第10話 丸森さんのヨコヤリ横恋慕

「喪男サークル、乗っ取られそうなんですけど」

 3回目のオフ会会場を決定すべく、授業の後、ヨコヤリ君を塾長室に呼び出した。彼は私の挨拶も待たず、いきなり切り出したのだった。

「なにごと?」

「丸森さんに喪男サークル加入申請の用紙をくれって、言われました」

「そんな紙、ないでしょ」

「ええ。ないって言ったら、じゃあ、次のオフ会に連れていってくれって、頼まれました。喪男全員にOKもらえれば、参加していいよねって」

「ウチが何をするサークルか、彼女は知ってるのかなあ。エロ本交換会なのに」

「確認しました。念も押しましたよ。そしたら……」

「そしたら?」

「私には、交換するようなエッチな本はないから、代わりにインスタにもツイッターにもあげてない、秘蔵の水着ピンナップをプレゼントする、と」

「彼女の取り巻きには、大変ありがたみがあるんだろうけどねえ。てか、その写真と交換で、エロ本をゲットするってこと、気づいてるんだろうか。知ってて、新規にコレクションでも始めたとか」

「サークルの下僕たちに下賜するつもりって、言ってましたけど」

「自分で利用する気はないんだね。姫、いったい、何がしたいんだろ。あ。サークルの乗っ取りって、言ったっけ?」

「本人自身が言ったことじゃ、ありません。でも……」

「でも?」

「丸森さん、ウチのサークルの喪男みたいなのが、すごく好みのタイプらしいんですよ。恋愛対象ってことではなくて、下僕としての、好みですね。なんでも、どーしよーもなくモテない喪男どもに崇拝されるのが、ゾクゾクするくらい好きだとか」

「ドS?」

「たぶん」

「病んでるなあ、丸森さん」

「丸森さんが姫として君臨するサークル、ええっと、自作パソコン研究会の面々も、もともとそういう男たちの集まりだとか。でも、ですね。パソコンオタクのみなさん、女子と話はかみ合わなくとも、昨今のハイテク機械の個人的サービスマンとしては、超・優秀ですからね。時折、丸森さん以外の女子と、ふつうに話す男子メンバーが出てきて、それが気に入らないって、言ってました」

「その程度で、嫉妬かよ。どれだけ独占欲強いんだ、姫は」

「僕も、皮肉っぽく、言いましたよ。気持ちが変わって、アキラちゃんの邪魔をしなくなればいいなって思いながら、つっけんどんに。そしたら、泣き落としされちゃって」

「ほう」

「僕の肩によろめいて、言うんです。……姫と呼ばれても、時折は疎外感を感じるんだ、と。パソコン用語はチンプンカンプンだったけど、サークルに溶け込むために、一生懸命用語の勉強をした。でも、丸森さんが覚えたての言葉で会話を成り立たせようとすると、みんなは、さらにハードルをあげてくる。もう疲れたし、寂しい気分。それでもチヤホヤされるのだけは、やめられない。ここは一つ、パソコン自作の下僕どもはキープにしておいて、新な崇拝者獲得に走りたいって、意向らしいです」

「ホント、はっきりとモノを言うね、姫」

「いえ。丸森さん自身は、もっと婉曲に、サークル加入したい動機を語ってはくれたんですけど。理系ガールズ6人衆の一人、白石さんが翻訳してくれて」

 理系ガールズ唯一の彼氏持ちにして、吹奏楽部員。純愛をモットーにする白石さんは、逆ハーレムの丸森さんのことを、あまりよくは思ってないらしい。

「ふーん。そういう点では、丸森さん、ウチのプティーさんとは、気が合うかもね」

「のんびりダベってる場合じゃ、ないでしょう。丸森さんが本当に加入したら、姫のお色気で、サークルの喪男たち、みんな持っていかれちゃいますよ。アキラちゃんが、今まで黙々と一人漫才アプローチの練習をしてきたのが、全部ご破算になっちゃいます」

「いや、なに、ヨコヤリ君。必ずしもそうなるとは、限らないよ。喪男サークルの面々は、みんなロリコンの気があるから。大人の女性が怖いっていうヘタレの集まりなんでしょ」

「確かに」

「富谷さんは、一般的な男子のストライクゾーンに入りにくいオトコ女ではある。けれど、喪男たちの琴線に触れないっていう点では、お色気姫である丸森さんだって、五十歩百歩じゃないかな」

「そうかな……そうですね。でも、そうだとしても、許せないなあ。わざわざ対抗馬をよこすなんて、フェアじゃない。僕、帰ったら、ママに抗議します」

「急いては事を仕損じる、だよ。丸森さんが加入したがってるの、本当に君のママの差し金かい?」


 陸上競技の練習というのは、みな、どれも地味なものだ。

 トラック競技に比べてフィールド競技のほうはなおさら地味で、シーズンオフの時期には、さらにさらに、地味になる。ということで、富谷さんは、毎日走り込みと筋トレにいそしんでいた。前にも言ったけれど、彼女彼氏の逢瀬は、ふだん、ほんの短い通学時間の間だけである。

 ヨコヤリ君に石巻駅まで送ってもらうために、我が庭野ゼミナールに来た富谷さんを玄関口で捕まえる。丸森さんの件を、彼女は当然知らなかった。

「ええっと。ボク、個人的ファン第一号をつかまえたし、結構楽観的な気分なんだけど」

「ファン第一号?」

 陸上部女子投てき・跳躍・短距離陣は、週一回、近所の日和山公園やグラウンド眼下の雲雀野海岸などに、走り込みに行くそうな。

「最近、毎回のように、ヘンなオッサンが練習場所に出没するようになって。日和山公園に行けば、石段の中腹で待ち構えてる。雲雀野の砂浜に行けば、堤防に腰を下ろして、じっとこっちを見てる。気持ち悪いストーカーがつきまとってるって噂になってたんだけど。この間、現物に初めて遭遇したんだよ。で、よくよく見れば、グラサンかけて変装したタカシ君じゃないか。そう、1.5次元のタカシ君」

