第13話 普通の外食
ミリシアは今後はギルドの寮に住む予定らしいが、今日のところは適当に宿を取るようだ。
そういう手続きには慣れているらしく、ミリシアはすぐに二人分の宿を調達して来た。
そして、宿に入るなりすぐに宿の風呂場へと旅の汚れを落としにいってしまった。
「……」
俺はすぐにでもこの街を離れる気だった。
ミリシアが風呂に行っているこの隙に、さっさとこの場を離れるのが正解のはずだった。
ただ俺は、ミリシアが盗賊になる前の俺を知る数少ない人間だと知り、少なからず心が揺らいでしまっていた。
ミリシアは、俺の記憶の中の『普通の団欒の風景』に最も近い者なのだった。
仕事を得られることが決まり、『普通』っぽい幼馴染の友人までもができた今。
俺はせっかくのこの『普通』を手放すのが、少々惜しくなり始めていた。
ミリシアは、すぐに戻ってきた。
「ごめんなさい、待たせた? ってあれ、カイン君はお風呂行かなかったの?」
「ああ」
逃げる気だったからな。
だけど……
戻ってきたミリシアの姿を見て、俺は完全にその気が失せていた。
「どう、この服? 私の一番のお気に入……」
「とんでもなく普通だ」
旅装から街人らしい装いに着替えてきたミリシアを見て、思わず俺はそう呟いていた。
そう。とっても『普通』なのだ。
「ふ、普通?」
「ああ……、とんでもなく『普通』だ」
俺はその言葉話繰り返した。
素晴らしく普通。
とんでもなく普通。
街を見渡せば必ず一人くらいはそういう『普通の服』を着ている街人がいるというくらいに、もう果てしなく『普通』なのだ。
そう……
俺が求めてやまない『普通』が、そこにはあった。
もはや、俺に逃げようなどという気は全く無くなっていた。
俺は今……
この服を着たミリシアと一緒出かけ、一緒の食卓につきたくたまらなくなっていた。
「普通……、普通……。一応、私の一番のお気に入り服なのに……」
「……」
「はぁ、なんかやる気なくすなぁ。私、別にモテなかったわけでもないのに……。見て一言目の感想が『普通』って……」
ミリシアは何やら衝撃を受けていたが、なんでそんなに落ち込んでいるのかよく分からなかった。
「少しだけ待っててくれ。俺もすぐに『普通の服』に着替えてくる」
「えっ?」
「食事に行くんだろ?」
そういって、俺はギリギリ『普通』の全速力で『普通の服』に着替えて戻ってきた。
「……」
「……」
「どうだ、普通だろ?」
「うん……。普通だね」
→→→→→
街の盛り場に場所を移し、俺はミリシアと二人でテーブルについていた。
ほかのテーブルにいるのは、男女混合のグループを除くと、男女のペアが一番多い。
そうなると、周りから見たら俺とミリシアもまたかなり普通だろう。
「まさか、私以外にもあの時の生き残りがいたなんてね。言われてみれば、あの頃のカインくんがそのまま大人になったような顔してる」
ただ、話の内容は『盗賊に壊滅させられた村のたった二人きりの生き残りが、20年ぶりに再開して積もる話をする』という、どうにも普通とは程遠いものだったが……
「……そうか?」
なんとかして、もう少し普通の話題にならないものだろうか。
例えは……
なんだろう。……天気の話とか?
