第15話「わたしと佑都のキス写真よ!」と言われました。

朝起きたら既にエリィは居なかった。

ベッドに置かれていたメモを見たら、どうやら彼女は朝早く帰ったようだ。


『イラスト、超楽しみにしててよね』


その一言だけが残っていた。


約2日後、俺のPCにメール。相手は佐々木エリィだ。

感謝しなさい!という件名と共にギガファイル便のURLが添付されている。


ファイルを開いた。


夏の情景。きつい日差しが刺す砂浜で、純白のワンピースと麦わら帽子を被った黒髪の女の子が立っている。

その表情はどこか悲しげで、切なげで。

夢を追う少女と、現状にもがく心情を切り取ったような


そんな素敵なイラストだった。


俺は後ろで一緒に見ていた宮城と目を合わせた。

恐らく彼女も俺と同じ気持ちだろう。


「最高にいい動画、作ろうぜ」


俺がそう言うと、宮城もまた満面の笑みで


「うん!」


こうして俺たちの動画作りが始まった。

まずはinst音源に合わせて歌を入れる作業だ。これに関しては全く問題ない。俺はただただ宮城の透き通った歌声を聞きながら楽しんでいた。


歌が入ったらここから分担作業に入る。俺は先ほど歌を入れたDAW(音声の加工が出来るソフト)を編集し、ミキシングとマスタリングの作業。

宮城は複数の動画編集ソフトを使用してのMV作成。もちろんやっていて表現が難しいところやどうしても分からないところなどは適宜手伝いながら進めていった。


最初こそ悪戦苦闘していた宮城だったが、作業後半になっていくに連れだんだんと分かってきたようだ。このペースで行けば次の動画を作るときくらいにはテキパキできそうだな。


そんなこんなで録音から約3日。


遂に出来上がった。俺らの最初の動画。


「終わったーーーーーー!」


ひゃっほう、と宮城は両手を掲げながら叫ぶ。

俺もミックス作業が終わってからMV編集を分担でずっとやっていたから、流石に完成すると達成感があるな。

久しぶりにこんな缶詰でやってしまった。


「お疲れ様、宮城」


「うん!ありがとう佑都くん」


それじゃ、と二人は昨日作ったYouTubeチャンネルに動画をアップロードする。

あ、チャンネル名は「Nagisa」だ。シンプルでいいだろ。


「遂に私たちもYouTubeデビューだね」


「俺はずいぶん昔からやってんだけどな」


「それは言わないやくそくー」


ぶー、と文句を垂らしながら宮城は動画ファイルをドラッグ&ドロップする。

タイトルやメタタグ、ジャンル指定など細かい説明を行った後、ようやっと投稿の準備ができた。


「よし」


「いくよ。私たちの第一歩!」


「おう!」


「投稿うううううっ!!!」


カチッ!と小気味いいクリック音と共に、俺たちの動画がインターネットの海へと放流された。魂を込めた動画。

行ってこい。大きくなってこい。そう思いながら投稿ボタンを押すのは、結局登録者がどうなろうと変わらない唯一のことだ。


俺にとっては慣れたことだが、きっと彼女にとってはずっと憧れていたことなのだろう。

その目には、少しの涙が浮かんでいるように見えた。



その夜、俺たちはイラストを描いてくれたエリィも呼んでお疲れ様会を行っていた。


「「かんぱーい!!!」」


何度目の乾杯だろうか。でもいいのだ。今日は無粋なことは言わず精いっぱい頑張りをねぎらう日にする。

エリィも宮城との戦いは今日はしないようで、YouTuberとしての第一歩を踏み出した後輩を素直に喜んでいるようだ。


「エリィちゃんありがとう!ほんっとに素敵なイラストだった」


宮城が目をキラキラさせながら言う。

うん、それに関しては俺も完全に同意だ。あのイラストはまさにテーマにぴったりな内容だった。


「ふん!当たり前でしょ。わたしが描いたイラストなんだから……!ここまでさせておいて1年後に目標達成できなかったら許さないからね!」


ぷい、とエリィはそっぽを向いてしまう。

やっぱこいつは素直になれない奴なんだな、本当は褒められて嬉しいくせに。


でも、本当に助かった。

俺はエリィの頭をポン、と叩いて言う。


「エリィ、ほんとありがとな」


するとエリィがパシッと俺の手をはねのけ、ビシっと指をさした。


「あ、あんたいい加減にしなさいよ!そういう中途半端なアメが一番女の子を傷つけるのよ!!」


顔をカァッと真っ赤にしたエリィが俺に向かって叫ぶ。


「いやいや、そういう意味じゃなくて単純に助かったから……」


「ふん、どーだか。この女たらし」


いやいや、何でいきなり女たらし認定に……

俺は宮城に助けを求める。

頼むお前ならわかってくれるだろ、なんとかしてくれ。


そういう意味で視線を送ると、宮城もぷいっとしてしまった。


ええー俺この短時間で一気に嫌われた!?!?


