第21話 冬眠準備中、月下氷人

「師匠。石巻界隈在住の、モテない兄弟弟子、紹介してくれませんか」

「なんじゃい、やぶからぼうに」

 犬と子どもがはしゃぐ声が電話口から漏れてくる。「お前さんも、仲人稼業、やるつもりかの?」

 我が篆刻の師匠・東海林先生は、その人徳からか、年頃の独身の相手役探しをよく頼まれる。もちろん、私もその恩恵に預かった1人だ。でも……モテない男探しは、幸せのおすそ分けのためじゃない。

「デモ参加者が足りないから、人集めをしてるんです。クリスマス粉砕デモ」

 そう、情報交換サークルは事実上の解散となり、私はトウヨ君たちと金輪際関わりを持たなくともよくなったはずなのだけれど……デモ主催者の1人として、石巻警察署に提出した届出には名前が記載されたままだった。ヨコヤリ君たちとグルになって、オレたちをバカにした責任をとれ……とトウヨ君はサークル解散の翌日から、しつこく参加強請の連絡が来ている。

「難儀な話じゃのう」

 自ら墓穴を掘ったことを認めるけれど、なんとかして、その穴を埋めたい私であった。

「で。お前さんを入れて、そのデモ、何人参加するんじゃ」

「二人ですよ。トウヨ君と、私です」

「……要するに、誰も参加せん、ということじゃな」

「本音を言えば、私も全く参加する気、ないんです」

「……プティーさんなら、その手のこと、面白がりそうじゃが」

「ええ。お店のメニューを背中に貼りつけたトレンチコートを作ってあげるから、大いに宣伝してきてちょうだい、と言われましたよ」

「メニュー? 店の名前じゃなく?」

「ええ。餃子一皿五百円、チャーハン一人前八百円、とかなんとか」

「チンドンヤ」

「ええ。彼女、面白がってました」

「肝心の……母御殿にガールフレンドを認めてもらえる件は、どーなったのかの?」

「クリスマスは、一緒に過ごしてよい。けれど、ママさんも混ぜてくれ、だそうです」

「コブ付きとな。まあ、一筋縄ではいかんタイプじゃな」

「プティーさんが、中華式インド式クリスマスパーティに誘う、と言ってます。ヨコヤリ・ママさんにしこたま青島ビールを飲ませて、ヨコヤリ君たちが二人きりになる時間を作ってあげる、とか」

「そりゃ、粋なクリスマスプレゼントじゃ。愛のキューピットっつヤツじゃの」

「私自身にも、もっとマシな計らいをしくれればいいのに、と思いますよ」

「自業自得じゃ」

「……師匠。クリスマスにご予定がなければ、師匠ご自身に来てもらうっていうのは、どーでしょう。もちろん、交通費は出しますし、妹尾先輩をはじめとする、交遊ある弟子たちも、久しぶりに会いたがってますよ」

「残念じゃ、庭野君。ワシも、こう見えて、女の子にモテるんじゃよ。……それに雪が深くで町から出られん。積雪5メートル超えじゃからの」

 師匠お得意のホラ話かと思ったが、相手は山形・天童在住、普通にそれくらいの積雪はあるか。

「家から出られませんね。玄関も雪で埋まって」

「うむ。実は、カマクラを作って住んでるんじゃ。炬燵と蜜柑と猫も持ち込んで、越冬準備バッチリじゃ」

「凍死しますよ」

 その話がホラじゃなきゃ。

「車も走れんから、移動はもっぱらソリじゃよ。今日は米沢から孫が遊びに来てくれてな」

「道理で。子どもと犬の泣き声、しますよ」

「ああ。そりゃポチじゃ。柴犬で、ウチの座敷犬。サモエドだのシベリアンハスキーだのソリ引き用の犬じゃない。孫たちはもっぱらスノーモービルとかの機械で来よるし、ワシ自身はトナカイに引かせとるよ」

「天童に、トナカイっているんですか?」

「ホッホッホ。クリスマスの日には、このトナカイのソリで、プレゼントを配りにきてくれと言われてしまったわい。還暦のときにもらった、赤い防寒着があるでな、上下一式に帽子までついて、派手なのがタマに傷じゃが、ま、一晩くらい、なんとかなるじゃろ」

「プレゼントの衣装なら、煙突に入るときには、ススで汚れないように、しないとですね」


 デモ参加のモテない兄弟弟子は紹介してくれなかったけれど、東海林師匠はもっと粋な応援をしてくれた。

 私にプティーさんを紹介してくれたように、トウヨ君にバグラディッシュ人女性を紹介してくれたのである。塩釜の老人ホームの介護に来ているというファティマさんだ。25歳、弟妹の学費を稼ぎに来日したという、好奇心旺盛な女性だ。ホーム入居者に東海林師匠の同郷の知人がいて、「本物の篆刻家というのを見たい」という彼女のリクエストに答え、師匠は「友人」になったそうな。私の懇願を聞いて、師匠は塩釜の旧知に連絡を入れ「ネツト右翼(全然狂暴じゃないヤツ)」を見物しないか? と持ちかけたそう。口説くのにどんなネタを使ったのかは知らないけれど、ファティマさんは、トウヨ君の友達になってくれた。そう、ガールフレンドでも彼女でもない、単に性別が女性というだけの友達だ。そして相手が知合ったばかりで、自分を「珍獣」扱いしているとしても、トウヨ君は大満足だった。なんせ、クリスマスを一緒に過ごしてくれる、というのだから……。もっとも、ムスリムのファティマさんにとって、クリスマスは特別の祝日祭日というわけじゃなく、単に機械に詳しい人、として「パーティ」に招待されたらしい。当日は、一緒に来日したバングラディシュ人二人、職場仲間のインドネシア人、ペルー人の同僚たちと、弟のクリケット試合のビデオ観戦をして、過ごすという。

 以上の顛末とともに「石巻警察には既に断りを入れた……」とトウヨ君はデモ中止の連絡をくれた。

 たった数日のことなのに、クリケット……この野球もどきのスポーツに詳しくなっているトウヨ君に驚き、「お幸せに」と私は祝福の言葉を贈った。

 そうそう。

 最後に素朴な疑問を発したことは、明記しておくべきだろう。

「右翼的な政治的発言、嫌われたりしないモノなんですか?」

「彼女の日本語は、まだカタコトだから。いやあ、言葉が通じないっていうのも、たまには悪くないもんかもな」

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