第14話「今日のオフ会マジで許せない」と言われました。②
佐々木が口につけたのがどうやらアルコールだったようだ。
おいおいこれ大丈夫なのか?
「ごめーんエリィちゃん! ハイボールとエナドリ色似てるから間違って変わっちゃったよー!」
隣から白々しい笑い声が聞こえる。
いやハイボールとエナドリ全然色違うだろ……こいつも酔いが回ってるからか。
違う。
佐々木の隣の男は、そんなことを言いながら彼女がさっきまで飲んでいたエナドリを飲んでいたのだ。
まさかここまで直球に気持ち悪い奴がいるとは思わなかった。
これに関してはただただ、佐々木が可哀想だ。
しかしこれに対して佐々木は
「あー全然大丈夫ですよ!一口だったんで! ごめんなさいわたしちょっとお手洗い行ってきていいですか?」
変わらず彼女は笑顔だった。何事も無かったかのように席を外し、トイレへと向かった。
その後佐々木のいたテーブルの近くからは『お前わざとやっただろーw』みたいな言葉が出ていた。
笑いごとか、これ。いくら酔いが回ってるとはいえやっていいことと悪いことがあるだろ。
佐々木は自己紹介でも話していたが17歳だぞ。一口とはいえお酒を飲ませるのは許されることでは無い。
しかもまだあっちではよからぬ会話がなされている。
「酔わせていっちゃうつもりっすか、意外にやり手っすねー」
「いや頭つかわんとね!」
クソ、クズ野郎どもが
ダメだ。こんな掃き溜めのような場所にいたら俺までおかしくなってしまう。
……仕方がない。とりあえずトイレで時間潰すか。
「すみませんボクもお手洗いに……」
小声でそう言って俺は席を立つ。
さっき佐々木が席立った時はあんだけ声かけてたのに、今度は何も無しかよ。
まあいいけど。
トイレの目の前まで行くと、何やらさっきまで見た服が見えた。
んん? この後ろ姿はもしかして
近づいてみるとやっぱりそこにいたのは佐々木エリィだった。
しかも洗面所近くの壁にもたれかかって、はあはあと辛そうに息をしている。
顔を見ると、真っ赤になっていた。
「おいおいおい、大丈夫か?」
ヤバいと思った俺は、急いで佐々木に話しかける。
「誰!?……なんだあんたか」
んん? 喋り方がさっきと全然違うぞ」
「やってくれたわね……あのキモオタ」
「え?」
俺が訳も分からずそう言うと、佐々木は辛そうだが俺をビシっと指さして言った。
「だーかーら、わたしの隣のあのカスが調子乗って私に酒飲ましたの! あんたそんなことも分からないワケ?」
ええええなんか全然俺のとき態度違うんですけど!
なんか俺この子にしちゃったか?
「ヤバいわたしお酒飲んだこと無かったから分からないけど、多分これ酔ってるんだと思う……視界ぐわんぐわんするし……」
「おーお前それは絶対酔ってるよ……馬鹿野郎、この後どーすんだ」
俺がため息をつくと、佐々木がもう一度壁にもたれかかった。
「あんた、わたしを連れてわたしの家まで送り届けなさい」
ええ、俺が?
なんでその役目俺になるんだよ。他にもいるだろ……その、幹事とか。
ふと俺は幹事の発言を思い出す。
—登録者について困っていることがあるならいつでも聞いてね!佐々木さんにだけ無料でコンサルしてあげるから!
