第6話 仕込みに手間暇かかるアプローチ
修行開始前にと、もう一度ノーパンミニスカの意味について、問われる。
ちなみに、私は足を頭の上に上げて、床にひっくりかえったままだ。
「てか、庭野センセ、もうパンツはいていいのかよう」
「あ。ごめんな、富谷さん」
「趣味と実益っていうけど、例によって99パーセント趣味なんでしょ、タクちゃん」
「観客の意味とあしらい方のレクチャーをしたくてだよ、桜子。すなわち、一人漫才は話術かもしれないけど、一人漫才アプローチは、純粋な話術じゃない」
「どういうこと?」
「観客がセクハラしてきたり、襲いかかってくる可能性だって、あるってこと」
再び、宴会術の話に戻る。
セックスアピール、イコール「この娘は自分とセックスしたいのだ」と短絡的に曲がって解釈するオトコは、さすがに絶滅寸前になった。けれど、エッチな女子、イコール「安いオンナ」とみて、安易にセクハラまがいをやろうとするヤカラは、今でも少なくなかろうと思うのだ。
「……芸が成功すればするほど、危険にさらされるっていうのは、納得いかないこと、この上ないことだろうけど、女性性を売るっていう商売には、存外、そういう理不尽さがつきまとってるものなんだよね。この一番の典型例が、アイドルやタレントさん。ファンを魅了すればするほど、ストーカーまがい、変質者まがいの『カンスケさん』や『カンチガイさん』が増えていく。水戸黄門のスケさんカクさんみたいな護衛をつけるっていうのも手だとは思う。でも、それよりなにより、どこまでお色気アピールしたら大丈夫か、ア・ウンの呼吸を身につけるっていうほうが、肝心じゃないかな」
「ふーん」
「それと。可能なら、観客を選べって、ことだね。富谷さんの場合は、姫になって君臨するサークルのメンバーの選別、かな」
ノーパンミニスカという無防備で練習することで、必要な用心深さを身につけることができれば、サークルの姫になったとき、きっと役に立つ。そう、紙一重で敵をかわす、という言い方を拝借すれば、パンツという布切れ一枚で、セクハラ魔を撃退する、そーゆーことが、言いたい。
「……それから、もう一つ。一度でいいから、自分の倫理コードを破っちゃったりすると、自分の本性、性癖のいったんが、分かったりするよ。実はドSで、女王様気どりでした、とか、露出狂でした、とか。あるいはどこまでいっても性的には鈍感です、とか、色々とね」
「本当かなあ」
「信じるものは救われる。ええっと。実際、富谷さんのパンツを脱がせるプロセスで、男に免疫がない、無防備なタイプって、分かったじゃん。脱ぎ切った今なら、もっとはっきりしたことが、分かる。どれ、富谷さん、そのままウンチングスタイルでしゃがんでみようか」
「うん」
「ちょっと、ちょっと。アキラちゃん、やっちゃダメーっ」
「サクラちゃん。悔しいけど、庭野センセの言う通りだと思う。ボク、自分でも分からなかった自分の一面に、気づいたかも。庭野センセにセクハラ命令されると、すんごくエッチな気分になる」
「えーっ。アキラちゃん、目をさましてーっ」
「ふっふっふ。どうやら、富谷さんって、ドM体質なんだね」
「つか。タクちゃん、いつまで見てんのよ。視線の経絡秘孔をついてやる。アタッ」
「ひでぶっ。てか、これ、ただの目つぶしだろ、桜子」
一人漫才アプローチの最初の段階は、地味極まる作業から始まる。すなわち、ちまたにあふれているマンガを読み直して、お色気ネタをピックアップ、自分なりに構築しなおす、という作業だ。
お色気マンガでなくとも、お色気担当キャラはいるのだから、ピックアップするマンガは自分の好きなマンガでよい。私はブックオフで買ってきた段ボール箱いっぱいのマンガを、二人にあてがった。試行錯誤の例として、私自身があちこち付箋を貼りつけた冊子を、彼女たちに見せる。
このあとに、ネタを実演するためのリハーサル。完成度をチェックするために、定点ビデオカメラを仕掛けて、練習の風景を撮る。
『……ヤッホー。
脳みそから足のつま先まで、全身マッチョ女の、アキラでーす。
今日は、スカートのはきかたの練習をしまーす。
え。なに?
お前、女のくせにスカートのはきかたの練習するんかい、って?
学校ではかないのかよって?
ハイハイ。
ツッコミ、ありがとー。
でも、ボク、実際に学校ではスカートはかない人なのよ。
私服高校だし。
よしんば制服があったところで、要するに毎日、同じ型のスカートをはくってことじゃん。
違うタイプのスカートをはくには、練習、やっぱいるじゃん。
男子には分かんないんだろうけどさ、一口にスカートって言っても、色々とあんのよ。ミニからマキシ丈っていう長さの種類だけじゃなくってさ。タイトなヤツから、フレアスカートみたいに裾が広がったタイプのとか、色々。どう、勉強になるでしょ。そうでしょ。
で、今から練習ではくのは、制服スカートです。でも、セーラー服とかの定番じゃなくって……ほら、なんか、イマドキ、セーラー服の高校なんて、なかなかナイしさ、エロいコスプレっぽくて、ヤ、じゃない。
え? 現役女子高生が言うセリフじゃないって? いやさー、でもさー、せっかくだから、もっと可愛いの着てみたくってさー。で、AKB48風、アイドル制服にチャレンジしまーす。
わー。パチパチパチ。
はーい。カメラさん、もっと寄ってねえ。
ボク、もともと背が高いからさ、上から見下ろされたこととか、なくって。ちょっと新鮮。
え。今度は下から?
