第18話 ちゃぶ台返し、応用編

 泣きっ面に蜂、というか、弱り目に祟り目というか。

 悪いことには悪いことが重なるものだ。

 今度は、ヨコヤリ君と富谷さん自身がチョンボをした。

 とりえばやで……つまり、男装姿の富谷さんと、女装のヨコヤリ君とデートしているところを、富谷さんパパに見つかってしまったのである。

 そもそも、喪男サークル・メンバーの攻略を開始した時点で、二人は外出デートを自粛していた。お互いの家で過ごすのは、いつものことだけれど、毎度毎度ではマンネリになる。時には彼氏を女装させたい(ヨコヤリ君自身の意思はどうとあれ)富谷さんは、抑えきれぬ欲求不満になってもいたのだ。二人は牧山トンネル付近のプレナミヤギに、ボーリングに行くことにした。富谷さんは、陸上部の打ち上げで、何回か来たことがあった。ヨコヤリ君のほうは、全くの初心者だったけれど、なに、そんなにむつかしいスポーツじゃない。ガーター連発も愛嬌のうちで、楽しめばいいのである。2時間弱、久々に「本来の姿に戻って」、要するに男装女装して、二人はデートを楽しんだ……帰り際、たまたまビリヤードをしに来ていた富谷さんパパに見つかるまでは。

 パパが直接、富谷さんに彼氏うんぬんという話をすることは、なかった。

 そもそも、ヨコヤリ君は一度、富谷パパに女装まがいの恰好を披露している。

 いまさら、なのだ。

 代わりに母親のほうが、「あんな男の子とつきあっちゃ、いけません」ときつく申し渡したという。両親のご機嫌をとるべく、せっせと食後の皿洗いにいそしんでいた富谷さんは、当然、抗議した。

 オカマなんてダメよ……という母親に「オカマじゃないよ。男の娘だよ。てか、いま、オカマなんて言う言い方は差別なんだよ」と富谷さんは精いっぱい反論した。が、ご両親の心配……いや偏見は、プレートを付け過ぎたバーベルのように、のしかかってきたということだ。

 どこだろうと、親と言うものは、子どもの交友関係を理解しないものだ……と一般論めいたことを言ってしまえば、そうなのだけれど。

「とにかく、対処、対処」

 そう、そのために、今回ヨコヤリ君は、我が二世帯住宅に来ていた。

 ちゃぶ台返しに土下座で切り返そうとする梅子の彼氏、鈴木君からヒントを得られないか、と思って、二人をお互いに紹介したのである。

 ヨコヤリ君は、唇をとがらせて、言う。

「でも、ボク、何も悪くないです」

 大人の余裕を見せつけて、鈴木君が返事する。

「実は、ボクのほうも、何も全く悪くはない。けど、それでも恋人のお父さんに土下座する予定なんだよ。世の中、そういうふうにして、回ってるんだ」

 説得になってないのは承知しているけど、と鈴木君は続ける。

「長年育てた愛娘が、突然他のオトコの元にいくっていう、寂しさというか、やり場のない気持ちのぶつけ先、なんだよね」

「そんな、大人のわがままにつきあってたら、キリがないでしょう」

「うん。キリがない。でも、ボクはやるよ」

「でも……」

「ねえ、ヨコヤリ君。子どもの世界にだって、どーしようもない理不尽があって、納得できずに頭を下げることって、あるでしょ?」

「なくは、ないです」

「この理不尽は、いつかどこかで逆転勝利できる理不尽なんだ。勝てる理不尽と、勝てない理不尽を見分けられるのが、大人ってものなんだよ」

 娘婿の前でちゃぶ台をひっくり返して、土下座をさせたというエピソードは、いずれ、めぐりめぐって梅子パパの評判をむしばんでいくだろう。そして鈴木君の「大人な」態度は、いずれ「気のおけない」大人という評判になって、彼を支えてくれるに違いない。

