第8話 続・サークルの結成
ヨコヤリ君がネットで集めてきたのは、総勢6人。
「最初っから分かってんだろ」のトウヨ君。1.5次元のタカシ。光速のタケシ。自称仙人、太白真人。レモン飴のお兄ちゃん。留年の甚六。
「そうそうたるメンバーですよ」
「そうかなあ」
ハンドルネーム、ニックネームを聞いただけでは、中身が想像できない。
連絡をつけた全員が全員、「カネがない」という返事だったので、12月に入ってすぐの日曜日、イオンタウン矢本のサイゼリアで、初集会を開催した。言うまでもなく、ドリンクバーで朝から晩まで粘ろう、というさもしい魂胆である。カネがないという割に、全員が車で待ち合わせ場所に来た。三陸道直通でアクセスがいいせいも、あったかもしれない。仙台在住者が三人、登米在住者が一人、残り二人は石巻圏、という内訳である。
つきあいが長くなれば、私たちの人間関係も、いずれバレる。
ヨコヤリ君のアドバイスで、私たち……私とヨコヤリ君と富谷さんは、最初っから面識があると、正直に申告して臨むことになった。待ち合わせの10分前には到着したはずなのだけれど、6人はすでにドリンクバーを注文、チビチビ飲んでいた。他の客とは明らかに異質の、陰気なオーラを漂わせている。家族連れのお母さんたちは、子どもの手を引いて、露骨に我がサークルのテーブルを避けた。
トウヨ君が、私を見つけて、驚きの声を上げた。
「あんたのこと、知ってるよ。チアガールの恰好して、どこぞのオバさんたちと、歌って踊ってたオッサンだよな」
光速のタケシも、唱和する。
「それだけじゃなく、ヘンなガイジンさんたちまでチアガールさせて、踊り狂ってた」
まあ、間違っちゃいない。けど、他のお客さんに知られるような大声出すのは、やめてくれ。
「あんな恰好をするだけで、じゅうぶん恥なのに……ノリノリで歌って踊って、しかもそれを全世界に発信するってのは、すごいな。どうせモテないからって、開き直るにしても、やることのスケールが違う。自虐の極致っていうのか? いやあ、伝説のモテないオッサンに会えて、嬉しいよ。みろよ、みんな。これが、完璧にオンナを諦めた男の、顔だ」
トウヨ君たちの紹介で、残りの4人がいっせいにキラキラしたまなざしを、私に向ける。やめろ、そんな憧れと哀れみをないまぜにした目つきは。
「どうしよう、ヨコヤリ君。こいつら全員、グーで殴りたいんだけど」
「カンベンしてください、庭野先生。それに、モテないのは、本当のことでしょう」
少なくとも、塾では、モテないこともないぞっ。
そう、塾ではなっ。
「……君も一言、多いな」
会の主催者ヨコヤリ君は、「モテない男性」板の有名人で、自己紹介するまでもなく、みんな彼のひととなりを知っていた。ちなみに、彼女持ちのリア充として他「住人」を小馬鹿にするときには、全く違うハンドルネーム、全く違うプロフィールでやっていたとのこと。まあ、こっちもなかなか、したたかだ。
トウヨ君とは、他のオフ会でも一緒だったことがあるらしく、親しげに肩をたたきあっている。リアルでは全然友達いない彼にも、電脳世界では「つながってる」人がいる。
「簡単な自己紹介を、しましょう、僕から時計回りに……」とヨコヤリ君が場をしきる。
6人が一言ずつ語り、私の順番。最後に富谷さんがしゃべり始めたとき、みんなが動揺した。声を発するまで、どーやら女子だと気がつかなかったようなのだ。
「アキラ君って……いや、アキラちゃんって、女なの?」
光速のタケシが、窓の外を眺めながら、聞く。駐車場の何かを見ているわけでなく、妙齢の女性と目を合わせて会話ができないヘタレだから、とは後で知った。
「たしかにうっすらオッパイはついてますけど、心はオトコっす。ボクの二の腕、たぶん、たぶん皆さんの誰より、太いっす」
ちなみに、体育会系の口調は、西くんの伝授。
わざわざオッパイなんていう単語を口にしたのは、一人漫才アプローチの成果である。
富谷さんは、さっさとセーターをまくって、二の腕を出し、力こぶを作ってみせる。6人は「おー」とどよめきの声を上げた。
「……かわいい系の女の子、大好物っスけど、ボク、生物的にオンナなんで、断られたり、怖がられたりするっス」
「ユリ好きの女の子って、石巻にはおらんのか」
独り言のような1.5次元のタカシの質問に、富谷さんはサラっと返事する。
「そんなのは、マンガとかエロ本の中だけの出来事ッスよ」
オレンジジュースとコーラを混ぜてもってきた光速のタケシが、富谷さんの言葉尻を捕まえる。
「エロ本で思い出したけど、交換会とかするんだけど、大丈夫?」
