第11話 嫁姑・蜜月大作戦
婉曲なことをしてないで、直接、シュウトメさんアタックだ。
ヨコヤリ君の仲介で、富谷さんはヨコヤリ・ママとデートすることになった。
「ちょっとした買い物ね。普段着でいいわよ。社交界にデビューするんじゃないんだから、そんなに緊張しないで。私、あなたを取って食ったりしないわよ」……などとヨコヤリ・ママはいらぬお節介……いや、心配をしてくれたそう。ちなみに、デートの口実は、ヨコヤリ君へのクリスマスプレゼント購入。富谷さんは休日を一日潰すつもりだったらしいけど、ヨコヤリ・ママは平日放課後を指定してきた。富谷さんは部活を休んで、シュウトメさんとつきあうことになった。
普段はジャージの富谷さんには、デート服がない。いや、正確には、男装用のスーツのたぐいしか、デート服はない。身長や体格の関係で、桜子たちが服を貸す、というわけにもいかない。カワイイ恰好は、どーみても向かない富谷さんのために、レディースのスーツを新調することを、我が秘書木下先生が提案してくれる。20代の新卒から、60代70代の淑女まで、ビジネス用途に広い年齢層に着られるからこそ、スーツは体型補正に優れているそう。もちろん目上の女性と出かけても、失礼には当たらない。木下先生のいきつけのブティックは仙台市内だそうで、デートの他に、一日潰して富谷さんは買い物するはめになった。ここ数年の貯金を叩いて、富谷さんは靴からストッキングから、一式洋服をそろえた。税込みで10万円、富谷さんには痛いってレベルの出費ではあったけれど、値段ぶんの効果はあったようだ。木下先生がナチュラルメイクを施すと、富谷さんは立派に「いいオンナ」に見えた……ただ、女子高生というより、30手前のキャリアウーマンという感じではあったけれど。
まあ、高校生の母親と連れ立って出かけるのには、不都合でない。
オトコみたいな女、というのが富谷さんのマイナスイメージだったはず。
これでヨコヤリ・ママも一応の満足はするだろうと、塾講師一同で富谷さんを送り出したのだけれど……裏目に出た。
待ち合わせ場所、大街道のゲームセンター、セガワールドに行くと、ヨコヤリ・ママは、なんちゃって制服で仁王立ちしていたのだ。
ヨコヤリ・ママは、富谷さんの恰好が、たいそう気に入らなかった。
TPOに合わせて、大人と分からないように化けてきたというヨコヤリ・ママは、膝上20センチのミニスカートに運動靴、ナイキのボストンバッグをぶら下げて、すっかり運動部所属の女子高生になり切っていた。自分の容姿が若いことに相当の自信があるのか、この秋、古川さんから譲り受けた青いリボンで、髪をやたら大きなお団子ヘアに結い上げてもいた。
後に知った、ヨコヤリ・ママのシナリオ、というか魂胆。
息子の「彼氏」に、買い物につきあってくれと、「無理やり」誘われた。いつものママさんルックでは気後れすると言われて「無理やり」女子高生の制服を着せられた。でも、あれ? 「無理やり」だけれど、私、実はかわいくない? 女子高生の恰好、全然不自然で、なくない? ……というのをフェイスブックに載せるつもりだったのだ。あとは、フォローワーの人たちから、「本物の女子高生に見える」とか「連れの女子高生より若い」とか、賞賛と拍手の嵐が来る予定だったらしい。
「ミホちゃんなら、空気を読んでくれたのに」
丸森さんをダシにして、ヨコヤリ・ママは延々とウラミ節を垂れ流した。
大枚はたいてスーツを買い、ようやく姑好みの嫁になれたと思っていた富谷さんは、当然むくれた。さっさと買い物をして、この不愉快なランデブーを終わらせるつもりだった。ヨコヤリ・ママ自身、ご機嫌斜めだった。けれど、なぜか「せっかくゲーセンに来たんだから、遊んでいきましょう」と、このなんちゃって女子高生は言う。富谷さんはとても遊ぶ気分ではなかったけれど、渋々つきあうことにした。
一介のママさんとは思えないほど、ヨコヤリ・ママはゲームが強かった。
クレーンゲームだろうがシューティングゲームだろうがUFOキャッチャーだろうが、富谷さんをコテンパンにやっつける。お手上げになった彼女にドヤ顔を見せつけると、ヨコヤリ・ママは、そこらをウロチョロしていてた男子小学生たちに、挑戦した。反射神経と慣れは、対戦相手のほうが、上手だった。けど、それでもヨコヤリ・ママは勝利を重ねた。
「オバサン、つええなあ」と感心する洟垂れ小僧に、「オバサンじゃないよっ。お姉さんとお呼びっ」と一喝すると、完膚なきまで叩きのめす。目ぼしい対戦相手がいなくなっても、ヨコヤリ・ママは腰を上げようとしなかった。