いやーん』……。
一本目のビデオを見直して、富谷さんは桜子に言った。
「庭野センセの言ってる意味、だいたい分かったよ。ほら。これ。一発目、サザエさんのワカメちゃんばりに、わざとパンチラしようと思ってたのに、全然うまくいってない。スカートの影が映ってるだけ。風もないのに、スカートの中が映るって、カメラアングルが相当、異常なんだよね。……ていうか、シナリオ通り演技してるはずなのに、なんでボク、こんなに男っぽいんだろ」
それを言うなら、オッサンぽい、だけれど……ようやく自覚しただけでも、ヨシとするか。
『……ヤッホー。
脳みそから足のつま先まで、全身マッチョ女の、アキラでーす。
今日は皆さんに、鍛えぬいたボクの身体を、披露したいと思いまーす。
え。なに?
二の腕とか腹筋とか、男子と見分けのつかない筋肉を見たって、面白くもなんともないって?
分かってますって。
今日はそう言われると思って、男の子にはついてない部分を重点的にですね……おっぱい。そう、おっぱい。大事なことなので、二回言いましたよー。
ホラホラ……チラチラ……あれ、あんまり見えてない。
ヘンダナー。
実はね、この胸、カチンコチンに固いってわけじゃ、ないんだよね。
やっぱ、脂肪の塊だから。
筋トレすりゃ、土台になる筋力は鍛えられるみたい。けれど、チェストプレスとかダンベルじゃ、脂肪そのものは、どーにもなんないわけ。
そんでね、一度、高周波電気を流す機械、使ってみようかなあって、思ったことがあって。
ほら、電気の力で筋肉を振動させて、身体そのものは動かさずに筋肉を鍛えるっていうマシーン、聞いたことない? テレビショッピングとかで、紹介してるでしょ? ボクも通販で、この高周波電気マシーンを買ってね、ガイダンスのビデオ通り、いっぺん腹筋でやってみたんだけど……これが、痛いのなんのって。
いや、マジで。
絶対、オッパイに電気流すのなんて、ムリだなーって。
仕方ないんで、体操とマッサージでいくことに、しました。
ほら、バストアップのための体操とか、マッサージとか、あるじゃないですか。その応用で……ええっとですね……実際にやってみたら、分かるかな?
ほら、こんな……こーんな……こんなこんな……感じ。
でも、これ、問題、あるんですよねー。
オッパイ、鍛える前に、なーんか気持ちよくなってきちゃって。
ううう……ヘンな声、出そう……ヤベっ、乳首、浮き出るうううう』
で、こっちは二本目のビデオ。
『ボク、おっぱいまで筋肉なんですっ』という、ネタである。
富谷さんは、あくまで真顔だ。
自分の痴態をまざまざと観察しながら、顔ひとつ赤らめない強心臓には、脱帽する。
「……ほら、ここんところ。ちょっとだけジャージのジッパーを下げて、ムネちらしようとしてるんのだけど。でもさ、上半身に気持ちが行き過ぎて、下半身のガードがお留守になってる。さっきとは逆に、モロ、パンチラしっぱなし」
布切れ一枚とはいえ、ガードの力は大きい。ひょっとしたら、富谷さん自身が、アンダースコートやブルマーや短パンと勘違いしてしまうのかもしれない。
「うむ。あっぱれ、よく気づいたねえ、富谷さん。だったら、最初からノーパンで練習したほうがいいよ。それなら、下半身への注意は絶対途切れないんだろ。上下別々に行動しようとする、いい練習になる。さ、せっかくはいたばっかだけど、もう一回、パンツ脱いで」
「うん」
するするする。
「だから、アキラちゃん、ダメっ。てか、タクちゃーん」
「お仕置きは、勘弁してくれ。この本人主演のソフトエロ映像を見ながら、ボケたりツッコンだりするのも、立派なアプローチの修業だって」
「あら。じゃあ、アキラちゃんの下着脱がすつもりで、言ってるんじゃないのね」
「いや。まあ。正直、下心まみれです」
「タ・ク・ちゃ・んっ」
「男子校出身だからな。バンカラかつ豪快に、セクハラ魔なんだ」
「じゃあ、共学校在学者としては、放っておけないわね。天誅っ」
「桜子。私にパンチを食らわす前に、富谷さんを止めるのに全力を捧げてくれよ。できれば、もうちっとユーモアもまじえて。そう、たとえば……『サディステックな命令なら、私のほうが一枚も二枚も上手よ。さっ、パンツはいて』とか。富谷さんが半ぬぎになったのを、逆にムリヤリつかんで、腰の上のほうまで一挙に引き上げて、コマネチって、叫ぶとか」
「ねえ、タクちゃん。そのコマネチって、何よ」
「知らんのか。ええっと、コマネチっていうのは、白い妖精って言われたルーマニアの女子体操選手で、80年代に大活躍して、オリンピックで金メダルとかとった人。レオタードのハイレグの角度がものすごくて、それをネタにしたギャグがはやったんだよ。足の付け根にあたる場所に、両手で、そのハイレグなパンツのポーズをとって……なんか、その笑い、説明しにくいな……ま。詳しくは、ネットでググってください」
「あー。はいはい。タクちゃんがじゅうぶんジジイだってのは、よく分かった」
「また、それか」
「とにかく、そーやって、パンツを脱ぐこと自体を茶化して止めたりすれば、それが立派なお色気ブレーキ役になるってこと」
まあ、この場合、一人マンザイじゃなく、二人マンザイになってしまうけど。
「うーん。アキラちゃんの様子を見るに、危なくてタクちゃんの下で、修行させられないなあ」
彼氏がいれば、彼女はノーパンミニスカを自粛するだろう。
ヨコヤリ君を参加させるから、修行はそれから再会ね、と桜子は念を押したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます