第12話 バチェラーパーティと男の色気
独身最後、結婚直前の「花婿」を祝うため、男だけが集まって開催される、バチェラーパーティなる催しモノがある。アメリカだとストリッパーなんぞを呼んで陽気に「最後の女遊び」? をするらしい。
だから、鈴木くんを祝ってエッチなパーティをしよう、と言い出したのは、他ならぬ我が姪である。
私はもちろん、この跳ねっかえり娘をたしなめた。
一つ目。
いくら桜子が男子みたいな見た目をしていても、やはり女の子。しかも花の女子高生にして、義理の妹になる人である。独身最後のバカ騒ぎをするにしても、桜子をそのパーティに参加させるはずがない。
二つ目。
この手のパーティというのは、学校の同級生や職場の友人と言った「悪友」たちを招いてやるのが相場である。鈴木君は確かに私の昔の教え子……庭野ゼミナールの塾生だったけれど、だからこそ、その手の「エッチなパーティ」に参加するのは、適当でないかもしれない。「ハメを外して」という当初の目的が、遠慮のために達成できないではないか。
三つ目。
鈴木君本人の性格からして、その手のバカ騒ぎ、あんまり好きじゃないだろう。というか、自分をダシにして、エッチなパーティを敢行しようと知ったら、軽蔑されるかも。
「そっかー」
「というか、そもそも梅子と鈴木くん、婚約さえしてないって」
「ううん。確かに、そうなんだよねー」
「そもそも、年頃の女の子が、男の風俗遊びに興味を持つもんじゃ、ありません」
「うーわ。タクちゃん、アタマ、かたーい」
「一番身近にいる男の保護者は、少しアタマが固いくらいで、いいんです」
「自分たちは、楽しむ気まんまんのくせして」
「まんまん、じゃないよ。てか、桜子、女の人の裸を見て、何が面白いわけ?」
「いや、別に面白くないよ」
「じゃあ桜子、一体、何がしたくて、バチェラーパーティとか言ってるわけさ」
「ピザ食べたい」
「は?」
「ピザ食べたい」
周知の通り、桜子の父親は石巻漁港の職員さん。日本第三位の水揚げを誇るこの漁港では、様々な魚介類が取引されるけれど、こと秋には質量ともに豊富になる。で、この二カ月ほど、庭野家の食卓には、これでもか、とばかりに魚が並んだ。桜子の母親は産婆さんで、料理のレパートリーが人より少ないということもないのだけれど、自分の仕事もあることではあるし、台所に持ち込まれる魚介類が新鮮なことでもあるし、素材にあんまり手を加えない、和食ばかりが続いていた。
「それと、ピザとバチェラーパーティの三題噺、どう結びつくんだよ」
「だーからー。その結婚式前のパーティって、アメリカが本場なんでしょ? つまり、やるとすれば、テーブルにはアメリカの料理が並ぶのかなあって思ったわけ。ハンバーガーとかフライドチキンとかピザとか」
「それ、本当に本場アメリカ料理なの? 単にチェーン店があるファーストフードじゃ?」
「ファーストフードでもいいよ。とにかく、もう二カ月も魚続きだし、飽きたの。飽き飽きしてるの。たまには洋食食べたいの」
「素直に、お母さんにそう言えばいいじゃん」
「ダメだよ。ああいえば、こういうタイプなんだから、魚、もう飽きたって言えば、せっかくお父さんが魚市場直通で持ってきてくれたのに、とか、洋食食べたいなら自分で作れ、とか言うに決まってる」
「自分で作れよ」
「ヤ、なの」
「はー」
「……で。バチェラーパーティっていう大義名分があれば、ピザ、いけるかなーって。でも、タクちゃんに、単に鈴木君をお祝いしましょうって言っても、バチェラーパーティやってくれそうもないから、エッチだよー……てところを、強調してみました」
「……今度の日曜日、昼時に注文してやるよ。何がいいか、事前にメニュー見て、考えときなさい」
我が姪が突拍子もないコトを言ったりやったりするには、今日に始まったことじゃない。まあ、今さらだ。だから、塾講の合間、たまたま自動販売機前でたむろしていた西くん・渡辺くんに愚痴ったのも、たいした意味があってのことじゃ、ない。
