第22話 サークルの他の面々の後日談
「お嬢さんを、ボクにください」
「お前みたいなヤサ男に、娘をやれるかー」
掛け声とともに、ちゃぶ台が宙を舞う。何度も練習してきたかいあって、ちゃぶ台はくるくる見事に二回転すると、鈴木くんの正座した膝ギリギリに、芸術的な着地をした。幸い、ちゃぶ台に陶器は乗っておらず、割れて破片が散ることもない。
「やれやれ。お父さんが、コレをやりたって言わなけりゃ、プティーさんのお店でコース料理でも頂いてたところなのに」
母親の嘆きに、当の娘が肩をすくめる。
「お母さん。それは言わない約束でしょ」
妹は、ドッコイショとちゃぶ台を起こすと、隣の部屋に持っていった。
「これでようやく、炬燵を出せるね。石油ファンヒーターだけじゃ、物足りなくって」
そう、女性陣は、妹の桜子を含めて、冷めたものである。未来の義父と義理の息子は、涙を流して抱き合っていた。私は鈴木君が玄関で理研食品のワカメを手土産にと手渡すところから、ずーっとビデオをまわしていたのである。
「婚約の儀式、これくらいにしましょ」
「え。今の、儀式だったの?」
ドッコイショと炬燵を持ってくると、桜子はさっさと私の隣に陣取る。
「タクちゃん、サラダセンベイとハッピーターンあるよ。梅昆布茶と珈琲、どっちがいい?」
男性陣が目を白黒しているうちに、母娘は晩のオカズの相談をし出した。
「いくら知った仲ったって、ドライだなあ」
「お父さんと鈴木君、ビール飲むんだって。卓郎さんも、どう?」
母親の言に気を利かせて、桜子が、私のぶんのコップも台所から持ってきてくれる。でも……。
「今日は、遠慮しておきます」
父親がコップを探している間に、梅子はもうプルトップを引っ張って喉を潤していた。
母親は、そんな娘をたしなめ、私になおもアルコールをすすめる。
「あら。家族なんだから、ご相伴して、いいのよ」
「塾生に対するアフターケアがあるんです。いや、正確に言えば、生徒さんの母親に対する、かな」
「例のヨコヤリ君ママに対して?」
「いえ……富谷さんっていう、女の子の母親に対して、です」
ヨコヤリ・ママその人は、結局、息子のガールフレンドを認めるに至った。
けれど、ユーチューブの再生数を見て全面降伏したわけじゃない。解散したはずの情報交換サークルの面々が、「最後っ屁」を……いや、最後の後押しをしてくれたせいだ。
女性が好きだが女性に免疫がない太白真人は、ヨコヤリ君その人のお陰で「第三の道」に目覚めたんだそうな。富谷さんと2人で「とりかえばや」デートをしている最中の写真を、光速のタケシ君が見せてくれた。タケシ君のほうは告発のつもりだったのだろうけれど、太白真人の目のつけ所は違った。「噂には聞いていたけれど、ヨコヤリ君、こんな可愛かったなんて……」と『男の娘』の魅力に目覚めてしまったらしい。行動に移るまではさんざん葛藤したそうだけれど、結局出会い系サイトで好みの「男の娘」を見つけ「お茶」……デート以前の顔合わせをするにいたった。女性に向き合った時のように、脂汗も出ず、ドモリもせず、キョドリもせず、逃げ出したくなって尻がモゾモゾもせず、普通に会話できた太白真人は、悟りを開いた……らしい。
「ついてたって、いいじゃないか」
1.5次元のタケシ君は、ヨコヤリ・ママからインスピレーションを得、青春時代を懐古したと言っている。ご存じの通り、7年間応援し続けた「押し」アイドルさんが、父親の分からない子どもを産んで電撃引退して以来、タケシ君はアイドルから足を洗ったはずだった。
