第8話「私を登録者10万人のYouTuberにして」と言われました。
ドアを開ける。やはりそこにいたのは宮城の母親だった。
「凪咲、あんたどれだけ私に迷惑をかければ気が済むの?」
その声はとても冷たい。反論など一切受け付けないと決めた声色だ。
「さあ戻りましょう」
そう言って母親が宮城の手を取った瞬間、パンと彼女はその手を振り切る。
「お母さん、私はそっちには行けない」
「……あんたいい加減にしなさい」
「私はもう決めたの。絶対に自分の人生に後悔したくない。たとえ明日交通事故になったとしても後悔しない人生を送りたい」
「まるで紗綾が後悔してたみたいに言うのね。あんたのそれもう聞き飽きたわよ。紗綾をダシにして自分の欲求を正当化しようとしているんでしょ。ほんと浅はか」
「お母さんこそ、自分の都合の良いように真実を捻じ曲げて娘の意志を奪うダシに紗綾を使っているじゃない」
二人はもう譲る気配がない。このままいったら確実に手が出そうな雰囲気だった。
「で、ウチの家族団欒を邪魔するお前は凪咲の一体なんなの?」
遂に矢印が俺に来た。
ここは正直に話すしかない。
「私は凪咲さんに頼まれて彼女がYouTuberになれるようにサポートをしています」
「私が聞きたいのは、なんでウチの家族の問題に他人であるあなたがしゃしゃり出ているの? ということよ」
それに関してはまあ確かにそうだな。これは家族それぞれの話で終始するべきであって、赤の他人の俺が口を出していいことじゃない。
どうせ俺と宮城の関係はYouTube関係だけだ。家族の問題に口を突っ込む道理は当然ない。
ただこれに関しては一つ対策を思いついていた。これを言ったら恐らく宮城に嫌われるけど、まあここまで来たから逃げるわけにもいかないし、最後にやってやるか。
「実は私と宮城は付き合ってます。そうだろ、凪咲」
嘘だ。思いっきり嘘だ。ただこれを受け入れてくれるかどうかで展開が変わる。
嘘だと分かったうえで乗っかってきてくれれば、多少の立ち位置は良くなるだろう。
宮城を見ると、俺のことを顔を真っ赤にしながら見ていた。
『わたしきいてない!』と口の動きで言っているようにも見える。
そして宮城はいったん深呼吸し、落ち着いて口を開いた。
「うん、私たち付き合ってるの。佑都は私の彼氏だから別にここにいたっていいでしょ」
彼氏か、嘘でもいい響きだな。
いや違う。こんな感傷に浸っている場合ではない。一刻も早くこの問題を解決しなくては。
「まあ交際しているからといって家族の問題に口を出す資格は無いと思いますが、娘さんの恋人として少しお話をするチャンスを頂けませんか?」
俺は頭を下げた。家族の問題に対して俺が何か発言するならこれ以外に道はない。
すると凪咲の母親は大きくため息をついた後、俺に言った。
「分かったわ。じゃあ話してごらんなさい。結論は変わらないと思うけど」
あれ、絶対断られるかと思ったのに意外と行けた。
よしよし、これは大きなチャンスを掴んだのかもしれない。
「凪咲さんは以前からYouTuberになりたいと日々思っていました。そこに関して、少しでも応援してあげたいという気持ちはありませんか?」
「そうね、まずは一言言わせて頂戴。ウチの娘の時間単価とあなたの時間単価は違うの。あなたはYouTubeとやらで遊んで時間を浪費しててもいいけど、凪咲は将来ウチを継ぐのよ。私の娘にそんな無駄な時間は使わせたくない」
宮城の母親はそう、淡々と言った。
一見突き放すような、もういやいや話しているようなそんな形に映るだろうが、なぜかその時の俺はそう思えなかった。
宮城の母親はそう、言うなれば俺を試しているような、そんな感じの言い方に聞こえたのだ。
もし本当に試されているのだとしたら、宮城の母親が納得できるロジックを組み立てれば納得してくれるかもしれない。
だったらやるしかないだろ。
「私と凪咲さんの時間単価が違うことは間違いありません。そこに関しては認めざるを得ないでしょう。ただYouTubeに時間を費やすことが無駄な時間の使い方なのかと言われると、それは違うかもしれません」
そう言って俺はスマホを取り出し、YouTube Studioの画面を見せた。
