第6話「恥ずかしいんだよ、ばーか」と言われました。

まあそうだろうなと、今となっては思う。

そもそも都合が良すぎたんだ。学園一の美少女がこんな俺に話しかけてきて、手を握ってくれたり、頭を撫でてくれたり。


そんな幸せになれる人間では無いんだ。そもそもね。


戻ろう。いつもの日常に。


あの事件から1週間が経過した。もちろんその間宮城から話しかけられることは無くなり、俺はまた一人ぼっちになった。あーいや、正確には一人では無かったか。


「おい佑都、お前どうしたんだ? なんか突然宮城さんから嫌われたみたいだけど」


澤村がニヤニヤしながら聞いてくる。こいつほんとムカつくな。

友達やめようかな。


「マジでうるさい。いやもともと何も無かったから。ただもとに戻っただけ」


そう、帰るべき場所に帰っただけだ。

あの一件以降何の話もなしで無視。

きっと俺はいっときの慰み者にされたピエロに過ぎないんだ。宮城の中ではそれ以上でもそれ以下でも無かったということだ。

今思えば別にショックでは無い。


「お前話しかけに行った時も華麗に無視されてたよな。あんなの相当嫌われてないとされない芸当だぜ。お前さては襲おうとしただろ」


澤村が更に俺を煽ってくる。


「うるせえよ!何も知らねえくせにしゃしゃんなよ!」


あ、やべ……

つい大きな声をだしてしまった。

クラス全員が一瞬にして俺を見る。


「ごめん佑都、そんな怒らせるつもりじゃ……」


「あーいや、俺もごめん、言い過ぎた」


なになに今の、とクラスがざわつく。この前まで少し小気味よかった俺と宮城との噂も、今になってはもう最悪のガヤに聞こえる。

畜生、何で俺はこんなにイラついてんだ。


「佑都、でも俺さ、宮城さんはいくら怒っててもあんな無視するような人じゃないと思ってたぜ。もしかして宮城さんって案外性格悪いのかもな」


澤村が申し訳なさそうに俺をフォローする。

いや、そんなことは無い。


……ダメだ。俺はどう自分に都合よく捉えても宮城のことを悪く思うことはできない。


「違う、宮城はそんな奴じゃない」


「へ、なんだって?」


授業始めるぞーと、先生がガラガラとドアを開けて入ってくる。

俺は決めた。次の休み時間に宮城の隠していることを探してやると。



「ごめん、今ちょっと時間ある?」


「え、なになに急にどうしたの? 桜井君」


ビックリした様子で俺を見る女子たち。

そう、俺は今クラスの女子に話しかけているのだ。


しかも宮城がいつも一緒にいる。カースト最上位の女子グループだ。

皆俺が話しかけたことに対して驚きを隠せないようで、後ろの方で何やらひそひそ話している声が聞こえる。まあそうだよな、気持ち悪いよな。


「突然話しかけちゃってごめん、いやあのさ、宮城のことなんだけど、最近なんか変わったことあった?」


「うーん最近はそうだなあ、すっごい元気ないかな。ねえ桜井君ってちょっと前まで凪咲と仲良かったよね。もしかしてなんかあった?」


ギク、結構こういうときって女子鋭いよな。

まあでも疑われるのは当たり前か。

それよりも最近元気がないって情報は結構貴重だ。


「いや、特に何かあったとかは無いかな」


「そう、違うとしたら後考えられるのは親の関係かな」


親? そう言えば宮城も母親と会ってから様子がおかしくなった。

もしかして親からYouTube活動を反対され、それで悩んでいたのか?


