彼氏に彼氏でいてもらうために、もう少し色気が欲しい女の子のための一人漫才アプローチ

木村ポトフ

第1話 プロローグ

「オトコ女だって、恋をするよ」

「それは、女の子に?」

「男の子にっ」

「サクラちゃん。ボク、自分で直接、相談するよ」

 次はボクたちの番、と恋愛相談に来たのは、よく知っている顔だった。

 我が母校の陸上競技部員一年、やり投げの選手にして男装の似合うイケメン女子、富谷さんだ。

 175センチを越える背の高さに、割れた腹筋。

 日に焼けた精悍な顔にぴったりの短髪、太い眉毛にしっかりしたアゴ。そうそう、運動神経も抜群だ。

 同級生男子からは、肩の凝らない気さくなタイプと思われていて、友達つきあいも広い。ただ、恋愛対象として意識されたことは、今までないのではないか?

「ははは。でも、ボク、ちゃんと彼氏できたよ。実は、庭野センセのおかげ」

「は? そんな世話、したっけかな?」

「ヨコヤリ君」

「は?」

「だから、ヨコヤリ君」

「ええっ……それって、ウソの恋愛じゃなかったっけ」

「それが、ウソが本当になっちゃった」

 彼女、富谷さんとヨコヤリ君に「嘘デート」をしてもらったのは、前回の相談相手、古川さんの恋愛成就手助けの一環として、だった。ヨコヤリ君のお母さん、ヨコヤリ・ママという人は、ストーカー体質でヤンデレ気質の人。息子への度を過ぎた溺愛が、私たちの作戦の邪魔になったので、一芝居打ってもらった、ということなのだけれど……。

「告白は、ボクのほうからしたよ。どーだ、男らしいだろ」

「いや……まあ……ねえ」

 偶然とは言え、いい「ご縁」を紹介してくれたのは、感謝している……でも、ウザイお母さん付で、ちょっと苦労しててね……と、富谷さんは、本当にウンザリ、ゲンナリした顔で語ろうとする。

「どーも、話が長くなりそうだね。立ち話もなんだから、かけて」

 姪と二人、塾長室に入れる。

 私が来客用の牛革ソファを指し示すと、富谷さんは、スカート姿にもかかわらず、大股を広げて、なんとも「男らしく」腰を下ろした。

 てか、私の座ってるところからだと、パンツ見えちゃってるんだけどね。

「お姐さん、お茶」

 我が秘書、木下先生に、やけにオッサン臭い仕草で、茶を要求する。そう、我が姪を「男の子っぽい」と形容するなら、富谷さんのほうは「オッサン」、この一言に尽きる。

 両ひざをキチンと揃えなさい、なんて行儀作法の先生みたいなことは、言わない。

 けれど、曲りなりにも彼氏ができたんなら、他の男子にパンツを覗かれないような工夫をしたほうが、いいんではあるまいか。

「そーなんだよねえ。それで、困ってるんだ」

「彼氏が、ヨコヤリ君が、そういうガサツな……失敬、ワイルドなところを、嫌ってるとか?」

「ううん。ヨコヤリ君は、そんなタイプじゃないよ。逆に、ベルばらのオスカルみたいで、カッコイイって言ってくれてる」

 フランス貴族の令嬢に例えるには、ずいぶんとオッサン臭い感じが……。

「で。彼氏と相思相愛になって、告白まで済ませた人が、何の恋愛相談なんだろう。あ。そうか。ヨコヤリ・ママ」

「最初っから、そー言ってるじゃん。サクラちゃんに聞いたんだけどさ、庭野センセの天敵なんだって?

 ウチのシュウトメさん」

「いや……まあ……ねえ。かみ合わないというか、斜め上の行動パターンについていけないと言うか。悪い人では、ないんだろうけど」

「その人に、交際、反対されてるんだ」

「あんまり気にしなくても、いいんじゃないかな。ヨコヤリ・ママっていう人は、いわばマザコンの裏返しみたいなコンプレックスを持ってて、息子さんを溺愛してるんだよ。別に富谷さんじゃなくとも、誰がヨコヤリ君の彼女になったって、反対する人なんだから。恋人が存在すること自体をとがめられて諦めるんなら、ヨコヤリ君、将来結婚できなくなっちゃうよ」

「それがねえ……色気がないのが、気に入らないって、言われちゃって」

「仮に、ヨコヤリ君に、色気むんむんのエロい彼女ができたなら、逆の文句を言ってるんじゃなかろうか。こんなAV女優みたいな娘、いらないって」

 富谷さんは、出されたお茶をがぶがぶ一気飲みすると、我が姪に発言を促す。

「それがねえ。タクちゃん、そうでもないみたいなのよ」

「と、いうと?」 

「ヨコヤリ・ママが、渡辺先生の理系ガールズと仲良しなのは、知ってるでしょ」

 渡辺啓介君は、我が塾のアルバイト講師をしてもらっている東北大学の学生さん。背の高いハンサムな彼目当てで、理系クラスではたしかに女子は増えた。けれど、我が理系ガールズ6人衆は、そんな浮ついた女子たちと一線を画す、本物だ。高校では二年から理系文系クラス分けが始まるけど、彼女たちは一年生のうちから、すでに我が塾で理系選択をしている。成績もよく、容姿もそこそこ目立ち、講師たちからの覚えもめでたい。ヨコヤリ君自身が渡辺先生のクラスで、しょっちゅう遊びにくるヨコヤリ・ママが仲良くなったのは、ある意味自然、ある意味必然かもしれない。