けれど、なぜか西くんが、乗り気になった。
我が姪がビザに反応したように、西くんはストリッパーという魅惑的な言葉に反応したようなのだ。
鈴木君をダシにしないで、行きたきゃ自腹で、その手のお店に行きなさい……と私は苦言した。
けれど、「風俗遊びをしているところを彼女に見つかったら、こっぴどく叱られる」と西くんは及び腰だ。何か体のいい言い訳があれば……たとえば、友人の結婚祝いの余興だと言えば、許してもらえる「……かもしれない」ということらしい。
日曜日、図書室にゴロンと寝転がって、ピザをたらふく食っていた桜子にグチると、「西センセ、どーしようもない人ねえ」と呆れていた。
「お前がゆーな」と、私はそんな姪に呆れた。
一度憑りつかれたものを振り払うのは、ストーカーだろうが幽霊だろうが……エッチな妄想アイデアだろうが、大変である。
西くんは考えた。
考え込んでしまった。
いつもは講義の合間に渡辺くんとバカ話をしている彼が、珍しく考え込んだ。
いつもの野性味あふれるゴリラ顔もワイルドでいいけれど、瞑想するゴリラ顔も、別の意味で女子には魅力的に見えるのかもしれない。今日の西センセ、なんだカッコイイ、と理系ガールズが噂していた。木下先生が、西くんの様子がおかしい、と私に注進してきた。
彼は一生懸命、宴会余興のストリッパーのことを考えているんだ、と私は教えてやった。
西センセ、また脱ぐんですか? と理系ガールズは複雑な笑顔を浮かべていた。
いや、違うんだけどね。
マッチョ好きの素敵な彼女がいるのに、裏切り行為をするの? と木下先生や桜子といった女性陣が憤慨していた。
まあ、当たり前の反応だ。
塾での立場もあるから、西くんに少し自重するように、アドバイスする。
けれど、私が話しかけても、渡辺君が話しかけても、はかばかしく反応しない。
帰りの仙石線の中では、渡辺君相手に「恋愛と性欲は別モノ」だから、ストリッパー観賞は浮気じゃない……とグダグダ独り言を言っていたという。
そして、その三日後のこと。
とうとう西くんは閃いた。
「婚前講座を開講するッス」
塾長室にツカツカ入ってきて、デスクにバンっと両手を叩きつけたので、何事かと思えば、またストリップの話である。
どんだけ好きなんだよ、西くん。
「結婚直前男子に、結婚生活の心得をレクチャーする講座っす」
「パーティの代わりに、勉強か。なんか、いかにも日本っぽい」
「いや。ちゃんとアメリカの伝統も受け継ぐッス。レクチャーの後の打ち上げで、ストリップ見に行くっす」
「なら、パーティでも、いいじゃん」
「……マジメな講座のほうが、彼女に許してもらえる確率高いと思うっす」
「はー」
西くんの苦肉の策を、一応、鈴木くんに伝えてみる。
「でも僕、プロポーズもまだ、なんですけどね。第一、その大学生アルバイト講師の人たち、面識ありませんし」
鈴木君は全くやる気がなさそうな返事をくれたのだった。
講義の後は国分町に乗り出すため……という西くんの野望のため、「婚前講座」は仙台のカルチャースクールの空き教室を借りる。
「ズバリ、テーマは、男の色気」
「婚前講座っていうから、貝原益軒の『女大学』の男バージョンでもやるのか、と思ったよ」
横から茶々を入れてきたのは、オブザーバーとして参加の妹尾先輩である。
「妹尾先輩も、ストリッパー目当てですか?」
「まさか。僕は恐妻家だよ」
江戸時代と違って、結婚の心得も、体験談も、さらには離婚のハウツーまで、どんな情報も書店やネットで拾える時代である。
『男大学』は、いらない。
私は、妹尾先輩に尋ねた。
「既婚ウン年の大先輩としての、アドバイスはないんです?」
「うーん。夫婦生活と、金銭関係は、全くの別物。カネの貸し借り、その他金銭にまつわることは、あえて他人になり切って、やるべし」
