第7話 サークルの結成
「ウチの脳筋オトコ女を、姫にしたいんですが」
「脳筋? サクラちゃんが?」
「いえ。もう一人、たくましいのが、いるんです」
篆刻の兄弟子にして、庭野ゼミナール・スピーチ特任講師、妹尾先輩に相談した。
渡辺君、西くんという大学生講師二人に座学してもらった後、石巻駅前鋳銭場のモツ鍋屋で、いっぱいおごる。車で旦那さんを迎えにきた先輩夫人にも、ついでに相談にのってもらった。
運転代行代金はウチで持つ、と申し出ると、先輩夫人は喜んで飲みだした。
蒸留酒はなんでもイケる口で、ザルだそうだ。
相談と言っても、もちろん、会話術うんぬん、の相談ではない。妹尾先輩が奥さんとハマっているという、漫才のノウハウを、我が筋肉娘に伝授してくれるよう、頼みに行ったのだ。先輩より、一緒にいた奥さんのほうが乗り気で、「やる」と即断してくれた。普通のマンザイではなく、エロが目的のお色気マンザイなんですよ、と私は念を押した。妹尾夫人は、「絶対やる」と力強く宣言してくれたのだった。
「でも、庭野クン、どんな客層を相手にするのかな」
私はアプローチの骨子、というか、もともとの目的を語った。つまり、富谷さんは彼氏のお母さんに認めてもらうために、サークルの姫になりたいのだ、という話を。
「ふむ。その、サークルのメンバーの条件、もう一度整理しよう。1、女性に性欲を感じる普通の男子。2、けれどヒロインを襲うことのなさそうな非力。3、できれば、とてもスケベなタイプがいい。4、姫からしたら、全く好みのタイプでない男性たちでなければならない。ちなみに、姫は女装の似合うカワイイ系の男子が好き」
「合ってます」
「5、彼女らに姫の息がかかっていないことを、その、ヨコヤリ・ママに証明できること。すなわち、勝負はフェアに。これで、終わりかな」
「まあ、だいたい、そんなところですね」
「心あたり、あるよ」
そう言って、妹尾先輩が教えてくれたのは、先輩と奥さんが出会ったという、老人ホームだった。
「条件1から4を満たす老人たちを、ここからピックアップしていけば、いい。ヨコヤリ・ママが選定者になれば、庭野クンと結託してるっていう疑いも、かけられない」
「でも、そうやってサークルを作るとして、どんな種類のサークルですか?」
自発的に、なら分かるけれど、指名されてどこかの愛好会入会、というのも、ヘンなものだ。
「うーん。マンザイの養成、みたいなのでは、どうかな? ええっと、例えばだね……今度、老人ホームの職員さんたちの宴会があるんだけど、入居者老人たちからのお礼と言うことで、芸を披露することになったから。どう?」
「マンザイをするのに、おじいさんたちだけをピックアップするというのも、ヘンな話では? 女性でもやりたがるひとはいるでしょう。それから、日ごろ世話になっている職員さんたちへの慰問なら、自分もやりたいっていう人が、名乗り出てきそうで」
そもそも、ヨコヤリ・ママに指名させるという条件が難しいのだ。ヨコヤリ・ママにはヨコヤリ・ママなりの基準は、あろう。でも、サークルを結成するこちら側にとっては、推薦されたメンバーで何をやるのか、決定が難しい。
「それに、おじいさんたち、本当に、女性にまだ性欲、感じますかね。典型的なかわいい系ならともかく、オトコ女ですよ。健全な高校生男子にだって、変化球なタイプなのに」
焼酎の柚子サワーでほろ酔いになっていた夫人のほうが、言う。
「じゃあ。ウチのカルチャーセンターの受講生に来てもらうってのは、どうかしら? 教室メンバー丸ごと、サークルメンバーになってもらう」
これなら、集めたメンバーに何をさせるか、頭を悩ませる心配はない。
「でも、そんなおじいさんばっかりが固まってる教室、あるもんなんですかね」
「うーん」
「その、頼む教室自体にも、迷惑かけちゃいそうだし……」
「難しいね……」
「難しいですねえ……」
最終的に、解決の糸口を見つけてくれたのは、ヨコヤリ君だった。
渡辺啓介の授業が終わったあと、フラっと塾長室に入ってきたのである。私がソファをすすめるも、座ろうとせず、ドアによりかかったまま、彼は言った。
「ネットの匿名掲示板で、募集する」
3ちゃんねるのモテない男性板にて、「宮城県内の喪男、集まれ」というスレッドを立て、ヨコヤリ君は使えそうな独身男子を模索していたらしい。過去のスレッドをさかのぼれば、この喪男たちが、私および富谷さんとは一面識もない、全然無関係の人間だと分かる。ヨコヤリ君は、彼女がいながら、この「モテない男性」板に常駐しているということで、本当のことがバレれば裏切り者扱いされる。つまり、「彼女うんぬん」という相談は持ち掛けられない。
「そうか。条件5は、それでクリアできる」
「条件1から4も、当てはまる人、多いです。つまり、非力でハンサムでもなく可愛げもなく、それでいて性欲は持て余してるって、タイプ」
「富谷さんは、どーやって参加させるのかな? その、喪男たちの集まりに」
「男装の麗人として、参加」
今までさんざんそんな立場にいたのだから、改めての演技はいらない。いや「女にもてない」という部分はウソだから、やはり、偽る必要はあるか。とにかく、「心はオトコ、体も、まあまあオトコっぽい、そして彼女が欲しいけどモテない」と言い張って、参加するのだ。