 富谷さんが陸上部員と聞いて、応援に来た、と彼は悪びれずに答えたとか。

「……短距離女子の人たち、冬練習の最中こそ、ジャージにタイツにウインドブレーカーだけどさ。ほら、試合のユニホームはビキニ型の過激なヤツだし、結構かわいい子そろいだし。彼女たちの誰かを目当てかなあって思ってたんだけど。ボクの追っかけって知って、みんなびっくりさ。ガードはいらないって言ってるのに、みんなで囲って守ってくれて。タカシ君のほう? 投てきのイカツイお姉さん先輩たちに囲まれて、すごくキョドってた。遠巻きにして見守ってた短距離の誰かが、携帯電話で男子を呼び出してて。ボク? 当然助けに入ったさ。タカシ君は、なんせ、ボクのためのサークルの一員なんだし、元をたどればヨコヤリ君からの紹介だしね。あいにく男子部員がなかなか来なくって、警察呼び出すってパートチーフが短気を起こして。みんなをなだめるの、大変だったな」

「……ファン第一号の話、なかなかたどりつかないね」

「ええっと。タカシ君を解放するとき、ボクとのツーショットが欲しいって、ねだられたんだよね。後で教えてもらったんだけど、タカシ君、昔は結構年季の入ったドルオタだったとか。で、アイドルと一緒に写真を撮ったりするの、チェキとか言うらしいんだよ。彼、そういうノリで、ボクとの写真が欲しかったらしいんだな。でも、そんなの、知らなかったから。短距離のキレイどころを誘って、一緒に撮ろうかって、提案してたんだ。けど、タカシ君、ボクとのツーショットが欲しいって、強引で」

「おおっ。純愛だー、とか、からかわれたんじゃない?」

「違うよ。それを言うなら、浮気だーって、からかわれたよ。ヨコヤリ君っていう彼氏がいながら、他のオトコとチェキなんて。モテる女はつらいねーって言われて」

「ほほう。ひょっとして、仲間の部員たちに、嫉妬の目を向けられた?」

「よく分かんない。ただ、彼氏がいること、喪男サークルの面々には内緒だからね。バレないようにするの、大変だったよ。で、写真を欲しがるタカシ君に、聞いたんだ。ボクは筋肉女子で、オトコ女ですよ。ロリコン……いや、かわいい系の女の子が好きなんじゃないんですか? て」

「ほほう」

「黒髪ロングの童顔女子なら、光速のタケシくんに負けず劣らず、好きではある。でも、そもそも自分は3次元に興味がなくなってた人なんだって、教えてもらったよ」

 そう、7年のドルオタ人生を経て、彼は自分が空っぽなことに気づいた。毎年100万、計700万を「貢いだ」推しアイドルは、父親が誰だか分からない赤ん坊ができたとかで、電撃的に引退……いや、所属芸能事務所を解雇された。タカシ君に残されたのは、握手券消費済みのCDの山、若干の借金、そして無駄に費やした7年という時間と情熱への悔恨である。

「……3次元はこりごりって、タカシ君、今度は2次元に走ったんだ。そう、アニメとマンガ。でも、今度は、推しアニメの推しヒロインが、処女じゃないっていう設定だったらしいんだよね。フィクションでも夢を見れないのかって落ち込んだタカシ君、さらに次元を下げることにしたんだ」

「……1次元って、要するに、点と線、だよね」

「そう。さすがのタカシ君も、点には萌えられなかったみたい。で、少し戻して、1.5次元」

「1.5次元って、何?」

「ストーリーナシの、美少女イラスト。逆に、イラストなしの美少女ライトノベル」

「ライトノベルには、もれなくイラストついてるんじゃ」

「じゃあ、ライトノベルもどき」

「……そこから、チェキにいく流れが、分からないんだけど」

「君みたいな容姿と性格な女子なら、今まで彼氏とか絶対いたことないよね、だって。今度こそ、絶対に自分を裏切らないオトメを手に入れた、だって」

「失礼にも、ほどがあるね……」

「いいよ、庭野センセ。ボク、慣れてるから」

「てか、1.5次元のタカシ君も、処女厨だったのか……」

「モテない男って、みんな処女厨じゃないの? タカシ君には、落ち込んだ僕の次元を上げてくれる、次元の女神になってくれ、とか、なんとか言われた。その場で陸上部女子の仲間に相談したよ。最初はキショーとか、キモッて言ってた人たちも、ヤバくないって、心配しだして」

「そりゃ、そんな話を聞けば、みんな心配する」

「……話はようやく本題に戻るけど。1.5次元のタカシくんの性格なら、たとえ丸森さんが乗っ取りに来ても、彼女に乗り換えるってことは、ないんじゃないかなあ。姫に特定のいい人がいるっていう話は聞かないけど、彼女はとにかく、モテる人だから。少なくとも、ボクよりは、処女かどうか、疑う余地あるしね」

「なるほど」

 乗っ取りの心配はひとまずなさそうだけれど、それは、1.5次元のタカシ君に限っての話だ。それに、彼を攻略するのは……いや、彼と他の喪男たちを同時攻略するのは、大変そうだ。

「ハンパなく、嫉妬しそう」

「庭野センセ。妹尾センセの漫才講座、日曜にも開講できないって、聞いてみてよ。ボク、さっさと一人目の攻略をしたい」

「善処するよ」

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