「それって、夫婦生活を友達関係に置き換えても、通用しますね」
「友達関係より、ずっとシビアだけどね。妻の借金が夫に降りかかってきたりするんだから」
西くんが真剣なゴリラ顔で言う。
「男の色気、語りましょうよ。グズグズしてると、ストリップ観賞の時間、短くなるっす」
ちなみに、本講座のリスナーは、鈴木君1人だけ。
他の面々が全員講師陣、という構成である。
トップバッターは妹尾先輩。
早速、生徒さんは質問する。
「はい。妹尾先生」
「鈴木君、どうぞ」
「男の色気って、なんですか」
「さあ? ま。江戸時代の川柳にあるけどね。惚れ薬、佐渡から出るのが、イッチ効き」
「なに、それ」
ポテトチップスコンソメ味をバリバリかじりながら、頓狂な声を上げたのは、我が姪である。というか、桜子、なんでついてきてんだよ。
「……今日の講座、ピザ、出ないぞ」
「いいよ。お姉ちゃんから、お小遣いもらうことになってるから。今日の私、スパイ」
鈴木君が正直に、梅子に今日の「ストリップ付き婚前講座」の話をし、未来の旦那様が「悪い遊び」に誘われないように、お目付け役としてきた、という話だ。
「鈴木君、誠実な人なんだね」
感動する私に、すかさず桜子がツッコむ。
「妹尾センセと同じで、恐妻家じゃないの」
その妹尾先輩が、ゴホンゴホンと咳払いして、続きを話す。
「川柳の話に戻れば、佐渡には金鉱脈があって、江戸時代には金山として有名だったんです。日本史で勉強しませんでしたか? で、つまり、カネこそ一番のモテる薬である。要するに、金持ちはモテるよって話」
「わー。身も蓋もないなー。てというか、今日、西センセがやるレクチャーって、そういう意味の色気じゃないでしょ? もっとこう……そう、一人漫才アプローチの裏返しっていう意味でなら、肉体的な魅力とか、そーゆー話をするんじゃないの」
いきなり鋭い指摘をされて、妹尾先輩は言葉に詰まった。
「……西くん?」
「サクラちゃんの指摘はもっともですけど、これが難しいッス。現代ニッポンで、男の裸をエロい目で見てるのは、ゲイの男だけって言ったりしますね。女性には男のハダカに対する審美眼がない……あるいは、男の裸を見て欲情する女の人っていうのは、例外中の例外で……本当は欲情しているのかもしれないけど、言葉に出して言う人は、いなかったって」
「ほう」
「彼女の受売りっス」
西くんの彼女は、このラガーマンの筋肉に惚れこんで交際を始めたという、名うての筋肉フェチOLさんである。大胸筋や二の腕の魅力を、誰にでも赤裸々に語るというから、数少ない例外の一人、と言えるだろう。
一袋目のポテチを完食し、今度はかっぱえびせんに取り掛かり始めた桜子が、「はい、はい」と手を挙げる。
「確かに、同級生女子を見まわしても、筋肉フェチな女子って、ほとんどお目にかからない。けど、そういう特殊例だけが、エロ話をするわけじゃないでしょ。シモネタ好き女子って、普通にいるよ?」
「桜子。それって、話の流れ的な意味でのエロ話? つまり、男の裸のエロさをあれこれ言うっていう意味で?」
「うん。腐女子の人たち」
妹尾先輩が、遠い目になって言う。
「彼女たち……腐女子ちゃんたちは、画期的な存在なんだよ」
「は? 画期的?」
「その昔……そう、僕らの篆刻の師匠、東海林師匠が若かりし頃。女性が性的なことを語るのは、タブーとする風潮があった。そういうことを語ったりするのは、はしたない、みっともない、良家のお嬢さんがすることじゃない」
補足しよう。
「年頃の女の子……サクラちゃんがいる場で話すようなことじゃないんだけど、まあ、本来、これはバチェラー講座なんだから……花婿の悪友エトセトラしか参加しないようなレクチャーなんだから、言ってしまいますよ。
その昔、週刊誌か何かで、女性に対しての下世話なアンケート特集をした記事、読んだこと、ありませんか?