ダメだ。あいつには任せられない。
というか、マジでダメだ。あそこにいる全員誰にも任せられないわ。
「歩けそうか?」
「うん、なんとか」
「それじゃ荷物取りに行くぞ」
俺がそう言って歩き出すと、ひしっと俺の手を佐々木が握ってきた。
振り向くと、彼女が辛そうなのを耐えながら聞いてくる。
「本当にいいの?」
馬鹿、女の子が困ってる時、そんな顔で言われたら答えは一つに決まってるだろ。
「おう、俺に任せろ」
二人でまたあの個室に向かう。
俺たちの様子を見て、参加者皆びっくりしているようだった。
「すいません、さっきのお酒の件で佐々木さん酔っちゃったみたいなんで、俺この子送りますね。お金はここに二人分置いておきます」
俺はそう言ってリュックから財布を出し、二人分のお金をテーブルに置いた。
するとさっき佐々木が座っていた隣の席から声が聞こえた。
「あーいいですよ。それならボクが佐々木さんを家まで送ります」
半笑いだった。
ダメだ佐々木。辛そうにしてんのにごめんな。俺ちょっとこのままじゃ帰れそうにないわ。
「お前正気か?」
「へ?」
「お前が関節キスだとか、お持ち帰りだとか知らねえが下らねえことしたから今この子はこうなってんだろ」
佐々木はへたりと床に座り込んでしまっている。
「YouTubeでビジネスとか……コンサルとかベンチマークとか……好き勝手話してりゃいいけどよ、他人に迷惑だけはかけんなよ!」
俺はそう大声で言った。
こんなに叫んだのは、人生で初めてかもしれない。
この個室だけじゃない。周りの声が一瞬にして静かになり、場が完全に固まる。
やばい、マジでやっちまった。
他人に迷惑かけてんのは俺じゃねえか。
だっせえな。
俺はあまりの恥ずかしさから佐々木の手を取り、そのまま店を出た。
「あ、ありがとうございましたー」
困惑する店員の声だけははっきり聞こえた。
「はあ……はあ……」
店を出て階段を上がる、佐々木は息を切らして再び床に座った。
「あんた……何ぼーっとしてんの」
佐々木がそう俺に言う。
「いや、柄にもないことしちまったなって……」
「そうじゃなくて」
彼女は俺の言葉を遮った。
両手を斜め45度に上げ、初めて俺の前でにっこり笑った。
「早く持ち上げなさいよね、バカ」
二人で電車に乗って、最寄りの所沢駅へと帰っていった。
どうやら俺と佐々木は運命的にも同じ駅在住らしい。
ただ違うのは西口と東口ってだけだ。
駅の階段を下りて歩いていると、彼女も限界だったようで再び座り込んでしまった。
「おい、もうすぐじゃねえのか」
「うん、もうすぐだけど……なんかすごいぐわんぐわんして歩けない……」
こいつどんだけ酒弱いんだよ。一口飲んだだけだろ。
「じゃ、しゃーねえな」
俺は小さくため息をついて、佐々木に近づいた。
そしてしゃがんで背中を見せた。
「ほら、行くぞ」
「エロいこと考えたら殺す」
「へいへい」
俺は今日、謎の美少女をおんぶしながら最寄り駅の逆口を歩いている。
ゆっくり、ゆっくり。彼女のこれ以上酔わせないように。
佐々木がふと、愚痴を漏らした。
「わたし、今日のオフ会マジで許せない」
「へえ、セクハラまがいのことされまくったからか?」
「……それもあるけど、違う」
「じゃあなに」
「あんたも男なら当ててみたらどう?」
こいつ……おぶられてるくせに挑戦的だな。
まあいいか。せっかくだし考えてみるか。
佐々木が今日のオフ会でどうしても嫌だったこと。
酒を飲まされたことか?
いや違うな。セクハラ系以外だと言っていた。
無料でコンサルするって上から目線で言われたことか?