 ヨコヤリ君は、再び唇をとがらせた。

「ボク、でも、大人じゃないですから」

 力技によって押しつけられた理不尽に対する方法、他に、なくはない。

 すなわち、色気。

 すなわち、誠実さ。

 同じ土俵に乗って、あえて負けてみせるのだけが、正解じゃない。

 鈴木君が、私に向かって不審顔だ。

 私は、ヨコヤリ君に気づかれないように、ウインクする。

「庭野センセ、もっと具体的にお願いします」

 富谷さんご両親の動機が、男装女装を嫌うのは、常識を裏切るから、そして世間体が問題なんだろう。けれど、学校の補導や警察のお世話になるわけでもなく、男女仲のもつれやトラブルに巻き込まれるのでもなく、正攻法で「いちゃラブ」していれば、文句のつけようがない……いや、文句をつけても、それ以上のことはできまい、と思うのだ。

 すなわち、誠実さは、常識を凌駕する。

「庭野センセ、色気のほうは」

 富谷さんママは、ヨコヤリ君の女装のことを「おかま」とののしったそうだけれど、これは女装にまつわる負のイメージ、たとえば絵面の汚さ等をあげつらっての偏見だろう。けれど、もちろん、今は正のイメージだってある。「こんなかわいい子が女の子のはずがない」というのは、ネタとして使われているフレーズだけれど、化粧術その他で、女の子と遜色ない男子が出ても来ているからこそ、人口に膾炙している言葉だとも思うのだ。そして、この、女装の正のイメージを担保するものこそ、「色気」ではないのだろうか?

「つまり。説得力のある可愛さ、きれいさなら、イマドキの普通の女性、あんまり問題にしないのでは? というか、腐の者とか、むしろ好物っていう女の子だって、いるんでは?」

 庭野センセ、抽象的な話をするのが、好きですよね。

「要するに、一人漫才アプローチ、男性バージョンで、アキラちゃんママを説得しろ、と?」

「ママさんの偏見が生理的な嫌悪感に根差すものなら、かわいい姿、かわいい仕草、で感覚的に攻めるのもありかと思う。そもそも、ヨコヤリ君の女装を見たのは、パパさんのほうだけなんだし」

「妖艶な姿で納得させるか……」

「もちろん、そういう差別はダメだよ、とか、恰好はともかくとして品行方正に恋愛してます、とか、理性のほうに訴えるのも大事。どちらも、恋愛にまつわる人間関係には必須の、スキルだと思うな」

「納得はしてないけど、理解はしました。庭野センセ、じゃあ、男性バージョンのトレーニングをお願いします」

「ううん。君の場合は、男性バージョンじゃなく、男の娘バージョンだ」

 マンガというより、テレビタレントさんからヒントを持ってきたほうがいいだろう。女性と見分けがつかいようなタイプから、ネタ女装まで、今は参考になりそうな様々な女装タレントさんがそろっている。

 鈴木君が、今度は口をとがらせして、言う。

「なんだか、ちゃぶ台返しを食らう予定のボクが、バカを見るような」

「そんなことはないよ、鈴木君。富谷さん両親には、違う形での、ちゃぶ台があるだろうさ」

 私の危惧は、すぐに現実のものになった。

 ヨコヤリ君が、いつものように家デートに行くと、ママさんに、玄関口で締め出されてしまうようになったのである。

 それだけじゃない。

 富谷さんママは、行動力があった。

 松島基地職員の息子さんで、同じ官舎内にいる陸上部員、つまり富谷さんの先輩部員に、富谷さんママは苦情を申し入れにいった。

 ……あんたが先輩としてちゃんと娘を見張ってないから、ヘンな虫がついたのよ、と。

 そしてさらに、ママさんが普段生活をしていて顔をよく合わせる人、全員に……ママ友から親戚から職場の上司部下同僚、近所のコンビニの店員さんに至るまで、娘の彼氏がオカマで困ると、愚痴を言いふらしたのだった。

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