ズバリ、自慰したことがありますか……オナニーとか、してますか?
しているとすれば、週に何回くらいですか? とか」
「うわ。ホントに下品。タクちゃんがお姉ちゃんにベロンベロンに酔わされた時くらいしか、聞いたことないくらい下品」
「桜子。私、ベロンベロンに酔っ払ったって、そんなこと、言わない」
「まあまあ、お二人さん。続けるよ、桜子さん、庭野くん」
そのアンケートの結果、驚くべきことが、分かった。ほとんどの女性は、そんなこと、したことナイ、と答えたそうな。アンケートを真に受けて、ということもないんだろうけど、当時の男性作家の中には、『女性には性欲なんてモノ、あるんだろうか?』と真面目に発言したり、考えたりした人も、いるそうな。
「で。同じ女性として、このアンケート結果、どう思うかな、桜子くん?」
「ウソつき」
「僕も、そう思うよ。というか、令和の今になって、同じアンケートをしたら、大幅に違った結果が出てくるんじゃないかな、と思う。同じアンケートの男性版の答えは、百人中99人が98人かが、オナニーしてるよっていう答えだったらしい。で、男性版ほど高い割合じゃないにせよ、ほぼゼロっていうのは、有りえないんじゃないか」
「……つまり、その、昭和の時代の女の人は、皆、結託してウソをついてたってこと?」
「結託はしてないだろうけれどさ。そういうことを、普通のご婦人は、公の場では言ってはいけない雰囲気がありました、と。そういう社会の風潮だったってこと。でも、今は全然違う。話を元に戻せば、腐女子ちゃんたちね、ホモ行為を描いた同人誌っていう形ではあるけれど、立派に自分の性欲を語っているわけです。また男性向けのエロ本がオナニーの『おかず』として利用されているっていうのの、カウンターパートとして、女性向けの同人誌だって、あんまりあからさまにいう人はいないだろうけど、やはり『おかず』として使われてるんじゃない? だとすれば、昭和のご婦人たちが、語るに語れなかった『女だってオナニーするよ』っていう事実を、腐女子ちゃんたちは、あからさまに肯定している、とも言えるね」
私も、妹尾先輩の言葉に一言添えた。
いいか悪いか、という問題じゃなく、そういう時代になったってことね。
「……庭野くん、ありがとう。で、ステレオタイプな女性像を押しつけられる必要がなくなった年頃の女性たちには、福音でしょう。これがフェミニストや女権主義者のような人たちでなく、女オタクのお嬢さんたちの創作活動……というか、描きたいことを描いて何が悪いっていう、開き直りの結果っていうのは、ある意味、興味深い」
桜子が、下品にゲップしながら、言う。
「……男の色気の話」
「そうだった。西くんの話だと、昭和の昔から、男の裸に審美眼を持つのは、ゲイの人たちだけっていう話だけれど、今は加えて女オタクの人たちも、その資格はあるよ……と言えないかな、と」
「ほう」
「で。庭野くんが女の子に伝授した一人漫才アプローチを真似れば、男子向けには、薔薇営業って、ところかな」