「でも、どんなサークルにする?」
「情報交換会にします。ふつうに」
もちろん、この場合の情報とは「エロ本」のことだ。モテない男どもがオフで集まるのは、そういうこと以外、考えられない。ちなみに富谷さんが差し出すブツは、ヨコヤリ君自身が調達するそうな。
「結構入念に考えてきたみたいだけど、念には念を入れて、質問するよ。君が集めた男どもの中に、ストーカータイプとか、変質者タイプが混じってたら、どーする?」
スレッドでの発言を見ていければ、粘着質やキレそうなタイプはだいたい分かる、というのがヨコヤリ君の返事だった。有名コテハンの一人として、長年やってきたから……いや、自分も、そういうストーカーや変質者スレスレのヘビーユーザーだったからこそ、鼻が利くのだ、と彼は自嘲ぎみに言った。
「交換会だと、オフ会、一回限りで終わってしまうんじゃ」
「2回目からは、買い出し会、みたいな感じにしますよ。同人誌、オタグッズみたいのの、買い出し」
「……そもそも、女って分かったとたん、富谷さん、拒否られない?」
「作戦の最難関箇所、かつ鍵の部分ですよね。なるべく、そういうのにアバウトそうな男を集めるつもりです。こまけえことは、いいんだよって、ヤツです。そして、溶け込むことに成功したら、サークルの異物から姫にまで、一挙に駆け上がらせるっ」
「君の決心を聞いてるうちに、なんだか成功するような気がしてきたよ。で。もっと根っこに立ち返って、質問していいかな?」
「なんです?」
「そもそも、ヨコヤリ君が、ママの言うことを無視できれば、やる必要もない作戦なんじゃ」
「違います。そもそも、パパの頼み、でもあるから」
「えっ。君のお父さんから?」
「いいえ。アキラちゃんのお父さんから」
休日二人の家デートは、ヨコヤリ君の家でだけではなかった。彼氏のほうが、矢本の官舎に遊びに行くこともあった。たいていはお母さんのほうに挨拶して、オヤツを部屋に持ってきてもらう、そういうつき合いだ。一度だけ、富谷さんのお父さんに会った。娘に似て、大柄な人だった。バスケットボール選手みたいに手足も長くて、鴨居に頭が届いていた。ヨコヤリ君は、たまたま女物の服で身を固めていた。レディースの丸襟ブラウスにピンクのパーカー、デニム地のホットパンツ。ボーイフレンドと紹介してもらうには、いささか頼りなさげな恰好だ。富谷パパは、そんな女装スレスレのヨコヤリ君に、好意を持ってくれた。今まで、いじめられるか無視されるか、友人たちからロクな扱いを受けてこず、3ちゃんねるに走っていた彼の心に、暖かな日差しがさす気分だった。
「でも、3ちゃんねるはやめないんだよね」
「ま。そうです」
なんでも、富谷さんがヨコヤリ君とつきあいだしてから、ふつうに女の子っぽくなった、というのが、この好意の原因らしい。それまでは、そんなにかわいげある娘じゃなかった。ぶっきらぼうで、おしゃれどころか毎日同じジャージを着て、たまに会話をすれば、お小遣いの増額を要求する、そんな感じ。
けれど、彼氏ができてから、富谷さんの様子が変わった。笑顔が増えた。ジャージ以外の服も着るようになり、中学校以来というスカート姿にまで、なった。母親に手料理を教わって、一品二品、おかずを作れるようにもなった。そう、女子力が大きく向上したのだ。
彼氏の存在を、最初面白くなく感じていたお父さんも、ヨコヤリ君の存在を認めざるを得なくなった。いい影響が出ているのだ。今まで男子にモテなくて悩んでいただけあって、娘がひとしお喜んでいると妻に聞き、お父さんも考えを改めた。
「……今後も娘を頼むよ、と、嫁とりの時みたいな激励をもらいました。君のお陰で、娘からカドが取れた気分だ、とも。僕、調子に乗って、言ってしまいました。結婚を前提としたおつきあいって、高校生のセリフじゃないですよねって。アキラちゃんパパ、少し考えこんで、言いました。まだまだ、ウエディングドレスを着れるほど、色っぽくはなってないねって」
「なるほど」
「今まで、僕に何か期待してくれた人、いないんです。僕は人一倍背は小さいし、気も小さいし、地味で目ただなかった。アキラちゃんがガールフレンドになってくれただけでもうれしいのに、そのお父さんまで認めてくれている。だから、その期待に答えたい」
「富谷さんに色気をつけるのが、その、期待?」
「嫁に出したくなるような、いい女にするのが、期待に答えることだと、思います」
ヨコヤリ君から、ママに直接電話をかけてもらう。
色々ごねると思い気や、あっさりと条件付きOKを出してくれた。なぜか私も、そのサークルに加わるというのが、その条件だ。3ちゃんねる用語を覚えるのが大変かもしれない。
「自分の彼女が、他のオトコどもにセックスアピールするのって、不愉快じゃないの?」
ヨコヤリ君は、少し考えてから、首を横に振った。
自分は、生粋の3ちゃんねらーで、ネットの申し子だから、大丈夫だという。
「その心は?」
「ネットに影響されて、最近ネトラレ趣味に目覚めつつ、あるかも、です」
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