うーんどうなんだろ、それはあり得る気がするが、どーにも違う気がするんだよなあ
……
…………ダメだ。わかんね。
「分かんねえよ、お前とは今日会ったばっかりだし」
俺がそう言うと、佐々木は残念そうな顔をした後、言葉を吐き捨てた。
「あっそ」
ただ、言いたいことはこれだけじゃない。
「だから」
「……なに?」
「俺が今日どうしても許せなかったことを言う」
俺がそう言うと、佐々木は一瞬止まった後、すぐに笑い出した。
「なにそれ、まあいいわ。言ってみ」
「ああ言う。俺はな、YouTubeを金儲けの道具にされたのが一番許せねえんだ」
「……それの何が嫌なの? せっかくお金を貰えるんならいっぱい貰いたいって思うのは人間の心理じゃない?」
「ああそうだ。ただな、それ以前に俺はプライドを持って動画は出すべきだと考えている。一生懸命見てくれる人たちのことを考えて、どうやったら多くの人に見てもらって、どうやったら見てくれた人たちが喜んでくれるのかどうかを試行錯誤して、そうして投稿した動画を見てくれて、評価してくれて、そこで初めて貰えるのが広告収益だと思う」
「……そう」
「だから俺は動画制作におけるプライドを何も持たず……視聴者を騙したりとか、釣ったりとか……無理にアフィリ誘導したりだとか……そういうお金から入ってYouTubeを汚した挙句更地になったら帰っていく。そんな奴らがどうしても許せない」
おぶっているから佐々木の顔は見れない。
彼女は俺の話を聞いて、どんな顔をしているのだろうか、こいつ熱くなっちゃってダサって思っているんだろうか。
まあ、ここまで言っちゃったならもういいか。
「俺の大好きなYouTubeをけなされた気がして、めっちゃ嫌な気持ちになった」
最後まで言ってしまったな。
でも俺は言いたかったのかもしれない。このどうしようもなく腐った気持ちを誰かに話して、少しすっきりしたかったのかもしれない。
だから別に今回のことで嫌われようと別にいいや。本当に思ったことだしな。
……でも佐々木がどういう風に思ったのかは気になる。
「おい、なんか言えよ」
俺は沈黙が恥ずかしくなって佐々木に問いかけた。
佐々木の顔は分からない。分からないけど、返ってきた声のトーンはさっきより少し明るい。そんな気がした。
「わたしとおんなじ」
※
「その後エリィの家行って、一日中看病してやったんだっけか」
ベッドで二人並んで、過去のことを話していた。
「あんたそんなに事細かく覚えてんのは流石にキモイわね」
エリィの身体が少し離れる。
「ええちょっと待って、お前が覚えてる?って聞いてきたんじゃん!」
「まあそうだけど、そこまでは聞いてないっていうか……まあでも、あんたがわたしのこと好きなのは伝わったわ」
「おい、だから勘違いさせるようなこと言うなよ……俺は宮城のこと好きなんだから」
俺がそう言うと、佐々木は俺にまっすぐ目を向けて、ぎゅっと手を握ってきた。
「そんなの分かってる」
反射的に、おれも佐々木を見てしまう。
図らずも、二人で見つめ合っている状況になってしまった。
「あんときのオフ会で、わたしに酒飲ました野郎に一言言ってくれて嬉しかった。わたしの小さなプライドを守ってくれて嬉しかった」
佐々木は依然俺と目を合わせたまま、淡々と伝えてくる。
すごい恥ずかしそうで、顔は真っ赤になっているように見えるけど、おそらく俺もおなじなのだろう。
「わたしと許せないところが一緒で嬉しかった。そのあと一日中一緒にいてくれて嬉しかった」
「おう」
「そのあとも色々あった。わたしはそのたびに佑都、あんたに惚れてより好きになっていった」
「そりゃ、嬉しい限りだな」
「あんたの好きな人の話は分かった。ずっと前から言ってたもんね……だけどわたし、諦めない。諦めるわけ無い」
エリィがポン、と自分の胸を叩く。
「あんたが寝てる時、わたし凪咲としっかり話した。あの子が本気でYouTubeをやりたがってて、佑都に対して本気で好きな気持ちがあるってのも分かった」
「でもわたしは諦めたくないって言った。10万人行くまで付き合わないんだったら、その間わたしも動くって言った。……そしたら凪咲分かったって言った」
エリィの俺の手を握る強さが強まる。彼女もまた、とんでもない緊張の上で俺に伝えてくれているんだろう。
「イラストは描く。あんたたちの目標が達成できるように応援するし、わたしに出来ることならなんでも手伝う。ただ……」
「ただ?」
エリィは手を離し、俺の頭を人差し指でこづいた。
「それまでにあんたを惚れさせてみせる。許可は取らない」
決意のこもった声だった。
きっと俺が何を言おうとそれは動かないんだろう。
俺は宮城が好きだ。これはきっと動くことは無い。
それでも、それでも頑固になるんだったら……
「勝手にしろ、バカ」
俺は笑ってそう言った。
「うん、勝手にする」
佐々木も俺と同じくらい、笑っていた。
そして
ちゅっ
頬に唇の感覚。
「な、なあ……何やってんだお前!!!」
俺はキスされた場所を手で押さえながらどうにかして声を出した。
馬鹿、ファーストキスだぞ。まだ宮城にもしてもらってないんだぞ!
佐々木は悪戯そうに笑った。
「じゃ、おやすみ」
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