「薔薇営業?」
「百合営業の男性版。百合営業っていうのは、女性声優さんなんかがやるのが有名だけれど、要するに、女性同性愛者っぽい言動をすることで、ファンの男たち……この場合は、男オタクの人たちの気を引くっていう、テクニックだね。それが人気に直結してるんなら、宣伝・営業っていうべきでしょうね」
「ふーん。てか、初めて聞いた」
「そりゃ、薔薇営業っていうのは、僕が今とっさに造語した言葉だから。……要するに、男の人が、女性の前で……あるいはゲイの人たちの前で、男性同性愛者っぽい言動をして、セックスアピールしてみせるっていう方法ですね」
「女性声優さんのやるのの、男性版かあ。いかにも、日本的」
「そうとも言い切れません。アメリカでは、男性同士の親密過ぎる関係を言うのに、ブロマンスなんて言い方をします。ブロBRO(=兄貴)と、ロマンスを足した言葉です。英語でもしかるべき言葉があるんですから、ある意味、万国共通の色気アピール、と言えるかもしれません」
「アメリカでも、百合とか薔薇、とか言う言い方、するのかな?」
「さあ? 庭野君の一人漫才アプローチが、実際に肌を晒すんでなく、その代わりに『しゃべくり』と『ジェスチャー』で、思わせぶりな雰囲気を作っていくのと同様に、この薔薇営業も、実際に男同士でキスしあったり、チンチンを触りあったりする必要はありません。
ずばり、話芸です。
一人漫才アプローチっていうのは、本来2人でやる話芸を1人でやっているんであって、基本は「漫才」です。同じように、薔薇営業も、男性2人の『しゃべくり』芸の一つに分類できます。つまり、これも又、漫才芸の一種……発展型と言えます。
つまり、すべての色気は、漫才に通ず。
ビバ! マンザイ!」
妹尾先輩は、最後の掛け声とともに、両手を高々と掲げたポーズをとっていたけれど、いきなり容儀を正して、頭を下げた。
「ご清聴、ありがとうございました」
鈴木君が、パタパタと気の抜けた拍手をする。
「妹尾センセが言いたかったのは、要するに、最後の一言なんでしょ」と桜子は結論した。
「素朴な疑問なんですが」教室最後尾でお茶の用意をしていた渡辺君が、言う。「男子のセックスアピール……色気っていうのは、その、ホモ演技以外に、ないんでしょうか?」
「それは、世の女性が、男の裸をどう語っていくか、によるでしょうね」
女性自身が、自分のオナニーをしているという事実を公に表明できなかった時代には、「男の色気」やモテ・ポイントも、金銭だのステイタスだのファッションだの、直接は裸に関係しない何か、として語られてきた。今、腐女子さんたちがホモを語り出して一歩前進し、その前進に合せて「男の色気」の出し方も変化してきた。
「昭和の昔に良家のご婦人方、平成を通して腐女子ちゃんたちの活躍ときて、令和にはさらにガラガラポン、と変わっていくような気がします。兆候は少しずつ現れていて……たとえば、結婚観」
最近のブライダル会社のアンケート調査、知ってますか?
