 サンタさん、ごめんなさい
クリスマス粉砕をうたったポスターは、冗談でなく、本当にできあがった。
トウヨ君は私を道連れにして……いや、同伴者にして、本当に石巻警察署に、デモの届け出に行った。
書類を一式書く前に、担当のお巡りさんと打ち合わせするのが普通だとかで、トウヨ君は、慣れた感じで初老の担当さんと話した。当日、必要なら警察で交通整理もしてくれるそうで、デモ開催の日時やコース選定で、マズイ場所などを教えてくれる。正直、トウヨ君が「権力との対立」なんて大仰なことを言っていたから、もっとモノモノしい感じかなと思っていたので、拍子抜けだった。途中、お茶をいれに来てくれた若い婦警さんは、ポーカーフェイスを保つことができなかったらしく、「煙突から各家庭に不法侵入する赤服ジジイ」を罵倒するトウヨ君を横目に、くすくす笑っていた。
二時間ほど、こちゃこちゃ打ち合わせ、書類をもらって駐車場に向かう。
私は涼しい顔のトウヨ君に、抗議した。
「クリスマス粉砕、ネタじゃないって分かって、みんなびっくりしてましたね」
「庭野センセ、官憲に舐められるような態度は、ダメですよ」
「いや、態度のせいで笑われたんじゃ、ないと思う……恥ずかしいこと、この上ない。寿命が3年、縮みました」
「クリスマス当日っていうのは、逆説的だけど、日本男児のヤマト魂を見せつける、いいチャンスだと思うんだ。アヤツの赤服に対抗して、赤フンドシを準備して、二人で乾布摩擦をしてみせるっていうのは、どーです?」
「遠慮しときます」
そう、遠慮したいと言ったのは、私だけでなかった。
トウヨ君に言われ、デモの日時を喪男サークルの面々に連絡すると……。
『え。あれ。冗談じゃなく、本気でやるつもりなの? でも、ボク、ネトウヨでもなんでもないしなー』と1.5次元のタカシ君。
『平日なんだし、ふつうに仕事をしとるわい。年末年始は機械を止めてヘビー・メンテナンスを依頼してくるクライアントも多くてな、稼ぎ時なんじゃ。そういう茶番は、ニートの連中だけでやってくれ』と太白真人。
『エロ本、いっぱい買い込んじゃいましたよ。当日は、朝から晩まで、オナニー・マラソン』と光速のタケシ君。
私は、おのおのの反応を、ストレートにトウヨ君に伝えた。
「全く、どいつもこいつも、何を考えとるんじゃっ」
いや、そのセリフ、そのまんま返したいと思ってる人、たくさんいると思うよ、トウヨ君。
「あ。でも、もう二人いましたよね、喪男サークル。レモン飴のお兄ちゃんに、留年の甚六さん」
「アイツらも、たぶんダメ。というか、甚六さんのほうは、そもそも参加させたくないなあ」
甚六さんは登米の豪農の跡取り息子で、「飲む・打つ・買う」のうち、博打もしなければ女も買わないという、褒められた人物だった。40歳のときに、18歳の女の子を嫁にもらうことになった。高校を出たてという嫁さんは、短大進学も決まり、同級生の恋人もいたそうだけど、甚六さん一族の長老や世話役たちが、「女に学はいらない」と進学を断念させ、彼氏も生木を裂くように別れさせたそうな。甚六さん一族が氏子総代をしている神社に、花嫁さんが引っ立てられてきたのは、奇しくもクリスマスの当日。三々九度の盃を交わす段になって、例の同級生の恋人が乱入してきた。ダスティホフマンの映画『卒業』よろしく、花嫁は恋人に手を引かれ、駆け落ちしていった。
ロマンチックに恋を貫きとおした元・花嫁の株は上がり、被害者であるはずの甚六さんの評判は、地に落ちた。曰く、本家の威光を笠に着て、分家の娘をめとろうとした卑劣漢。曰く、40男が、恥知らずにも女子高生に手を出そうとした。曰く、人畜無害な「惣領の甚六」だと思ってたけど、映画みたいに花嫁に『卒業』されちゃったわけだから、これからは「留年の甚六」だよね……。
