第7話「佑都くん私のこと好きなんでしょ?」と言われました。

「はい、これよく頑張ったで賞」


宮城がそう言って俺に渡してきたのは、白くまアイスバー。


「いやー授業中にコンビニで買い食いなんて、私初めてだよ」


「お嬢様だもんな、宮城」


「あーこいつ私が言われたくないこと第3位を言ったなーこんにゃろ」


そう言って宮城は俺のこめかみをグリグリしてくる。


「ちょ、痛い痛いから!」


「これに懲りたらもう言わんこと!わーったね」


「へいへい」


何でお嬢様って言われるの嫌なんだろう。まあでも宮城がそういう風に固定のキャラで扱われるのが嫌そうっていうのは少しわかるかもな。


コンビニの出口、灰皿の横で二人、立ちながらアイスを食べている。

授業中だしこれ誰かに通報されたら一発アウトだな。まあいいか、今はそんなこと。


「で、宮城は何でまだここにいたんだ? もう車で連れていかれててもおかしくないって思ってたけど」


「連れていかれるって私は宇宙人か!」


「いて!」


宮城が俺の頭にツッコミを入れる。


「トイレ行くって言って車降りて、そんでダッシュ」


「うわー宮城意外とワルいな」


「そんで走ってたら大声で私に告白してる人がいたから大急ぎでここまで来たってわけ」


「もういいよ俺のやつは」


「へへーだって佑都くん私のこと好きなんでしょ」


そう、好きだ。


「お前は……でも俺をずっと無視してたろ」


俺がそう言うと、宮城は急にしゅんとして、そしてバツが悪そうに俺を見つめた。

そして、深く頭を下げて


「ごめんなさい。あの時私……色々あって、その……佑都君を傷つけちゃった」


「別にいいよ。だって本心じゃないだろ」


俺はそう言ってUSBを宮城に渡した。


「これ見たよ。お前ばか野郎。完璧だよ」


「うう……佑都君ありがとう、ごめんね」


「じゃあ教えてくれるな。宮城と母親の間に何があったのか」


「分かった。ちょっと長くなるけど佑都くんに聞いてほしい。私の家族のこと」


こうして宮城は語りだした。自分と家族と、そして姉との話を。



幼少期、大手ゼネコンの創業者一族の娘として生まれた私は、自分の人生をこれでもかと呪った。

分刻みで決められたスケジュールの中で、私はよくわからない習い事を沢山させられていた。そろばん、英会話、プログラミング、そして取引先との挨拶の為のビジネスマナー。本当にくだらない。