けれど、臆面もなく「なんちゃって制服」を着て、ゲームセンターでナンパ待ちをしているヨコヤリ・ママの存在を知って以来……正確には、その「恥知らず」な写真を息子さんから入手して以来、アイドルとは何ぞや……いや、アイドルファンとは何ぞや、という形而上学的な疑問に悩ませられるようになったと言う。容姿端麗、若くて男の陰がなく、歌って踊れる女の子だからアイドルファンはアイドルを応援するのか? というと……ちょっと違う。アイドルとは、実際の彼女がどんな「女の子」であろうとも、ファンに「理想の女性像」という幻想を見せてくれる人であって、それが実際には男の子でもデジタルアートでもオバサンでもいいんじゃないか……と悟ったそうな。「臆面のなさ」「開き直り」「ジョークと分かっていて演じられるエンターテイナー」という点で、オバサンアイドルこそ最高、とタケシ君は神髄に達した。今、新たな「押し」を見つけるべく、声優さんの情報を集めている。なぜに声優さん? と聞くと「40代になろうが50代になろうが、嬉々として自分からセーラー服を着るようなのは声優さんだけだから」……という理由だそうな。
新しい「人生」に踏み出そうとしている2人に対して、光速のタカシ君は修羅場に突入した。金主である母親が倒れたのである。前回は過労だったが、今回は脳梗塞、半身不随になって、会話も満足にできなくなるくらい、重い症状だと言う。入院費と生活費のため、タカシ君はマグロ漁船に乗せられることになった。私が事情を知ったのは船が出航してしまってからだ。「今度こそ真人間になって戻って来てくれればいいな」と太白真人がしみじみと教えてくれた。
他の面子の身の振り方を聞いて、「留年の甚六」さんも、今の境遇から抜け出す決心をしたらしい。花嫁に逃げられて以来の「婚活」。そう、見合いの再開だ。前回20歳の花嫁を見つけてきてくれた世話焼きバアサンは、今回露骨にやる気がなかった。「50代のジジイでもいいって言ってくれるのは、アタシみたいなババアしかいないよ」と釣書一つ持ってきてくれない。でも、そもそも花嫁に逃げられた見合いの件だって、自分で望んだものじゃなかったのだ。田舎にいれば、分家・本家という縛りのせいで、そして過去の醜聞のせいで女の子がよってこないと悟った甚六さんは、家人の誰もが止めるのも聞かず、仙台に出た。宅配便の集配仕分けのアルバイトを見つけ、ついでに気になる女性も見つけた。大学生の娘がいるという40代、愛嬌あるアルバイトリーダーさんだ。泥沼の裁判を経て離婚した(旦那さんの有責だそう)という彼女は、結婚なんて金輪際する気はないと、断言していたそう。けれど、娘がもうすぐ就職して子育て一段落したら、自分のために時間を使いたい……と言っている、という。新人アルバイターということで、昼食に誘ってもらったおり、そういう事情を聞いた甚六さんは、不躾を承知で、思わず尋ねていた……「一緒に、その、遊びに行くひととか、いるんですか?」。
「只今、募集中よ」と笑顔を見せる彼女の「友達候補」になるべく、甚六さんはアルバイトシフトに入る回数を、目いっぱい増やしているところだ、という。
太白真人や1.5次元のタケシ君が勇気を出して一歩踏み出せたのは、ヨコヤリ君のお陰で、太白真人たちの行動に触発されて、甚六さんも新しい生活のスタートを切ることになった。トウヨ君を直接動かしたのは我が東海林師匠だけれど、師匠が労を取ってくれた遠因は、もちろん、ヨコヤリ君カップルにある。
ということで、クリスマス直前、ヨコヤリ君のメールアドレス宛に、「レモン飴のお兄ちゃん」以外のメンバーのフルチン写真……もとい、チラリズムに満ちたヌード写真が届いた。添付された説明曰く、「富谷さんの色気に迷ったオッサンたちの、情けない構図」。ヨコヤリ・ママは息子のガールフレンドの色気云々に関係なく、この手の写真が好きな人らしいから、大いに利用して、母親公認になってくれ……とも書いてあった。そして、結びには、今度こそ本当のお別れだという意味の文章があった。