けれど、この結婚は、必ずしも甚六さんの意向で進められたわけじゃない。周囲が勝手にセッティングしてくれて、あれよあれよという間に、婿に仕立ててしまったのだ。
どこの誰もが顔見知りという狭い世界での出来事である。
本家に顔を出すときには営業スマイルを絶やさない親戚一同が、裏では陰湿な陰口を叩いていることを知って、甚六さんは文字通り発狂した。精神科から処方される薬のお陰で、普段の甚六さんは穏やかな紳士である。けれど、クリスマスの前後には、一升瓶片手に朝から酒の臭いをぷんぷんさせて、祝言をあげそこなった神社付近を徘徊するそうな。事情を知っている年寄たちは、さらわぬ神に祟りなし、と外出を控えるという。
「甚六さんって、クリスマスどうのこうのじゃなくって、世界そのものが壊れればいいと思ってるひとだよ。ついでに、女っていう女が、呪われればいいって、本気で思ってるひと」
「うわー。物騒」
でも、警察には、参加するメンバーの名簿を出してきたばかりだが。
「そうなんだよねえ。参加者が4人だけってのは、みじめったらしいなあ。よし、人をかき集めるために、一肌脱ぐか。庭野センセのほうは、ポスター貼り、頼みます」
ちょっと、待った。その4人の中に、私も入ってる?
「当然。だって、一緒に警察、言ってきたでしょ」
「えっえー」
当日はプティーさんのお店で和気あいあいのパーティの予定だ。ヨコヤリ君と富谷さんだって、デートでバックれること、間違いナシだろう。ということは……。
「いいから、いいから。とにかく、ポスター貼り」
立町商店街を一軒ずつ回ったが、もちろん、どこでもこんな不埒なポスターを貼らせてくれるところは、なかった。ジョークか何かか? と笑い飛ばすのは、まだマシなほう。たいていは門前払い、中には塩をまいてくるお店もある。途中の一軒、中高年女性向けの洋品店では、店長のマダムに真顔で説教された。この手の零細店にとってクリスマスは重要な稼ぎ時。宗教的理由とか、そういうマジメな動機ならともかく、シャレやネタでやるなら、やめなさい。じゃないと、営業妨害で訴えるよ。
いい年してこんなことやるなんて、恥ずかしくないの?
私は肩を落として、返事した。
はい、恥ずかしいです、と。
最後の居酒屋で、とうとう私の面が割れてしまった。
「あー。あんた、庭野センセ」
店主の息子さんが、我が塾に通っている、という。
「あんた、それでも一国一城の主か。どこのフーテンだと思った」
事情をこもごも説明したが、聞いちゃくれない。
立町商店街のネットワークを駆使して、明日から、みんなで子どもに塾をボイコットさせる、と宣言されてしまうのだった。
「やばいよ。経営の危機だ」
櫛の歯が欠けるように、ポスター貼りの日から、生徒さんが減っていく。もともと生徒さん入替の時期ではあるけれど、ご新規さんが全然入塾してこないのが、不気味だ。
塾長室に主だったメンバーに集まってもらい、相談する。とりあえず木下先生の提案で、生徒募集のビラ配りをすることになった。
「マッチポンプじゃないッスか。塾長がクリスマス粉砕をやめない限り、ムリっスよ」
「西くん。私は最初から、粉砕なんてしたくなかったんだ」
しかし……私がたとえ、デモ行進から手を引く宣言しても、トウヨ君の暴走は収まらない。同じ穴のムジナ扱いで、塾への風評被害が収まることは、なかろう。
「彼に、クリスマスを一緒に過ごす女子をあてがうのが、最終的な解決方法っぽい」
「できることと、できないことがありますよ、妹尾先輩」
「フェロモン香水みたいなのを、ビン一本分、振りかける」
「それでも無理だと思うな、西くん」
最終的に、妹尾先輩が肩をすくめて結論を出した。
「モテない男につける薬は、ないってことか」
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