第13話「今日のオフ会マジで許せない」と言われました。①
YouTubeで稼ぐ、ということをテーマに掲げているオンラインコミュニティがあるらしく、当時動画のネタに困っていた俺は、友人の紹介でそのコミュのオフ会にエントリーした。
まあ俺的にはこの会で何かアイデアは得られずとも同じYouTuber仲間として、編集での苦労とか、再生数が死んだときの気持ちの持ちようとか、そういうことで話が合えばいいなーと思っていたんだ。
まあそんな軽い気持ちで参加したオフ会だったということだ。
当日、集合場所に指定されたのは銀座の居酒屋だった。
駅から歩いて数分、ビルの地下に続くその店は鉄板焼きを売りにしているようで、それ目当てのカップル客などで場は大きく盛り上がっていた。
「加藤で予約しているみたいなんですけど……」
「加藤さんですね、それでは一番奥前進んでいただいて、左手にございます個室へどうぞ」
俺は言われるがまま目的の個室へ。
するとそこにはもう俺以外は全員揃っているようだった。
「お、最後の一人来ましたかね。TJさんで良かったですか?」
「あーはい、TJです。今日は皆さんよろしくお願いします」
そう言って話しかけてくれたのは一番奥に座っていた男性だった。
年齢としては40代後半くらいか。普通にこれくらいの歳でもYouTubeやる人いるんだ。と少し驚いた。
それ以外のメンバーはどうなんだろう。
俺は席に座り周りを見た。
うん、やっぱり他のメンバーは俺の想定した通り20から30代の人が多いな。うんうんそして全員男性……まあYouTuberであり尚且つこんなオフ会に来るなんて物好きは男しかいないよな
……ん???
俺が座っている一番はじの通路側の席から見て逆側の奥。
要するにこの会において一番深い位置、対称の位置に座っているのは
女だった。
というより、女の子だったという方が正しいか。
しかも何より驚いたのは、とんでもない美少女だったということだ。キリッと凛とした碧眼にマッチするきめ細やかなブロンドヘアー。顔立ちは幼く見える、もしかして俺と同じ未成年か?
そしてやはりというか、その子は周りの参加者から大人気だった。まあそりゃそうだよな。こんなむさくるしい会に突然あんな美少女がふってわいて来たら流石に場はこうなる。
「名前は何ていうの?」
「今何歳?」
「どこらへん住んでんの?」
当然こんな感じで鼻の下伸ばした質問がいっぱい来るってことだ。
ほら見ろ、彼女も一気に聞かれた困ってるじゃねえか。
俺がそう思っていると、彼女は笑顔で話しだした。
「そんな一気に質問来られると困っちゃいますよー、エリィです!佐々木エリィっていう名前でVTuberやってます……今はまだ登録者50人くらいですけど、へへ」
彼女……佐々木がそう言うと、場が一気に盛り上がった。
再び質問の嵐が起こる。近くの参加者は皆佐々木に釘付けになっているようだ。
席がかなり離れている俺は参加できるはずもなく、というか参加したくも無いんだが。
まあ今回で何かいい情報を得られるとは思えないな。とりあえずこの会をなんとか平和に乗り切る方向にシフトするか。
そんなことを考えていたら、さっき俺に初めて声をかけてくれた40代の男が立ち上がって喋りだした。
「幹事のちーちゃんこと加藤です!えーでは皆さんお集りのようなので、早速YouTuberオフ会の方を参加させていただきます!まあ長ったるしい音頭とかはいいので早速始めちゃいましょうか」
幹事の加藤さんは、グラスを持ってぐいっと掲げる。
「それでは、乾杯!」
「「かんぱーい!」」
こうして俺にとって初めてのYouTuberオフ会が始まった。
最初はもちろん自己紹介タイムだ。話す内容はこの通り
・ハンドルネーム(任意で本名)
・何をやっているのか
・1ヶ月後の目標
まあ当たり障りのないことだが、自己紹介なら丁度いいだろう。
では……と早速幹事の加藤さんが自己紹介を始めた。
「皆さんこんにちは、ちーちゃんです。切り抜きを5チャンネル程運営しておりまして、最近そのうち一つが銀盾行きました!1ヶ月後には6チャンネル目を収益化させたいです。よろしくお願いします!」