しかし季節は冬である。
ネオンサインはいつまでも輝いているが、日の暮れるのはあっという間なのだ。
富谷さんは帰りたかった。ヨコヤリ・ママを促した。
「……いつもなら、ちょいイケメンの男子高校生グループが、来てんのよ」と、このなんちゃって女子高生は言い放った。高校生にナンパされるのを待ってると知って、富谷さんは開いた口がふさがらなかった。
唯一、そんな姑さんと趣味があったなあと思ったのは、蛇田のイオンに移動して、専門店街でプレゼントを買う算段をしているときである。富谷さんは、少し高めの紅茶かコーヒー豆を、彼氏にプレゼントするつもりだった。ヨコヤリ君が官舎に遊びに来てくれる際、いつでも母親手作りのお菓子を喜んで食べていってくれるのを、知っていたからだ。悔しいけど、ヨコヤリ・ママそのひとも、お菓子作りの名人である。だったらオヤツに合わせた飲み物を……というのが、富谷さんの発想だった。つたなくはあるけれど、自分でもクッキーか何かを焼いて、紅茶と一緒にプレゼントするつもりでいた。
今回の「デート」でヨコヤリ・ママと仲良くなっていれば、シュウトメさんその人に菓子作りを習おうかなと、まで思っていたのだが……。
ウインドショッピングしているうちに、気が変わった。
やたらかわいい服を置いているアパレルショップを、二人は見つけた。
ヨコヤリ・ママ自身も、もちろん富谷さんも着こなせないような、コンサバでキュートな品揃えのお店だ。二人は吸い込まれるように、入った。
幼稚園児が着るようなスモッグに、フレアスカートをセットにしたマネキンが、空を見上げるようなポーズをとっていた。
これだ、と富谷さんは思った。
ヨコヤリ・ママも、何やらピンときたようだ。
そして、嫁姑一致で、フリフリの妹系ファッションが、ヨコヤリ君へのクリスマスプレゼントに選ばれることになったのである。
……ツッコミどころが多々あることは承知だが、今は、話を進めていきたい。
ショップの品ぞろえが気にいったのか、ヨコヤリ・ママはさらに買い物カゴを充実させた。「コスプレは別腹」と息子用に、ミニスカサンタの衣裳をチョイスしたのである。さらに「自分へのプレゼント」と称して、クリスマスパーティ用のド派手なカクテルドレスと、ハンドバッグを購入した。
せっかくだから……とヨコヤリ・ママは、手近なブラウスを掴んで、富谷さんの肩にあてがいもした。けれど、どうやらお気に召さなかった様子で、舌打ちする。次には、昨今のはやり、ムネのところがピーカブーになっているセーターを手にとる。パーカー、セーター、もういっちょうセーター、そしてブラウス。何度か試したあと、ヨコヤリ・ママはとうとう諦めた。
「ミホちゃんだったら、一発で似合ったのに」
またもや、丸森さんか。
丸森さん、丸森さん、丸森さん。
頭の中で何かがバクハツした富谷さんは、プイッとそっぽを向き、「帰ります」とだけ言って、アパレルショップを出ようとした。
「ちょっと待ちなさい」
「何か?」
「荷物持ち、してもらわないと、困るじゃない」
いつの間にかヨコヤリ・ママの両腕と足元に、数えきれないほどの紙バッグが並んでいた。富谷さんの怒りと不機嫌は、頂点に達していた。けれど、そもそも息子のプレゼント選びにつきあってと誘ってきたのはあなたのほうでしょ……と言われ、彼女は従わざるを得なかった。
ヨコヤリ・ママは、もちろん自分でも紙バッグを両手持ちして、言った。
「あーあ。ミホちゃんなら、電話一本で下僕を何人でも呼んでくれたのに。手ぶらで帰れないなんて、久しぶり」
ヨコヤリ・ママが息子の彼女に求めているのは、結局のところ、色気ではないかも……というのが、富谷さんの結論である。
女子高生コスプレやナンパの言い訳に使えて、下僕も調達できて、マスコット的に連れて歩ける従順な女の子。
もっと言えば、息子の彼女、そのものがいらないのかもしれない。常識人で少し短気な旦那さんさえいなければ、自分がオタサーの姫として、いや女王として、世のオトコどもの上に、君臨したいんだろう。
私は富谷さんのデート報告を受け、一言聞いた。
「じゃあ、一人漫才アプローチの修行、やめる?」
富谷さんは、首を横に振った。
「すべての道は、色気に通ず」
仮に、丸森さんみたいに、サークルの姫をやろうとすれば、何らかの意味で、色気は必須だ。
ヨコヤリ・ママのひととなりが分かったからこそ、意地でも色気で自分を認めさせたい……と富谷さんは、決心を新たにしたのだった。
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