「宮城の親って、結構厳しい家庭なの?」


「うんまあね。ほら凪咲って結構お嬢様じゃん。本人の気遣いでそうじゃないようにふるまっているけど、本来ウチの学校なんか来るべきじゃない程のお金持ち」


やっぱそうなんだな。だから宮城の母親は高そうなハイブランドのスーツを着ていたし、黒のドイツ車には運転手も乗っていた。恐らく家は相当金持ちなのだろう。


「去年まではそんな仲悪くなかったらしいんだけど、ほらあれがあったじゃんか」


「あれって何?」


「桜井お前何にも知らないんだね、ほら凪咲のお姉ちゃんがその、交通事故でさ」


そうか、確か宮城は去年少し学校行けてない時期があったって言っていたな。もしかして姉の交通事故の影響なのだろうか。


「それまで凪咲の行動にはあんまり口を出さなくなったらしいんだけど、お姉さんが亡くなってから凄い口うるさくなったらしくて、最近はずっとそれに悩んでたよ」


やっぱりそうだ。


「そうか、ありがとうな。変なことを聞いちゃってごめん」


俺がそう言うと、名前も知らないそのクラスの女子が笑いながらこう言った。


「いや全然いいよ。てかあんたら、この前まで何か一緒にやってたでしょ」


「え?」


「嘘つかなくていいって。だって凪咲話してたもん。やっと後悔しない人生に一歩踏み出せたって」


「そうか」


「どうしたの?」


「宮城、どこ行った?」


「さっき体調悪いって早退したよ」


「どのくらい前」


「ついさっき。走ればまだ間に合うかも」


「俺さ」


「なに?」


「急用思い出した。このお礼は必ずする、ありがとう」


そうして俺は走り出した。


後ろからさっきの女子の声が聞こえる。


「解決したらうちら全員にスタバ奢れよー」


おう、分かった。全員に幾らでもおごってやる。

だから今は俺が動かなきゃダメなんだ。行動しないと何も変わらない。


それはYouTubeでも現実でも同じなんだ。


そう言えばこんなに全力で走ったのいつぶりだろう。というか俺は今まで本気で走ったこと無かったかもしれない。

50メートル走でも出さなかったスピードで昇降口まで走る。きっといる。きっとまだ校舎からは出ていない。必ず追いつける。


頼む、もう少しだけ待っててくれ。


「はあ……はあ……」


昇降口まで着いた。残念ながら宮城の姿は無かった。

心がざわつく。

今日早退したってことは、明日からもう宮城は学校来ないんじゃないか。


そしたらもう、会えないんじゃないか。


「そしたらもう、告白できねえじゃん」


くそ、俺はいつもこうなんだ。何をするにも遅くて、いっつも手遅れになる。

テスト勉強も、夏休みの課題も。そして恋愛も。


気付くのが遅すぎた。なんて俺はダメな奴なんだ。


帰ろう、そう思った時だった。


『ゴトン』という音が聞こえた。恐らく俺の下駄箱からだ。

下駄箱には靴しか置いていない。だからあんな鈍い音はするわけ無いが……

もしかして


俺は一目散に走って、下駄箱の中を見た。


するとそこには、いつも見慣れたUSBが1つ。


「あいつ馬鹿野郎」


俺はPCをリュックから取り出して、すぐさまUSBの中身を見た。

するとそこには、俺がこの前の1週間だしてきた課題が全て格納されていた。


どれもこれも、全部100%完成している。

画面の複製もグループ制御も、テロップの特殊フォントも。OBSの設定からマイクとオーディオインターフェースの設定も。PhotoShopでのサムネ作成も見られるキャッチコピーの作成も。


そのすべてが完璧だった。一体どんな努力をしたらここまでこの短時間で出来るようになるのだろう。


そして最後に格納されていたのは『分からないところ』と記載されたtxt.ファイル。開いたらそこにはこう書いてあった。


『さよなら、今までありがとう』


俺はもう一度走り出した。

靴なんか履かないで、上履きのまま外に飛び出した。

もう知らないんだ。他人からどう見られても、どう思われてもいいんだ。何よりも俺は、今俺が心からしたいことをするんだ。


走りながら叫ぶ。


「どこだー!宮城どこだーー!!!」


「俺だー!桜井だー!」


俺の名前なんて叫んでも意味無いのに。

きっともう宮城はあの全然カッコ良くないメルセデスベンツに既に乗っていて、もう俺の声なんて聞こえないんだ。


だから俺が今やってることはきっと自分にとってデメリットしかないんだ。

俺明日からどうやって登校すればいいんだろう。きっと周りから白い目で見られまくるんだろうな。あれ、あの人昨日女の子の名前叫びながら走ってた人じゃない?

あら、青春ね、みたいな。


うるせえよ。黙れよ。いいだろ好きな女の子の名前叫んだって俺の自由だろ。

俺は今宮城を何としても見つけないと後悔する。だから可能性が0.1%でも走って叫ぶんだよ。


「宮城どこだー!宮城――――!!!」


ちくしょう、ダメだ。疲れて足が動かない。ダメだ。もうそろそろ息が切れてしまう。

そしたら俺はもう、走れる気がしない。これ以上踏ん張れる気がしない。


いいや、どうせなら、もう何でも。


「凪咲―――!好きだーーーー!」


どうせ聞こえちゃいないだろう。足が止まった。過呼吸が止まらない。

なんて不器用で下手な生き方してんだろ俺って。


バカだよな。もうちっと効率よく生きていけばよかった。


「誰が好きだって、このバカ」


後ろから声が聞こえる。

振り向くとそこには、俺の好きな柔軟剤の匂いがあった。


「恥ずかしいんだよ。ばーか」


その時の宮城は心からの笑顔と、ほんの少しの涙があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る