「私は登録者で言うと約1万2千人なのですが、このくらいの登録者レンジで再生数が平均1万回あれば、週に何回か動画を投稿したら15万円ほどの広告収益を得ることが出来ます」
「また企業がスポンサーなどに付いてくれれば1動画20万円ほどでの企業案件を受注できる可能性があります。こうなれば学生のマネタイズという意味では十分でしょう」
俺はスマホをしまい、宮城の母親を一心に見つめる。
「YouTubeという媒体を通して稼ぐことは凪咲さんの今後のキャリアを見据えても無駄なことでは無いと思います。更にYouTubeでの活動によってインフルエンサーになることが出来ればSNSのフォロワー数が資産となり、ビジネスをしていく中でも仕事の受注や人材としての信用力など、大きく彼女の助けになることでしょう」
「なるほど、まあそこに関しては理解したわ。ただ他のビジネスで役に立つほどのSNSフォロワーを得たり、収入を得たりするのは生半可なことでは無いはずよ」
「もちろんそうです。ただ私はYouTubeという媒体においてのみですが、1万というフォロワーを獲得し活動をしております。ある程度立ち回りのノウハウなどが解っているので、決して無駄な時間を凪咲さんに使わせないという自負があります」
「へえ、結構な自信があるのね」
宮城の母親はにやりと笑う。
「じゃ具体的に聞くわ。月に100万稼ぐには、どれくらいの登録者数が必要なの」
「登録者が10万人いれば、なんとかそのくらいはイケると思います」
「そう……」
そう言って、宮城の母親は何やら考え出した。
もしかして俺の説得は上手くいったのだろうか、いきなり考えたことだからつたなかったかもしれないが、俺的には頑張ったと思う。
そして宮城の母親が口を開く。
「そこまで自信があるのならやらせてあげても良いわよ」
「ええ、お母さんほんとうに!」
宮城が今にも泣きだしそうな顔で喜ぶ、ただまだ言葉には続きがあるようだ。
母親は俺をもう一度見て、試すような口ぶりで言う。
「1年間だけ、あんたの口車に乗ってあげる。だからそれまでに娘の登録者を10万人にして頂戴。あなたにそれが出来る?」
1年で10万人。相当難しい、というかほとんど無理ゲーも良いところだろう。
そこまで短期間で伸びるには何か一つ大当たりさせて登録者を稼ぐか、それともとんでもない大手のインフルエンサーに拾ってもらうかしかない。
そしてどちらも、トップクラスの実力と運が必要だ。
ただ俺はやるしかない。ここまでカッコつけて流石に逃げることはできない。
「分かりました。1年以内に凪咲さんを登録者10万人のYouTuberにします」
俺は決意を込めて言った。
これは宮城の母親にだけじゃない。自分の心にも刻むんだ。
宮城の母親が俺を見る。まだ終わっていないようだ。
「じゃあ、あなたは何を賭ける?」
賭ける……?
「どういうことお母さん」
「いやだって、これじゃ私だけリスクを負っているじゃない。こんな約束をしたところで、1年後できませんでしたごめんなさいだけじゃ流石に許せないわよね。そこまで出来るって言うなら何かこの男にも賭けてもらわないと」
一通り話を聞いた宮城は、母親に激昂した。
「何よそれ!佑都くんは私の為にここまでするって言ってくれたのよ!私にサポートしてもメリットなんて無いのに。なのにここまでやってくれてるのに……彼の覚悟に対してあまりにも失礼すぎるよ」
そうか、宮城はそこまで思ってくれてるんだな。でも違うよ。
俺にだってメリットはある。
だって俺は君のことが好きなんだ。君と一緒にいられるだけで天にも昇るほど幸せになれるんだ。だからこの状況を続ける為だったら俺は何でもする。
「分かりました。もし1年以内に凪咲さんを登録者10万人のYouTuberにできなかったら、私は高校を中退します。彼女が1年なら私は3年、時間を賭けます」
俺は言った。言ってしまった。
「……私にできることはこれくらいですが、いかがですか」
すると宮城の母親はもう一度にやりと笑った。でもその顔は人を馬鹿にするようなものでは無かった。俺を一人の男として見てくれているような、そんな表情だった。
「いいでしょう。じゃあこれで成立ということで、私は帰ります」
宮城の母親はそう言って、俺たちを背にして歩き出した。
