第12話 同郷
『交易都市マルクハット』
そこは、隣国との貿易の要所として様々な商品や人が出入りを繰り返す『交易』に特化した大都市だ。
別名では『辺境都市』などとも呼ばれているが、それはこの街がライアーク王国の最北端にあるというだけの話。
北の隣国ガラル王国との交易で栄えているマルクハットは、間違いなくライアークの国内でも五本の指に入る規模の街だろう。
ちなみに、このまま北に進んで大河を渡れば隣国のガラル王国の領土内に入ることができる。
ただ、国境を超えるとなるといろいろと手続きがめんどくさい。
ガルシアも、なるべくライアーク王国内で全ての仕事が住む様にと立ち回っていた。
ミトとミリシアの護衛をしながら、俺は自分がこの街で暮らすことを想像してみていた。
……それは、悪くないような気がした。
理由は二つある。
一つ目の理由は、ガルシア盗賊団がこの街で盗みを働いたことがないということだ。
それだけで、心なしが気が楽だった。
また、それゆえにガルシア盗賊団の他のメンバーにとってはなじみの薄い街となる。
だからこそ元の同僚たちと街中でばったり出くわすことがなさそうな気もした。
二つ目の理由は、やはりミトの存在が大きいだろう。
豪商のご令嬢が、せっかく俺の就職の口利きをしてくれるというのだからそれに乗るのは悪くない。
盗賊の
そんなわけで俺は、自らの新生活のスタート地点をこのマルクハットの街と決めたのだった。
→→→→→
「では、俺はこの辺で失礼する。仕事の件は、また頼む」
街の大通りを通り抜け、おそらくは高級な住宅街へと続いているであろう分厚い門の少し手前で、俺はそう言って立ち去ろうとした。
「住むところも決まっていないでしょうし、今日はこのまま
「いや、それは……」
ん? 警戒されているのではなかったのか?
「
そう言って、ミトは俺の手を引いてどんどんと前へと進んでいった。
そして、甲冑を着込んだ門兵に声をかけた。
「ラーク兵長。ミト・ホーランドです。商業都市サルマへの留学から、ただいま戻りました」
兵長と呼ばれた男は、ミトの顔を見て一瞬固まった後、大急ぎで門の奥に引っ込んでいった。
そして、程なくして奥から銀色の甲冑を着込んだ騎士が走り寄って来た。
「ミトお嬢様! 商隊が盗賊に襲われたと聞いて、ただいま旦那様が討伐隊を組織しているところだったのですよ!」
「ええ、随分と酷い目に会いましたが……、
「無事……、それはよかった。して、他の方々は……」
騎士のその問いに対して、ミトは無言で使用人達の認識票を差し出した。
「っ! なんということだ……」
持ち主のいない認識票。
それはすなわち死者を表している。
「すぐに旦那様のところへ……」
ミトにそう促しながら、騎士の視線が俺とミリシアへと移った。
「マルクハット冒険者ギルドのミリシアです。マルクハットへの異動が決まり、ミト様の帰還の旅に同行させてもらっておりました」
ミリシアが自身の認識票を見せながら銀色の騎士にそう言うと、騎士はその認識票を改めながらゆっくりとうなずいた。
「確かにギルド職員の物ですね。感応も問題ないようです」
そして……
騎士の視線が俺の方へと向いた。
「これでいいか?」
俺は、アイテム袋から俺の認識票を取り出した。
「名は『カイン』。生まれは『イッサ村』で、生年月日からして今は二十六歳。『モーモー農家の息子』で、そして職歴は『無し』か……」
騎士がその内容を読み上げると、ミリシアが『えっ?』という顔をした。
「ミトお嬢様とはどういった関係ですか? この村はもう二十年も前に廃村となっているはずですが?」
「被災孤児など、珍しくもないだろう?」
これだから、認識票を改められるような場所には来たくなかった。
普段の
そしてそれらは、団の解散の際にケジメとして全てボスに返却していた。
今俺の手にあるのは、幼少期に持たされていた本名が記された認識票だけだった。
「カイン様は
「……」
キッパリとそう言い放ったミトの姿を、テレジアと呼ばれた女騎士が苦虫を噛み潰したような顔で眺めていた。
テレジアとしては、職業柄出自の不確かな者をこの先に入れることはできない。
街の護衛騎士としては当然の判断だろう。
「俺が、適当な宿を取れば済む話だ」
「ダメです! そうしたら、カインさんどっか行っちゃうでしょ?」
「どこにも行かない。仕事を紹介してくれるんだろう?」
すまん、本当はすぐにでも逃げ出したい。
せっかく仕事をくれそうな相手に巡り会えたわけなのが、街の護衛騎士にこうも疑われてしまった今、このままこの街で暮らすのは避けるべきだろう。
「わかりました。では、この男は我々が見張っておきましょう。ですからお嬢様は、すぐにでも旦那様のところへ」
「……わかりました」
ミトは、名残惜しそうにしながら騎士達に連れられて門の奥へと入っていった。
「少し身辺を洗わせてもらいます。逆臣『ガロ』による襲撃事件は、まだ全て解決したわけではありませんからね。お嬢様の御身を傷つけた者どもは、その一族もろとも根絶やしに……」
「ん? 賊は『ゾール』という執事ではないのか?」
「何を馬鹿なことを。十年も前からホーランド家に仕えているゾール殿が、盗賊なわけがないだろう」
そう言いながらも、テレジアの目にミリシアの姿が入ったようだった。
ミリシアの表情は、真剣そのものだった。
「……そうだったのですか?」
テレジアの問いに、ミリシアが頷いた。
「っ! 襲撃の知らせを持ち込んだシャオを捕えろ! 彼女も盗賊共と通じている可能性がある!」
そう言って、女騎士テレジアは門内へと走っていった。
どうやら盗賊のゾールは、ガロという別の使用人に『ミト嬢誘拐』の罪を着せるつもりだったらしい。
シャオという、一人だけ
そうなると、あいつらは初めからミトを無事に帰すつもりはなかったのだろう。
傷ものにしなかったのは、あくまでも身代金を満額で受け取るために過ぎなかったというわけだ。
とはいえ……
もはや俺にとってそんなことはどうでも良かった。
騎士の目が離れているこの隙に、この街を出て別の街に行こう。
そしてそこで、また一から仕事探しを始めよう。
「ねぇ、あなたカインくんだよね? イッサ村の、カイネルさんのところの……」
「えっ?」
すぐにでも逃げ出すつもりだったのだが、久しぶりに父の名前を耳にして思わず足が止まってしまった。
「私、ミリシアよ。丘の上の家の……、昔一緒に遊んだミリシア。……覚えてない?」
「えっ……」
ミリシアは、なんと俺と同郷だった。
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