「でね。本当は、その理系ガールズの誰かを、息子の彼氏にしたかったみたいで」

「ほう」

「一緒にガールズトークをしていると、自分も女子高生に若返ったみたいな気分になって、いいんだって」

 高校自体が私服なので、様々なバリエーションの「なんちゃって制服」を着て来たり、マカロンだのクッキーだのお茶菓子を作ってきたり……いい年して、何をやってんだ、という話である。

 まあ、この手の話題は尽きないキャラ、ということだ。

「……ヨコヤリママ、みんなと仲いいけど、中でも一番仲がいいのが、オタサーの姫をやってる丸森さん。顔は、まあ、フツーの子なんだけど、ナイスバディーで、きわどいコスプレも平気でして、オタクたちのセクハラ・エロトークも軽くあしらえるっていう、ある意味完璧超人な女子なのよ」

 念頭に置いてる女子がいるとは、ちと厄介だな。

「でも、富谷さんは、どこまで行っても富谷さんであって、丸森さんにはなれないよ」

「そんなこと、ヨコヤリ・ママだって、百も承知よ。アキラちゃんには、アキラちゃんなりにいいところがあるって、よく理系ガールズたちに話してるって。でも、同時に、もう少し女の子っぽい女の子だったらなあって、言ってるみたい。一緒にお洋服を買いに行ったり、おしゃれな恰好をして、ホテルのレストランにお茶を飲みに行ったり、そーゆーことがしたいんだって」

「ほほう」

「ママ友にも、紹介できないって」

「ひどいなー。息子のボディガードも兼ねる、たくましい嫁です、とか何とか、言いようがあるのに」

「ちょっと、タクちゃん、それヒドい。ちゃかさないでよ」

「でも、性別を超えたカッコよさっていうのが、富谷さんの個性であり、売りじゃないの?」

 富谷さんが、再び桜子の話を引き取って、言う。

「今さら、女の子っぽい女子になれって言ったって、かわいい路線はムリでしょって、言われたよ。でも、そんならせめて、丸森さんの10分の1くらいでいいから、色気のある女の子になってほしいな、だってさ」

「うわ。……めんどくさそう」

 でも、恋人の母親というのは、恋愛においては、ある意味「外野」ではないのか。

 私が富谷さんの立場なら、勝手に言ってろと無視するところだが。てか、富谷さんの性格なら、強気で笑い飛ばしそうな感じだが。

「ボク、これまで、男子とつきあったことはなかったし、ヨコヤリ君と別れたところで、今後違う男子と異性交遊できるかって言われると、無理だと思う。つまり、これは、一生に一度のチャンスじゃないかって、思う」

「そんな悲観的にならなくても」

「ヨコヤリ君に、振られそうなんだ」

「その、まさか、ヨコヤリ・ママの横やりのせいで?」

「1週間前のことかな。部活の練習が早めに終わったから、ヨコヤリ君と一緒に帰るつもりで、庭野ゼミナールに立ち寄ったんだ。渡辺センセのクラスに行くと、ヨコヤリ君だけでなく、ママのほうもいた。運悪く、ちょっと前にボクにラブレターをくれた女子が廊下で待ち伏せしててね。返事が聞きたいって、問い詰めてきた。ボクに彼氏がいること、知ってるよね? て、改めて……そう、改めて、ゴメンナサイしたんだけど、当の女子は全く聞いちゃいなかった。……ムリやり、首っ玉に抱きついてきて、ボクのほっぺにチューしちゃったんだよ。そこを、ヨコヤリ君と、ヨコヤリ・ママに見られちゃって」

「女の子ほうが勝手にやったんだから、それ、不可抗力だよね」

「うん。でも、ヨコヤリ・ママ、すっかり興奮しちゃって。全然ボクの言い訳、聞いちゃくれないんだよ。その、男子みたいな身なりとふるまいと顔は、女子を次々とたぶらかすためで、息子のことは単なるカモフラージュじゃないのかって」

「男子みたいな顔って……理不尽だねえ。で、まさか、ヨコヤリ君のほうは、かばってくれなかったの?」

「キスしてきた女の子に、ちょっと嫉妬したって、言ってた」

「君の彼氏も、一筋縄ではいかない人だ」

「でも……でも、好きになっちゃったんだよ。やっと手に入れた彼氏なのに。最後のチャンスかもしれないのに……」

 ちょっと涙目になった富谷さんの背中を、桜子がさする。

「つまり、だ」

 正真正銘、富谷さんが男の子を好きなことを証明するために……いや、ヨコヤリ君自身、デートの時には女装するそうだから、パートタイム「男の娘」男子を説得するために、「男の子にアピールする」色気が欲しい、と……。

「アキラちゃんの言ってることまとめると、そーゆーことね」

「今まで、ヨコヤリ君、そんなこと言ったこと、なかったんだよ。絶対、あのババアが焚きつけたせいに、決まってるっ」

「まあまあ」

 古川さん向け恋愛作戦のときに、さんざん協力してもらった義理がある。

 誤解された場所が我が塾だったという経緯もある。

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