おおー!という歓声が上がる。
「銀盾(登録者10万人)はすごいですね!どんな感じでスタートアップさせたんですか?」
「そんな難しいことはしていないですよ。競合のリサーチをとことんやるだけです。ベンチマークするチャンネルを正しく見定めて、真似をしていれば失敗することは無いと思いますよ!」
加藤さんはそう得意げに話した。質問を投げかけた隣の参加者も彼を羨望の眼差しで見ている。
彼はそのまま、彼の目の前に座っている佐々木にも話しかけた。
「登録者について困っていることがあるならいつでも聞いてね!佐々木さんにだけ無料でコンサルしてあげるから!」
「ほんとですかー! ありがとうございます」
笑顔で返す佐々木。
気持ちわる。
だいたいなんで切り抜きでそんなにイキれるんだ? 人の褌で相撲を取ってるだけのデジタル泥棒じゃねえか。
それをあんな誇らしいことのように周囲に自慢して恥ずかしくないのかね。
しかもリサーチだのベンチマークだのコンサルだの気持ち悪い横文字ばっか使いやがって。なんなんだ? こいつはグーグルに魂を売ったのか?
まあそんなこと、言えないんだけどな。
その後も自己紹介は続いた。YouTubeで色んなビジネスをしているやつがいたけど、普通にYouTuberとして活動しているのは俺と佐々木だけだった。
となると当然話す内容も編集の辛さとか、ネタの出し方とかそういう方面ではなく……
「ショートのアフィリチャンネルってどうなんすか? Dlsiteの直アフィでやるんですか?」
「いやーあれは代理店挟んだ方が特別単価になるしいいっすよ」
「RPM(広告単価)上げる簡単な方法ってないっすか?」
「切り抜きなら総集編にして2時間くらいの動画出すとやべえっすよ。2円とか普通に行きます。グーグルも長尺を優遇するんで」
ダメだ……なんか求めていたのとは違う感じだ。
まだ始まったばっかりだが、ここで2時間とか過ごせる気がしない。
……仕方がないか。なんとか気合で耐えるしかない。
俺がそんな楽しめない状況でいる中、対称にいる佐々木は俺とは真逆だった。
変な質問や半分セクハラみたいな発言をされているが、それでも笑顔を崩さず、その場を非常に楽しんでいるようだった。
まあここが俺みたいな陰キャと彼女みたいな陽キャの違いなんだろうな。
与えられた状況の中で精いっぱい楽しむ。もちろん義務ではなく自然に。楽しむではなくつい楽しくて笑顔が出てきてしまう。
そうやって色んな事を肯定的に捉えられるからこそ陽キャなのだろう。
きっと俺とは真逆の人生を歩んできたのだろう。
佐々木は尚も笑顔で皆と会話を続けていた。
「エリィちゃんは何系のVTuberなの?」
「わたしは宇宙人系VTuberなんです!地球に婚約者を探しにきたっていう感じで、みんなとゲームして盛り上がったり、雑談したりして楽しめたらなーと思います!」
「そうなんだ、じゃあ早く収益化してスパチャいっぱい貰えるといいねー!」
「え、えへへ、はいそう……ですね!!」
「っていうかさ、エリィちゃん本名は何ていうの? さっきからハンドルネームしか聞いてないけど」
参加者の一人がそう聞くと、佐々木は自分の口の前に人差し指を立て言った。
「それは……秘密です!」
そのなんともかわいらしい仕草と発言で、場は再び大きく盛り上がった。
なんだこの場は……
もはやYouTuberオフ会というより、佐々木エリィという名の新人VTuberをみんなで口説こうの会になっているじゃないか。
なんて会に参加してしまったんだ。
もうこれっきりにしよう。
その後も約1時間、同じようなノリで会は進んでいった。
俺は質問などが来たらある程度応対し、あとは出てくる料理を純粋に楽しみに時間を過ごしていた。
会自体はあまり良い体験ではないが、出てくる料理はどれも美味しい。
まあ今日はこれで許してやろう。
そう思った瞬間だった。
「あれ……これお酒」
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