「うん。喋り方とかも、なんとなく昔っからちょっと暗い感じで、口数も少なくてぶっきらぼうだったから……、ようは今も変わらずそのまんま。私、なんですぐに気づかなかったんだろ」
そう言って、ミリシアはその目に少し涙を浮かべた。
「二十年も経てば、変わる」
それを言ったら、俺は言われてもしばらく思い出せなかった。
ミリシアの方は、だいぶ変わっていた。
確かに、顔つきや話し方にはかつての面影がなくはないが……
一緒になって、薄着で湖を泳ぎ回っていたあの頃とは色々な部分が、色々と全然違っていた。
「いや、全然変わってないよ?」
「変わったさ。それに、あの村には何十人も子供がいた」
たくさんいた子供達の中で、別段ミリシアと仲が良かったような記憶はない。
何十人もいた同世代の中で、特に仲良くもなかった相手の顔を、二十年ぶりに見てすぐにわかれというほうが無茶だろう。
それに、お互いに自分以外の生き残りはいないと思って生きてきたんだから、そもそも会うなんて思ってもいない。
正直言って『ミリシア』という名前だってほとんど記憶に残っていなかった。
『丘の上の家に住んでいた』の方で、ようやくなんとなく思い出したくらいだ。
「私はさ。あの襲撃の日には村にいなかったんだ。たまたま隣り町の叔父さんのところに遊びに行ってて、そのまま子供のいなかったその家に貰われたの。その後、運良く叔父さんの始めた商売が上手くいって、途中から学校にも通わせてもらって、必死に勉強して……、卒業した後にはギルド職員の採用試験にも受かって、それで今こうしてるってわけ」
そんな話を、ミリシアは一気に喋りきった。
20年ぶりの再会でさえなければ、会ったばかりの男女が互いの身の上話をして親交を深めるのは、かなり『普通』だ。
セイラからの報告にも、そういう場面はよくあった気がする。
「それで、カインくんの方は? これまでどうしていたの?」
酒の入ったゴブレットを傾け、それと一緒に斜めに傾いたミリシアが純粋そのものの目でそう尋ねてきた。
山道での一件以来、ミリシアにはいろいろと疑念をいだかれていると思っていたのだが……
俺が同郷の馴染みと知り、ミリシアの警戒心は一気に溶けたようだった。
「俺は……」
俺の身の上話は、あまりにも普通じゃない。
世間では『幻』などと称される盗賊団のボスに拾われて、そこで盗賊として生きてきただなんて……
「もう少し、普通の話をしないか?」
「えー、なんでよ? 久しぶりに会った幼馴染同士が、これまでのことを話すとかさ、これってかなり普通じゃない?」
ミリシアは「カイン君は普通が好きなんでしょ?」などど、服の袖をいじりながら嫌味っぽく付け足した。
「……」
困った。
たぶん、この辺りが潮時だ。
普通じゃない生活を続けてきて俺にも、なんとか普通に食卓を囲むことができるとわかっただけでも儲けものだ。
名残惜しくはあったが……
やはりここは早急にミリシアの前からは姿を消すべきだろう。
そう思い、俺は再びこの街を去る決意を固めた。
「俺は、これまで盗賊をしてた。あの襲撃の日に、『ガルシア盗賊団』という団に拾われてな」
ミリシアの顔が遠くなり、辺りの喧騒がより深くなった気がした。
ミリシアは驚きのあまり言葉も出ないようで、そのままの態勢で固まっていた。
さて、通報される前にさっさとこの街からおさらばするか。
そう思って立ち上がりかけた俺の前で……
「ぷっ、あはははは。何よそれ、……変な冗談。あははは」
そう言って、ミリシアが盛大に笑いだしたのだった。
……意味が分からなかった。
「冗談なんかじゃ……」
「『ガルシア盗賊団』って、東方八紀に出てくる物語の中の盗賊団でしょ? 『殺さず』『犯さず』『取り過ぎず』だっけ? 500年くらい前の帝国時代に流行った義賊団の、さらにその源流だって言われている盗賊団だよね」
「えっ……?」
そうだったのか?
ボスが『ガルシア』だから『ガルシア盗賊団』なんじゃなくて、その物語から『ガルシア盗賊団』の名前を取ってきたから、ボスは『ガルシア』を名乗っていたということなのか?
「さては、カインくん。私と同じ年にギルド職員の登用試験受けてたんでしょ? 『東方八紀の第二章に登場する盗賊団の名とその三ヶ条を答えよ』って、正解率2%だったあの年一番の難問だよね。私、悔しくて後で調べたからよく覚えてるのよ」
「……」
「でも、カインくんは腕っぷしが強いから、事務職じゃなくて戦闘職部門の方? あれ、でも騎士登用試験にも筆記ってあったんだっけ?」
「いや……、知らんな」
「もう、とぼけないでよ! まぁても、そういうところも本当に昔と変わらないよね」
そう言って、ミリシアはけらけらと楽しそうに笑うのだった。
周囲の誰も、俺たちのことなど気にしない。
こんなに普通じゃないことを言ったのに……
俺たちはあまりにも普通に、普通の風景に溶け込んでいた。
「まぁ、じゃあそのあたりはおいおい教えてよ。時間も遅くなってきたし、そろそろ宿に戻ろうよ」
ミリシアに手を引かれ、そのままさっきとった宿の部屋へと戻ることになった。
逃げそびれたわけだが、こうなるとそもそも逃げる必要があるのかどうか、よくわからなくなってしまった。
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