第15話 裏側
盗賊に両親を殺されたミリシアはその後、叔父夫婦に引き取られた。
カインに語った、そこまでは本当の話だった。
だがその二人は相当なろくでなしだったのだった。
叔父夫婦は、スキル鑑定によりミリシアに特殊なスキルがあると知るや否や、金でミリシアを国の役人に売り払ってしまったのだ。
そうしてミリシアが買われていった先は、ミリシアと同じく様々な殺しに特化したスキルを持つ子どもたちが集められた孤児院だった。
その施設は表向き孤児院だったが、実質は殺しの素質のある子供集めて競い合わせながら、王家のための汚れ仕事をする人間を育てるための養成機関だった。
そうしてミリシアは、そのまま順当に王家直属の暗殺組織の一員となったのだった。
王家に歯向かう者を秘密裏に暗殺して回る国家の暗部。
その組織はかつての戦争時には王宮内部の敵派閥の粛清だけでなく、戦場での敵将の暗殺までをも行ったと記録されている。
とはいえ、三十年ほど前に隣国ガラルとの戦争が終結して以来、その主な標的は街を荒らす傭兵崩れの盗賊団などになっていた。
やってることは、『過激になった騎士団や自警団』というような感じだった。
ただそれは、親を盗賊に殺された恨みを持つミリシアにとって、願ったり叶ったりだったのだった。
この手で、盗賊共を皆殺しにする。
そんな思いを胸に秘め、ミリシアは必死にその技術を磨いていった。
だが、組織は現場に出たミリシアを暗殺者ではなく諜報員として運用した。
ミリシアのスキルは、指先から様々な種類の毒を生み出すというものだ。
そして、それ以外のミリシアの身体能力はごくごく普通だった。
つまりミリシアには、直接戦闘の能力がほとんどなかったのだ。
故にミリシアに割り振られた役目としては、普段は冒険者ギルドの受付嬢としての生活を送りながら、主に冒険者達から広く賊の情報を集めていくというものだった。
そして、ミリシアが手に入れた様々な情報をもとに、ミリシアの組織の別働隊が賊を壊滅させる。
そんなことが、ミリシアのこれまでの生活だった。
自分だってやれる。
組織の『
両親を殺し、自分をこんな境遇に追いやった憎き盗賊共を、この手で殺してやりたい。
その思いは絶対に誰にも負けないはずなのに……
自分に割り振られた役割は、戦いとはほど遠い『
そんな折、ミリシアの目に『ゾール』というホーランド家の執事が怪しく映った。
ゾールのあまりにも自然過ぎて不自然なその独特の雰囲気や所作から、ミリシアは彼の嘘を敏感に感じ取った。
巧妙に街人に紛れていた盗賊ゾールに近づいたのは、実はミリシアの方からだった。
本来であればこのままさらに調査を進めて彼が盗賊であるという裏を取り、最後は情報だけを渡して仲間たちが手を下す。
そうなるはずだった。
でもそれでいいの?
私だって、盗賊を殺せる。
私だってやれる。
そんな時、ミリシアに『マルクハット』への異動指令が下った。
そしてゾールが仕えるミト嬢もまた、『クルトの街』での商売を軌道に乗せ終えて近々『マルクハット』に戻るのだとという話を聞いた。
やってやる。
私だって……
そうしてミリシアは、自分の実力以上の相手に挑み……
その毒殺のスキルを披露することなく賊に組み敷かれていたのだった。
そこへ現れたのが、
おそらくは高速移動のスキルである『俊足』スキルの上位互換なのだろうけれど……
それは、ミリシアが組織の中でも見たことのないような、圧倒的な戦闘スキルだった。
その男は、かなり練度の高い団であるはずのゾール達の盗賊団を、瞬く間に壊滅させてしまった。
そしてこのカインという男は間違いなく嘘をついていた。
ミリシアの直感が告げていた。
この男は間違いなく盗賊の類だ、と。
やってやる。
……今度こそ。
そうして、ミリシアの次なる標的が決まった。
→→→→→
そして、あと数ミリ。
あと数ミリ指を動かせば終わる。
呼吸は寝息のリズムを崩さずに。
腕を動かす時にも、骨や筋肉がきしむ音さえもさせることはない。
絶対に気づかれてはいない。
だから殺せる。
あと、数ミリ……
だが、そのあと数ミリがなかなか動かせなかった。
(滅茶苦茶よかった)
ミリシアの中にある盗賊への恨みは、二十年前の襲撃事件に端を発したものだ。
ミリシアが盗賊を恨み、その命を奪う事に躊躇しないのは、彼らに大切なものを奪われた過去があるからだ。
だが、目の前の青年は……
(なんか、凄かった)
盗賊でありながら、かつてミリシアが盗賊共に奪われたその『大切なもの』の一部でもあった。
その事実が、知らずにミリシアを躊躇させていた。
(本当に殺しちゃうの?)
殺そうと思えば、いつでも殺せる。
彼は、身体を許した私に心を許している。
その気になれば、キスのついででだって殺すことが出来る。
(あと、もう一回だけでも……)
そうなると、何も殺すのは今日じゃなくてもいいんじゃないか?
彼がこの街から逃げ出さないように見張りつつ、彼が盗賊行為を働く気配をみせたら即殺す。
それでいい。
「……」
ミリシアは、カインに伸ばしたその爪先から毒を消滅させた。
そして、そのままカインの頬を撫でた。
それでもカインが起きる気配はない。
カインは、完全に私に気を許している。
「ふふふ……」
知らずに優し気な笑い声が漏れてしまい、自分でも驚いた。
そうなれば今日はもう、さっさと寝よう。
明日からはいつものように表面上ではギルドの仕事をこなしながら、カインのことを見張らなくてはならない。
「おやすみ、カインくん」
ついでにそんなことをつぶやいてみたら、さっきまでのことを思い出してしまってなかなか寝付けなかった。
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