「これまで、女性が男性への結婚のための条件として、上げてきたモノの優先順序、が変わってきているそうです。前は、社会的地位や収入なんてモノだったのに、令和になってからは、容姿がトップに躍り出ている、という。就職や昇進に男女平等というのが少しずつ浸透してきたせいもありますし、日本が30年もの間不景気なせいもあり、結婚願望の女性が男に甲斐性を求めなくなってきて……カネも地位も期待できないなら、せめてカッコイイ男を、ということだとか」
「それで?」
「それで……週刊誌のグラビアモデルの紹介コメントにスリーサイズが載るように、見合いの釣り書きに男の色気を数値化したモノが載る日が、すぐそこまで、来ているかもしれません。ホモ好きな腐女子ちゃんたちの願望が今後なくなることはないし、昭和のご婦人たちの身体以外へのこだわりもあり続けるだろうけれど、さらにもっと露骨に、男の裸の良し悪しを論じる時代が、到来するかもしれない。薔薇営業とかでなく、ストレートに、そう、女性がバストやヒップをアピールするような感じで、男性が身体的な色気を気にする時代が」
今まで黙ってやり取りを聞いていた西くんが、満を持して言った。
「自分、そういうことなら時代を先取りしてるっす。筋肉なら、たいがいの男に負けない自信、あるっす」
二の腕を曲げて、力こぶを作ってみせる。
私は肩をすくめて言った。
「いや。だから、世の女性の皆が筋肉好きとは、限らないよ。たとえ露骨に男の裸を語る時代が来てもね」
世の男どもが皆トランジスタグラマ好きなわけじゃないっていう事実から類推すれば、分かり切ったことだ。そう、どこもかしこもでっぱりのないロリ体型・貧乳ガリが好きだ、という男もいれば、おっぱいさえ大きければ相撲取りみたいな体型でもいい……なんていう紳士もいるだろう。また、「標準的な」男子が好むトランジスタグラマ女性の対比として「標準的な」女子が好む男性体型「細マッチョ」があるとする。
じゃあ「マッチョ女」というニッチなカテゴリーの男性版はどうなるのか?
「タクちゃん。そんなことを言ってたら、キリがないよ」
「この手の会話に普通に混ざってこれるのが、適応力高いというか、逆に心配だよ、我が姪よ」
鈴木君がフト気づいて、西くんに尋ねた。
「婚前講座のテーマとして、男の色気、なんて言う、既婚男には必要なさそなのを選んだのは、もしかして、筋肉を語りたかったから、ですか?」
図星だったらしく、西くんは照れくさそうに頭をかいたて。
「レクチャーすることになっても、実際に教えられるコト、なさそっスから。妹尾センセみたいに、実際に既婚者なら体験を語れるし、庭野塾長みたいに、屁理屈得意なら、一ひねりか二ひねり、ひねった話もできるでしょうけど……自分、語るべきことが、ないッス。で、結婚には直接関係なくとも、自分が絶対に自信を持って語れることってなると、筋肉しかないかな、と」
渡辺くんが、呆れて肩を落とした。
「で。筋肉を語るための呼び水として、男の色気、か」
「ちょうど、塾長が、一人漫才アプローチ……女の色気の話、してたッスからねえ」
「なるほど」
鈴木君は、何に感心したのか知らないけど、深くうなずいた。
「鈴木さん。納得がいったところで、女の色気の勉強に、行かないっスか?」
「女の色気の勉強?」
「ストリップ観賞っす。正統派バチェラーパーティの余興ッスよ」
渡辺先輩も行きますよね? と西くんは先輩も道連れにしようとする。
「いや。僕、彼女いるし……てか、桜子ちゃんっていう監視もいるし……そもそも、塾長、今日の講座の参加者みんな、彼女だの奥さんだの婚約者だの、いますよね?」
桜子が目を三角にして、私を牽制する。
「タクちゃん。ついていったら、プティーさんや木下センセや塾の女子生徒の皆に、バラすからね」
妹尾先輩が、まあまあと桜子をなだめた。
「庭野君は、絶対に行かないよ。僕が保証する」
「さっすがー。妹尾センセ、頼りになるー」
「ていうか、全員、行けないんだけどね」
西くんは、鼻息荒く反論した。
「自分ひとりだけになっても、行くっス」
「仙台のストリップ劇場、だいぶ前に全部、廃業しちゃってるんだよ」
「えっ」
こうして、西くんの野望は、あえなく潰えた。
「正義は勝つ」
一方的に勝利宣言した桜子が、どうやってコンタクトをとったのか、西くんの彼女に告げ口した。
次のアルバイト講師の日、「自分も恐妻家の仲間入りっス」と、何やら顔にひっかき傷をつけて、西くんは出勤してきたのだった。
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