女じゃないってのなら、セクハラとか言わないよなーと、留年の甚六が棘のある言葉を吐く。
富谷さんは、事前のうち合わせ通り、すかさず切り返した。
「どちらかと言えば、ブンガク派っす。ボク、ライトノベルとかエロ小説のほうが、好み」
もちろんジャンルはユリだが、BLもイケる、と富谷さんはいらん情報をつけ足す。
「同志よ」
1.5次元のタカシが、感激して富谷さんの手を握りそうになり……女の子の手と気づいて、慌ててひっこめた。
「女にビビリすぎだ、タカシ」
「デリカシーのないお前にだけは言われてたくない、タケシ」
光速のタケシと1.5次元のタカシは、いがみあい始めた。
「ボク、心はオトコなんで、女子扱いしてくれなくとも、いいッスよ。でも、タカシさん、かばってくれて、嬉しいッス」
富谷さんが仲裁に入ると、なぜか太白真人が、カッと目を見開いて、喝破した。
「分かるぞ、二人とも。浮かれておるのだな。ワシも、実は、そうじゃ。なんせ女子と口を利いたのは、8年ぶりだからなっ」
いや、あんた、富谷さんと全然しゃべってないじゃん。
ヨコヤリ君が、議事進行を元に戻すべく、場を仕切る。
「アキラ君の加入、認めてもらえるでしょうか」
トウヨ君が率先して、異議なし、と叫んでくれた。光速のタケシ、1.5次元のタカシが続き、やがて残りの三人も承認してくれる。
まずは第一関門、突破だ。
すぐにエロ本交換会をしたいと言ったのは、太白真人である。
足元に置いていたボストンバッグをどかん、とテーブルの上に乗せると、躊躇なくジッパーを下げた。てか、衆人環視の中、こんなものを開陳するなど、非常識に過ぎる。トウヨ君がたしなめた。けれど、彼は自分の何が悪いか、分かっていない。生物的にオンナである富谷さんが、どんなエロ本を提示してくれるのか、見ものだな……と卑下た笑みを隠そうともしない。
ま。こんなんだから、女性に縁がないわけだ。
そんなことより、もっと大事なことがある、とトウヨ君がコブシを作って右手を挙げた。
「クリスマス、粉砕っ」
キリスト教徒でもないのに、拝金主義者の口車に乗って、男女異性交遊にいそしむなど、日本男児の風上にもおけぬ所業ではないか。ナンパ男に誘われて、ホイホイ婚前交渉に臨む尻軽女も、許してはおけぬ。東京・大阪の意識高い系・同志にならい、我々も堂々デモを繰り広げようじゃないかっ。
「モテない男の意地、見せてやろうじゃないかっ」
エイ、エイ、オー。
もちろん、誰も唱和しない。
「そういや、師走ですもんねえ」
ヨコヤリ君が、ストローの袋をリボン結びにしながら、しみじみつぶやく。
トウヨ君以外のオトコどもの関心は、はやくも富谷さんに集中していた。
光速のタケシが、鼻の頭をかきながら、さりげなく、聞く。
「アキラちゃん……同級生に、彼氏欲しがってる子、いない?」
別にアニメやマンガのヒロインになりそうな、色白・黒髪ロングの美少女じゃなくても、いいんだけどさ。背は少し低めで150センチくらい、でも胸のほうはそれなりに大きいツンデレさんなら、いいなあ。
「いても、いい年したオッサンには、見向きしないと思いますよ。てか、そういう子なら、たぶん彼氏がちゃんといるんじゃないかと」
「くっ。アキラちゃん、手厳しいーっ」
「タケシさん。まずは、女子と会話するときは、目を合わせるようにしないと。ボクみたいなオトコ女でダメなら、黒髪ロングの美少女なんて、なおダメでしょ」
「ううう……そんなにはっきり、言わなくとも」
1.5次元のタカシが、二人の会話に割り込む。
「そういうアキラちゃんは、どういう女の子が好みなのさ」
「女の子っていうか、女の人、ですかね。自分を可愛がってくれるような、お姉さんタイプ、狙ってます」
「おー」
話自体は、なおもグダグダと続くのだが、ここまでにしておこう。
サークル結成には成功し、富谷さんも自然に溶け込むことができたけれど、問題点もいくつか出てきた。
一つ目。モテない君たちが皆、ロリコンの気があり、ボーイッシュタイプな富谷さんに色気を感じそうな人が、いなさそうだということ。
二つ目。自覚があるかどうか分からないけれど、富谷さんにセクハラめいた言動をやめないこと。
そして三つ目。覚悟をしていたはずなのに、富谷さんにちょっかい出されたヨコヤリ君か、本当に面白くなさそうなこと。
オフ会一回目終了後、石巻までヨコヤリ君を送る際、彼はぽつりと言ったものだ。
「クリスマス粉砕デモを、僕は粉砕したい」と。
ま。前途は多多多多多多多難、というところか。
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