第14話 これって普通?

「カインくん……」


部屋に入るなりミリシアは俺にしなだれかかり、少し濡れたような瞳で俺を見つめてきた。

徐々に顔が近づいてきて……、そのまま口づけをされた。


「ん……」


盗賊団にいたと白状して、その直後にこんなことをされている意味はよくわからなかった。


ミリシアを押しのけるのは簡単だったが……

普通はどうするのかと考えていたら、そのままベッドに連れていかれてしまった。


「ねぇ、カインくん。邪魔な子もいなくなったわけだし……、色々と綺麗にしたし……、いいよね?」


耳元で、そんなことをささやかれた。


セイラからの報告だと『屋敷の主人やそのドラ息子が、出会ったばかりの女性をどこかの宿屋に連れ込んでなんだかんだ……』みたいな話は、確かにあった。

ただ、そういうことが頻繁に起こるのは特定の人物に偏っていた。

だから、それが『普通のこと』なのかどうかは俺にはいまいち判別がつかなかった。


ミリシアのような『普通の女性』が、再開して数日目の男を相手にこういうことをするのは『普通』のことなのだろうか?


「こういうのは、普通のことなのか?」


わからないので、尋ねてみた。


「さぁ、どうかしらね。でも……『普通』はこの状況でそんな野暮なこと聞かないんじゃないの?」


「……」


はぐらかされてしまった。


「ねぇ知ってた? カインくん。うちのお父さんとカインくんのお父さん、私達のこと結婚させる気だったんだよ。『モーモー農家と花農家は相性が良い」とかって言ってさ」


「それは、初耳だな」


そんな会話を交わしている間にも、ミリシアは徐々に衣服を脱ぎ去り始めていた。

ミリシアの『普通の服』が、どんどんくしゃくしゃにされていく。


「……」


本当にこれが『普通のこと』だというのなら……

後はもうその流れに身を任せてみるだけだった。



→→→→→



真っ暗な部屋の中。

ミリシアは呼吸を乱さずにゆっくりと薄目を開いた。

全身が心地よい気だるさに包まれている。

そしてミリシアの目の前では、同郷のカインが静かに寝息を立てていた。


カインは、数刻前までの激しさや荒々しさが嘘のように静かな寝息を立てて眠っていた。

おそらくは職業柄、気配を消しさる行為の一環なのだろう。

深く静かに繰り返されるその呼吸は、目の前にいてもなお集中していなくては聞き逃してしまうようなかすかな音しかたててはいなかった。


「……」


間違いなく、裏の世界の人間だ。

いったい、どんな世界で生きてきたらこうなるのだろうか?


口数が少なくて、ぶっきらぼう。

見た目にはこれといった特徴もなく、とても能力値が高いようには見えない。

だが、いざ『やる』となったらその時の戦闘力は尋常なものではなかった。


あっちの戦闘時にも、こっちの戦闘時にも……


「……」


純朴な見た目。

また、ミリシアがベッドへと誘った時の最初の反応からはとても想像できなかった。


事が始まったとたん、カインは一瞬にしてミリシアの全身を掌握していた。

とんでもない技術力だった。

それで、すぐにミリシアは完全に前後不覚の状態に陥らされてしまったのだった。


夢の中にいるような感覚。

どれだけの時間だったのかはわからないが、身体の疲労具合からしてそれなりに長い時間だった気がする。

訳が分からないままに必死になって、気づけば最後までことを終えていた。


「……」


とんでもないことだ。


そろそろ、本来の目的を果たさなくてはならない。

ミリシアがカインに近づいた。

その、本来の目的を……


ミリシアは、カインを起こさないように静かにゆっくりと手を伸ばした。

そして、その指先に魔術の力で『毒』を精製した。


今なら、カインこの男れる。

この指の針を突き立てれば……、それでれる。


「……」


ミリシアは、その指先に力を込めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る