第5話「さようなら」と言われました。
そこから、俺と宮城の動画編集塾が始まった。
毎朝学校に行く前までに課題のUSBを作り、それを学校に持って行く。
受け取った宮城はそれを放課後に行い、分からないことがあったら質問。これを繰り返し行う。
これから始めるチャンネルは所謂歌い手のチャンネルだが、だからといって動画編集技術がいらないかと言われればそうではない。軽い活動報告の為の編集、またサムネイル作成の為の画像編集技術。そして生放送の為の配信ソフトの説明。マイクでの録音方法など。
とにかく覚えることはいっぱいあるのだ。
現在、二人でこれを始めてから1週間が経過しようとしているが、宮城の成長は目を見張るものがあった。
これは1週間かかるだろうなあと思った課題を翌日にはもうこなしていたり、たまに来る質問もどんどんキレのあるものに変わっていったり、とにかく俺は、宮城の前向きな姿勢に少なからずとも感心していたのだった。
「ねえ、ここ画面全体を動かしながら一気にズームする方法ってどんなだったっけ」
「ああここは画面の複製機能を使ってやればいいんじゃない」
「でもテロップのところは動かしたくなくて……」
「なるほど、じゃあグループ制御でやりたいとこだけくくっちゃえば?」
「あーなるほど!うんできそうありがとう!!」
「いえいえ」
「あ、佑都くん!今日もよろしくね」
「おう」
まあこういう話の流れがクラスの中でもよく行われるのだが、こうなるとやっぱり周りの目も変わるわけで。
「おい、お前また宮城さんと楽しそうに何話してたんだよ!」
「なんだよ澤村。別に大した話してないよ。あいさつ程度」
「挨拶って……宮城めっちゃ楽しそうな顔してたじゃねえか。あれじゃまるでお前と話すのが楽しいみてえじゃねえか!」
「楽しくちゃ何がダメなんだよ」
「いやダメだろ!というかお前何どっからあんな仲良くなったんだ??」
「それは言えない」
「何でだよ!」
俺はYouTuberをやってることをあまり周りから知られたくはない。
まだ世間からの風当たりは強いからな。
そしてそう考えているのは俺だけじゃないはず。宮城もYouTuberを目指していることがバレたら少なからず嫌な気持ちになるはずだ。
だから俺らの関係も含め、この一連の流れは秘密にしようと思っている。別に宮城と決めたことじゃないが、あまりことを大きくしない方が良いだろうという判断だ。
ただ澤村をはじめ周りの見る目は結構敏感だった。
俺と仲良くしていることに関して驚いている女子と、訳が分からな過ぎて開いた口がふさがらないみたいな感じの男子。
俺としてはあの宮城と定期的に話せることになったのは嬉しい限りだが、どっちみち他の男子が羨むような展開になっていないことは間違いない。
そして俺が今の宮城に変な気持ちを持つことも何か間違っている気がする。
なぜならそう、今授業中にも関わらず熟睡している宮城
恐らく昨日も夜遅くまで編集作業をしていたのだろう。
前まで授業中に寝るなんてことは無かったのに今はこうだ。
つまり宮城はそれくらい自分の夢に本気だということ。
それならば俺が下心を持っている場合ではない。
少しでも彼女の助けになれたらいいと。最近はそう思っていた。
「おーい宮城、何やってんだ」
「は、はいすみません!」
「問2の答えは」
「あーえっと、なんだっけ」
大焦りしながら後ろの女子に聞く宮城。
「正解は墾田永年私財法です!」
何自信満々に答えてるんだ。
「お前なあ……まあいいか。最近集中切れてるから、気持ち切り替えてしゃんとしろよー」
「はい!すいません!」
元気に答える宮城。
動画編集に本気になっているのは嬉しいけど、なんかこれは違う気がするな。
後でちょっとそれについても話すか。
放課後、俺と宮城はいつも通り中庭で待ち合わせをし、いつも通り俺の家まで歩いていた。
「なあ宮城、お前最近夜ちゃんと寝てるか?」
「あーもしかして今日の見て言ってる? まあ確かに最近夜は寝てないけど、でもそれは動画編集のせいじゃないよ」
「ほんとか? 本気になってくれるのは嬉しいけど、でもそれで体調崩されたりとかしたらなんか俺も申し訳ないというか…そんな感じだからさ」
「あーうん、それは分かってるの。ごめんね気遣わせちゃって。私もバカじゃないから佑都くんに迷惑かけちゃうようなことは絶対してないよ。寝不足なのはただ……」
「ただ?」
そう俺が聞くと、宮城は笑った。
「ううん。別に何でもないよ!」
宮城は笑顔だった。ただ一瞬だけ、少しだけそれが作り物のような、嘘のような気がした。
俺は宮城の手をぎゅっと掴む。
「ちょ……佑都くんいきなり何? もしかしてこくは……」
「ちゃんと答えろよ」
俺がそう言うと、宮城も何か観念した様子になり、さっきの作り物の笑顔から覚悟を決めた表情に移った。
そして話し始めるとき、俺は彼女が少し涙を流しているのを見た。
「私ね…」
そのときだった。
「ここにいたのね」
後ろから声が聞こえる。振り向くと、そこには黒い大きな高級車と、そしてグレーのスーツを着た40代ほどの女性が立っていた。
何者だ……?と思ったが、その疑問はすぐに晴れることになる。
「ママ……なんでここが分かって」
ママ、だと。とするとここに立っているのは紛れもなく宮城の母親ということになる。
とすると何故ここに宮城の母親がいるんだ?
「さあ、さっさと帰りましょう」
「いや、まって私まだ……」
パン。
宮城の頬を叩く音。
母親とは思えない程の力加減だった。
母親はそのまま宮城の手を取り、強引に車に乗せようとする。
宮城は助けて欲しそうな目で俺を見つめている。
俺は一歩も足が出なかった。
もちろん家族の事情に手を出すべきでは無いと思ってしまったのもあるが
それよりもここで俺がしゃしゃり出ても何も解決しないだろうと思ったからだ。
ここで俺が何しようが、結果は変わらないだろう。
宮城が母親に無理やり引っ張られながら、どんどん距離が遠くなる。
車のドアが開く、彼女は俺を見て
「ごめんね」
そう言い残して宮城は車に乗り、どこかへ行ってしまった。
そしてこれ以降、宮城が俺に話しかけてくることは二度と無かった。
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