ふと、足が止まり宮城を見る。
「この1年間、私はあんたを宮城家の人間だとは思わない。家の敷居は跨がせない。だから好き勝手やりなさい」
冷たい、冷たい言葉だ。
でもなぜだろうか。それを言う宮城の母親の表情はどこか愛に溢れているような気がした。
※
二人してリビングに戻る。俺が注いだコーヒーはもうとっくに冷たくなっていた。
「こんなことになっちゃって本当にごめんなさい」
宮城はソファで一人俯きながらそう言った。
「気にすんな、それくらいの覚悟を示さなきゃきっと宮城の母さんは納得してくれなかったよ」
俺はそう言って、ソファのはじに座る。
すると宮城が俺を手招きした。もっと近くに来て欲しいということだろうか。
宮城の隣に座る。すると彼女は俺の左肩に体重を預けてきた。
「ねえ、私たちまだ仲良くなってから1ヶ月も経ってないんだよ。何でそこまでしてくれるの」
「バカ、察しろよ」
「へへ、ごめん。でもそういう気持ちだけじゃきっとあそこまで言ってくれなかったはずだよね」
「お前が本気でYouTubeやりたいんだなって思ったからだよ。まあでも割に合わないことしちゃったなとは思ってるよ」
確かに、今考えると馬鹿な選択だったかもしれない。いくら好きな女の子の頼みだからとはいえ、授業をサボって他人の家族事情に余計な口を挟み、そして自分の人生まで賭けてしまった。
俺は本当に上手く生きるのが下手だ。馬鹿野郎だ。
「でも今は不思議と後悔してないんだ。宮城だからーとかそういうわけじゃなくて、単純に自分がやりたいことを行動に移せたから。別にそれが正解だとか間違ってるとかそういうんじゃなくて、きっとそういうことなんだと思う」
「なにそれ、全然意味わかんないんだけど」
そう言って宮城は笑う。
そこそこ広いソファなのに、二人で小さく纏まって。
「ねえ佑都くん、もし私が登録者10万人になったら何してほしい?」
「なんだそれ」
「だって不公平じゃん。佑都くんばっかリスクを背負って、達成しても何のご褒美も無いんじゃあまりにも可哀想」
宮城が俺の左腕にぎゅっとつかまる。
「私にできることならなんでもする。何してほしい?」
「うーん、そうだなあ」
「なになに? もしかしてえっちなこと?」
宮城はいやらしー、みたいな表情を俺に向ける。
馬鹿、そんなこと言うわけ無いだろ。
「じゃあ、10万人行ったら俺と付き合ってください」
宮城を一点に見つめながら、俺はそう言った。
遂に言ってしまった。
告白したのは2度目だったか。そういや今更嫌なこと思い出した。
去年好きだった女の子に告白してフラれたんだった。
馬鹿だったなあのときの俺、だって一回一緒に帰っただけでもしかして俺のこと好きなんじゃないかって思っちゃったんだ。
ただ帰り道がたまたま一緒だっただけだったのに。
告白した時怪訝な顔をされながら言われたなあ。
「あの時はそういう意味じゃ無かった」って。
もしかしたら今回もそういうことなんじゃないかって思う。
一人で勝手に勘違いしちゃって頑張っちゃって。
めちゃくちゃカッコつけてしまったのかもしれない。
でもフラれたときはいっちょ前にショックだったなあ。1日学校休んで寝込んだし。
フラれるの嫌だなあ。あのときは最悪しょうがないけど、でも今回は嫌だな。
だって俺本気で宮城のこと好きだし。
フラれたらどうしよう。俺もう立ち直れないかも。立ち直れなかったらどうなるんだろう。俺死ぬのか? ダメだ死ぬ勇気もないわ俺なんて。
馬鹿だ。何で勢いに任せて告白なんかしたんだろう。
無理やり気持ちをはっきりさせるくらいなら、もういっそ曖昧にしておいた方が……
「あの、今のお願いなんだけどそれ冗談で……」
「余計なこと言わないの」
何故か涙を流している俺の顔をハンカチで拭きながら、宮城は俺に聞いた。
「佑都くんは私のこと好きなの?」
「うん、好き」
「私と付き合いたいの?」
「ああ、目標達成したら付き合いたい」
「そっか、じゃあ……」
宮城は俺にぎゅっと抱き着き、耳元で小さくこう囁いた。
「私を登録者10万人のYouTuberにして」
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