第3話 相談者とターゲットについて

「恋愛講座開講前に、まず勝利条件をはっきりさせておきたいんだけど」

 私は、塾終了後、オトコ女ご両人を呼び止めて、確認する。

「廊下で立ち話は寒いね」と桜子は両腕をさすっていたけれど、富谷さんのほうは、平気の平左だ。

「タクちゃん。塾長室に、入れてよ」

「熱いお茶とイチゴ大福もお願いします、庭野センセ」

「なにゆえ、イチゴ大福?」

 まあ、いい。2人を部屋に通すと、ちょうど木下先生が控えて、お茶ならぬ珈琲を淹れてくれる。

「さて。夕刻遅いんで、回り道抜きでいきます。勝利条件」

 桜子は、私の言いたいことを分かったようだけれど、富谷さんは首をひねった。

「勝利? それなんです、庭野センセ。ヨコヤリ・ママを張り倒す?」

「いや、まあ、ね。色気って言ったって、具体的に身についたかどうか、検証のしようがないことだからさ」

 健全な男子相手というなら、少しシモネタっぽくなってしまうけれど、色気の有無の判定はむつかしくないような気がする。下品を承知で言えば、ボッキしているかどうか、を目安にすればいいのだ。けれど、男性に対するセックスアピールを女性が判断するのには? 何をもって合格とするのか、その基準が分からない。

 彼氏以外のどんな男も魅了する……というのは非常に分かりやすいけれど、オシュウトメさんの立場からして、受け入れれられることなのか? たとえば、知らない男にナンパされるとかプロポーズされるとか、嫁がそんなでは、困るだろう。

「あ。タクちゃん。それならね。基準っていうか、目標があるよ。オタサーの姫」

「ええっと。さっきの話に出てきた丸森さんか」

 しかし富谷さんは「姫」が似合うタイプじゃない。コスプレができる人でもない。あ。でも。「男装の麗人」タイプなら似合うか。そうすると男のオタクより女のオタクがわらわらと集まってきそう。オタサーの王子様だと、色気は色気でも、違う方向の色気になってしまう。

「囲ってくれるのは、だから、オタクでなくてもいいんだよ。たぶん。とにかく、ちゃんと男の人であれば」

「よし。分かった。それをまず、勝利条件その1にしよう。サークルの姫になって、男に囲まれる」

 富谷さんも力強くうなずく。

「でもさ。たとえ男子ばっかりのサークルの紅一点になったところで、これが色気と関係するかというと、必ずしもそうじゃないかもしれない。たとえば、ウチの篆刻会みたいに、芸が評価されて、取り巻きができるっていうパターンも考えられる。たとえアイドルみたいに祭り上げられても、スター性だのカリスマ性だのかわいさだのが評価されて、なのかもしれない。つまり、サークルの紅一点っていうのは、必要条件になっても、十分条件にはなりえない」

 桜子は、うーんと腕組みをしていたが、やがて、言った。

「分かったわ。じゃあ、勝利条件その2。メンバーからちゃんと惚れられること。あるいは、色気が評価されて、チョッカイをかけられること」

「これまた、検証がむつかしそうな」

「証拠として、ラブレターをもらってくるっていうのは、どーかな。好きですっていう純愛路線でなく、愛人になってくれ、とかヤラせてくれっていう、セクハラ・ラブレター。手紙形式じゃなく、しゃべったのを録音でも可」

「そんな。セクハラなんて。いくら富谷さんがプロレスラーみたいな体型をしていたって、貞操の危機じゃないか」

「そこは、ほら、ヨコヤリ君が守ってあげるってことで」

「ずいぶん頼りないボディガードになっちゃいそうだけど」

「サークルメンバーには、ヨコヤリ君以上に非力な人がいいかもね。あ。そうだ。最後の勝利条件、忘れてた」

「というと?」

「富谷さんは、姫になっても、もちろん浮気しないこと」

「庭野センセ、ボク、ヨコヤリ君一筋だって。第一、男のひとにモテたこと、ない」

「だから、反動が怖いんだよ。いきなりモテだして、タガが外れるってパターンだって、あるかもしれない」

「ないない」

 富谷さんは苦笑しながら、顔の前で手を左右に振った。

「それにボク、かわいい系の男の子、好きだから。ヨコヤリ君ほど女装の似合う男の子、なかなかいないんじゃない?」

「富谷さん。好みの話、あんまり協調すると、誤解されちゃうよ」

 木下先生が、熱いお茶を入れ直してくれる。我が秘書が好きそうな話題ではあるけれど、どうやら一言も発せず、聞くのに集中している、という感じだ。

「話は少し変わるけど……」

 桜子が、前置きして、言う。

「まだ、デートの時には、男装・女装なの?」

 ヨコヤリ君に女子の恰好をさせて、富谷さんが男装してデート……というのは、もともとヨコヤリ・ママに見つからないための方策だった。もうすでに、二人の交際がバレてしまっている今、「お忍び」する必要、なくはないか、ということである。

「でも、ボクの場合、着ていく服がなくってさ。もうちょっと背が低けりゃなあ……」

「アキラちゃん、また、そんなこと言って」

「その後、デートはどこをまわってたの? 仙台港でのイベント、テンジン君おすすめのサッカー観戦あたりまでは、知ってるけど」

「出かけてないよ。家でデート。部屋でまったり」

 平日は富谷さんが部活の練習。放課後の登下校はともかく、デートまではいかない。土日等の休日にしても、二人ともアルバイトとかをしているわけではないので、軍資金に乏しい。そもそも富谷さんは東松島市在住、ヨコヤリ君は石巻市内の人なので、ちょっとと気軽に顔を合わせるのもタイヘン、なのだそうだ。

「じゃあ。二人でゲームとか、するんだ?」

「違うよ。匿名掲示板への書き込み」

 もともと……というか今でもバリバリ現役で、ヨコヤリ君は匿名掲示板3ちゃんねるのヘビーユーザーだ。時には固定ハンドルにてあることないこと書き込みしたり、他のねらー相手に論争してマウントとるのが趣味、という困ったひとだそう。富谷さんと一緒にいるときには、さらに彼なりにカッコいいところを見せようとしてか、ヤフー知恵袋にあからさまに釣り臭い相談を書き込んだり、中年女性のふりをして発言小町で他の奥様を焚きつけたり、やりたい放題するそうな。

「モテない男性板に、リア充みたいな顔して自慢話を書き込むのが、今のヨコヤリ君の、マイブーム」

「うわあ」

「うわあって、タクちゃん。アキラちゃんっていうれっきとした彼女いるんだから、そこはよくない?」

「わざわざモテない男性板に書き込むのがねえ……」

 他にはどう? と桜子が富谷さんに促す。

「うーん。レパートリーとして、将棋、アニメ、それから政治なんかに書き込むのが、好きみたい」

「将棋とアニメはともかく、政治板かあ……ヨコヤリ君、隠れてネトウヨみたいなこと、してるんじゃ」

「たとえそうでも、ボクは平気さ。実は、両親とも自衛官だから」

 矢本の航空自衛隊松島基地勤務だそう。富谷さんが転勤族で、小学校のころは埼玉にいた話を、初めて聞く。

「へー。じゃあ富谷さんも、将来はそういう職業につきたいのかな?」

「まさかあ。ボク、こう見えてもイマドキの女子だから。夢はでっかく、専業主婦だって」

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