でも、そんな私でも唯一心の支えになる人がいた。

それが姉の紗綾だった。


どんなにつまらないことでも、どんなに退屈なことでも、紗綾と一緒なら頑張れる気がした。

でも私と紗綾の才能は違った。私はそういう習い事に興味が持てなかったからか、全然成績が伸びなかったが、対して紗綾は非常に才能に恵まれ、何度も賞などを取っていた。


別に羨ましいとか妬ましいとかは思ったことがない。ただ私は、そんな色んな事に真剣に取り組めて、興味を持てて凄いなと思っていた。


私は義務感で習い事をやらされ、姉は楽しんで習い事をやっている。なんだかそれだけはうらやましいと思った。


そんな私と姉を見てウチの両親は後継者に姉を選んだのか、姉のレッスンはより過密になり、逆に私は緩くなった。

少しの寂しさは感じたけど、個人的には開放感の方が強かった。


でも私には友達がいなかったから、代わりに暇な時間が増えた。


そんな中私と姉は成長し、中学生、そして高校に入学した。もちろんそれぞれ違う高校だ。

姉は財閥系のお嬢様高校。私もそこに入学させられる予定だったのだが、普通の生活に憧れていたため親に頼んで公立高校への進学が決まった。


私はそこである程度の自由と多様な価値観を学んだ。ゲーセン、カラオケ、そして期末テスト対策の勉強会。


みんな打算的ではなく、感情をさらけ出していて、私はここにずっといたいと思った。


そんな幸せの矢先だった。事件は起きた。


交通事故だった。


姉が病院に救急搬送され、私たち家族は全員その病院に集められた。

そして医師から、現在かなり危ない状況であること、早急な手術が必要で、すでに始めていると伝えられた。


結果的に言うと、その手術は何とか上手くいき、私たちは安堵した。

ベッドに紗綾が運び込まれ、私たちは傷だらけの紗綾を見て涙が止まらなかった。


姉が言った。


「ねえ、私凪咲と二人で話したいんだけど、いいかな」


「うん、私はいいけど……」


そして父も母もいなくなり、そこには私と紗綾だけになった。


「凪咲……私悔しい」


紗綾はそう言って泣き出したのだ。


「どうして、ねえ紗綾どうしたの」


「私はもう死ぬんだよ。自分の身体だからそれくらいのことは分かる。でもそんなんじゃない。だから泣いてるんじゃない」


紗綾の手が私の手に触れた。非常に冷たく、同じ人間の手とは思えなかった。


「私が何よりも悔しいのは、ずっと憧れてた女優になれなかったこと。そのチャレンジすら出来なかったこと」


「紗綾……」


「あのクソつまんない習い事も、客先のジジイと話してる時間も、これで褒められて少し自由時間でももらえたら、私はその時間で演技の勉強をしようと思った。でもね、そんなのは私には一切与えられなかった」


「そんな、嫌だったなんて知らなかった」


「凪咲、私は車に殺されたんじゃない。私の意志は親に逆らうことが出来ない私に殺された。だから、ね、あんたには絶対私と同じ道を歩んでほしくない」


紗綾の息が荒くなる。心電図に異常が発生し、ピーピーと大きい声を上げている。


「ナースコールしないと」


私が立ち上がろうとしたとき


「ダメ」


紗綾は私の手を強くつかんだ。


「いい、これが私の最後の言葉」


ぐいっと引き寄せて、私は最後の力を振り絞る紗綾を見た。


「今日から凪咲は、自分のやりたいことしかしちゃダメ。妥協は絶対許さない。約束ね」


それが本当に最後の言葉だった。

紗綾の手の力は無くなり、心電図が合図を伝えた。


その日から私は、心の中がぽっかり空いた状態になってしまった。

何をどうすればいいのか分からなくなって、学校へも行けなくなってしまった。


1ヶ月ほどしたら、両親は紗綾にやらせていた習い事や社外対応などを私にやらせるようになった。どうやら私が後継者になるらしい。


私は考えた。これが本当に私のしたいことなのかと。

母親は言った。紗綾の死に報いるのは私が後継者になるしかないと、姉はそれをきっと望んでいると。


バカやろう。そんなわけ無いだろ。紗綾は私にやりたいことだけやれと言った。


だから私は自分のしたいことを思いっきりして、幸せに生きてやるんだ。絶対だ。



「長々とごめんね、これが私が今こういう行動を取っている理由。ちょっと子供っぽいよね」


そう言って笑う宮城、俺は彼女の手を強く握った。


「そんなことない。俺はお前みたいにそんな波乱万丈な人生を送ってきている訳じゃない。普通の家庭で、普通に育って、大きな山も谷もなくただひたすら時間を消費してた」


そう、でも今から、少しだけなら前に進めるはず。


「自分のしたいことを精いっぱい続けることがきっと紗綾さんに報いることになる。俺で良ければ全力でサポートするから、一緒に頑張ろう」


こんなに真剣になったのは初めてかもしれない。宮城のことが好きだから?まあそうだ。

でもそれだけじゃない。俺にもし出来ることがあるなら宮城凪咲という女の子を今より少しだけでも良いから幸せにしたい。そう思ったからだ。


「うん、ありがと」


俺の手に、宮城は両手でそれに応える。


「逃げよう」


そうして俺らは走り出した。1週間一緒にいた俺の家に向かって。


「なあ宮城、俺の家まで逃げてもどうせ居場所割れて追って来られるよな」


「そうだね、もしかしたら私たちが帰るより早くて既に待ち合わせしてるかも」


「そうなったらだいぶきついなー。でもこのままあのお母さんからずっと逃げてるわけにもいかないだろ。覚悟決めるならちゃんと話さないと」


「……そうだね、私頑張ってみる」



そんな話がありながら俺たちは無事家に到着した。入り口で宮城の母親と鉢合わせが無かったことに関しては一安心だ。


「コーヒーで良い?」


「あーうん、お願い」


「砂糖は?」


「うーん今日だけブラックで」


「了解」


俺が台所でコーヒーを淹れていると、宮城が俺を後ろから抱きしめてきた。

ぎゅっと、彼女の温もりが背中に伝わってくる。


「なんか、まだ学校なのに二人で逃げて、コンビニでアイス食べて、男の子のおうち行って、私めっちゃ悪くない?」


「確かに、文字面だけ見ると相当ヤバいかも」


二人で笑いあう。迫りくる危機のほんの少し前、最後の談笑だった。


ピンポーン。


呼び鈴がなる。さあ最終決戦だ。


「行こう、宮城」


「うん」

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