……まあそんなこともありながら、俺たちのYouTuberデビューお疲れ様会は楽しく大団円となった。


「エリィさ、お前いつの間にか宮城を名前呼びするようになったんだな」


食器の片づけをしながら、ふと気になったことをエリィに聞く。

すると彼女は少し恥ずかしそうな表情で口を開いた。


「だからあんときにあんたにも言ったでしょ。凪咲とは話付けたって」


「ああ、そういやあったな。宮城のこと、色々聞いたんだっけか」


「そう、最初はあんたを奪う泥棒猫としか思えなかったけど、わたしはあいつのYouTubeに対する気持ちは嫌いじゃない。意志もあるみたいだし……」


エリィは顔を上げて続けた。


「だからわたしにできることなら協力してやってもいいかなって、そう思ったのよ」


「……そうか」


俺はエリィのその笑顔を見れただけでも十分だった。

佐々木エリィは不器用な性格だ。自我が強く、自分がやりたくないことは絶対やらないし、何をするにも一番じゃないと許せないし、都合の悪いことが起きるとすぐに怒るし、そういうのを総合して自分勝手なんだと思う。


だからなかなか友達が出来なくて、内心寂しがっているようだった。

でも宮城を紹介してから、なんか少しだけ笑顔が増えた気がする。


いや別に彼女を幸せにした、とかそういう風に言うつもりはない。現にいい迷惑だと思われている訳だしな。

ただ一つ思うのは……


「凪咲、この写真を見なさい!」


「え、これなに!?」


「むろん、わたしと佑都のキス写真よ!」


「な、なななななにしてんのエリィ!!!あのとき絶対えっちなことはしないって約束したじゃない!」


「キスはえっちなことじゃないからいいんですぅー!どう?悔しいでしょ!正直な気持ちを言ってごらんなさい!」


「……キスはいいんだね。分かった。じゃあ私もエリィがいない時に佑都くんといっぱいキスするから!最初に約束破ったのはエリィちゃんだからね!おぼえてなさい!」


うんうん。

ただ一つ思うのは、エリィに友達が……


「ちょっと待ちなさい!私はいいの、でもあんたはダメなの!」


「なにそれ、そん道理が通ると思う?」


「わたしはあんたよりかわいいから通るのよ!悔しかったらわたしより可愛くなってみなさい!」


「エリィちゃんもしかして自意識過剰?というか私も自分で言うのは何だけどかなーーーりモテる方だと思うんだけど!結構告白なんかもされちゃってるし!」


「告白の数でマウントを取り始めたら人間として終わりよ。わたしはあまりの美しさにクラス中がひれ伏して誰も告白してこないんだから!」


「それはエリィちゃんの性格がオワってるからでしょ!」


「あんたついに言っちゃったわね!このわたしを怒らせてタダで済むと……」


「いい加減にしろ!」

俺は思いっきり叫んだ。

なんだよ、さっきまでいいモノローグで締めようと思ってたのに!

馬鹿なのか?こいつらは馬鹿なのか?


ぐぬぬぬぬぬ!


俺の叫びで一旦仲裁されても、二人はまだ無言で睨み合っている

……まあ、こういう友人関係もアリ、か。


そう思いながら、俺はリビングのドアを開けた。

今日は事前に喧嘩しないように寝床を決めてあるのだ。

俺は自分の部屋、そしてエリィは空き部屋、そして宮城がリビングで寝ることになっていた。


「じゃ、俺は寝るわ。おやすみ」


俺がそう言って出てくと、エリィも歩き始めた。


「フン!わたしも今日は寝る。これで勘弁してあげる!」


そう言いながら部屋を出ていく、っとその前にとエリィは振り向いて言った。


「凪咲、投稿した動画なんだけど、再生数とか見ない方が良いわよ」


その言葉に俺もぴくりとして、振り返り宮城を見る。

はて……何で、みたいな何も分かっていない表情の彼女を見て、俺とエリィは笑いあった。

まあすぐその意味は分かるよ。

そんな意味を込めて、俺とエリィは宮城に言った。


「おやすみ!」



そしてその時はすぐ来ることになる。

翌朝のことだった。


「なんでええええええええええええええええええええ!」


リビングから、大音量の叫びが聞こえてきた。

俺は飛び起きて部屋の扉を開ける。すると同じタイミングでエリィも部屋から出てきた。


俺はリビングの隣を指さし、思わず笑ってしまう。

エリィも同様に悪戯っぽい表情で笑った。


「じゃ、励ましに行きますか」


扉を開けると、そこには半泣きの宮城が半狂乱になっていた。

「ねえ佑都くん……エリィちゃん、私たちが頑張って作った動画……再生数が……再生数が……2回なんだけど!!!!!!そのうち1回は私だし!!!!」


あまりのショックで泣き崩れる宮城。

まあ最初はこのくらいショックになるよな。


むしろこのくらい感情を表に出してやるのが大事だったりする。


そう、最初の再生回数なんてそんなもんなんだ。

動画の内容が面白いか面白くないかではない。YouTubeのシステム上、再生されないようになっている。


だから俺たちが今こいつにしてあげられることは……


二人で宮城の背中をバシっと叩いて、肩を無理やり組む。


「「ドンマイ!」」


これを言ってやることくらいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る