「……オレたちは、まだまだこの『モテない男』板で、あーでもない、こーでもないと、悪戦苦闘する日々が続きそうだ。けれど、ヨコヤリ君。君にはれっきとした、可愛い恋人がいるんだ。彼氏のために、変人のオッサンたちにも分け隔てなく接してくれる、いい子だ。彼女を大事にしろ。そして、もう二度と、この板には戻ってくるなよ」。
富谷さん母の説得の話に戻ろう。
事情を聞いて、富谷さんママの説得を買ってくれたのは、陸上部同期の女の子たちだった。全員で、クリスマス前の日曜日、富谷さん家の官舎に集まって、「年忘れ女子会」なる忘年会兼クリスマス会を開催した。酒で酔っ払ってはないはずだけれど、富谷さんママが「もーいや」と音を上げるほど、からみにからんだそうな。
なんせ陸上部同期で彼氏持ちは富谷さん1人だけ、熱い友情パワーを基に、娘の交際を認めないお母さんに翻意を迫ったわけだ。「彼氏持ちのアキラちゃんが女の子としての魅力がないっていうなら、彼氏いない歴イコール年齢の私たちはどーなのさ」という自問自答……いや、答えは聞きたくない、という葛藤があったらしい。そして、彼女たち陸上部同期ガールズに、私はダメ出し要員として、呼ばれていた。
「松島基地の女ランボーもびっくり」……という富谷さんの言はちと大袈裟だけれど、「ギャッ」と一声上げて、お母さんが後じさったのは確かである。
そう、私はチアガールの衣装を来て、寒そうにドア前に立っていた。
陸上部女子陣の策略によれば、「男の娘」ヨコヤリ君を認めない富谷さんママに対して、他の女装男のサンプルを見せ、しかもその女装男がそれなりにモテることを示せば、自分の「思い込み」を見直すだろう……だそうだ。
私がひとしきり塩をまかれた後、陸上部ガールズの一人が、ようやく気づいてくれて、私はリビングに通された。
「今はこういうタイプがモテるんですよ」「だからヨコヤリ君がスカートをはいたりするのも、今の男の子的に、全然不自然じゃありません。アリですよ、アリ」……。
口々に説得してくるのを、聞いているのか聞いていないのか、富谷さんママは私に白い目を向けたままだった。けれど、やがて、「娘のために、いい年した大人が、ご苦労さまです」……と雪女の吐息のような冷たい声で言った。
「わざわざ、このために、女装衣装を準備してくれたんですか」
「あ。いいえ。普段から、ちょくちょく着てます」
ご母堂は、バイキンの塊でも見るように、私に軽蔑の視線をくれる。
陸上部ガールズの誰かが、囃し立てる。
「わ。ご褒美の視線。良かったね、庭野センセ」
「いや、あの、ねえ……」
私はスマホを取り出し、富谷さんママに写真を見せた。塾で母親向けオプション・チアママ教室の様子や、最近の名物講師育成プログラムにて、歌って踊っている様子を、だ。
「失礼ですけど。気色悪い、とか何とか、言われません? 道化として人気者になれるかもしれませんが、一般女性からは嫌悪の対象でしょうに」
「あ。いいえ。自分でも意外なんですけど、結構モテます。ちゃんと、フィアンセがいます。マリリン・モンローみたいな秘書も、喜んでデートにつきあってくれます。同居の姪に、やたらめったら、懐かれてます。証拠写真、いっぱいあります。見ます?」
「……ついていけないわ」
「娘さんのボーイフレンド、ヨコヤリ君は、あの恰好のまま、周囲に溶け込んでますし、なかなかモテますよ」
塾で理系ガールズたちと歓談しているスナップを開陳すると、富谷さんママは、とうとう白旗を上げた。
「でも、本当に認めてしまって、いいのかしら」
「今の子どもたちには、今の子どもたちなりの世界があるんです。部外者としては、こう言ってやりたいですね。『あとは若いお二人で』」
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