第17話 新たなる一歩

「おはようカインくん。私は今日からはギルドの寮に住むことになるなんだけど……、あそこ、幽霊が出るって噂だから住みたくないんだよね」


朝一番で、ミリシアがそんなことを言い出した。

暗殺者は、幽霊が怖いのだろうか?


「それで?」


住みたくないなら、住まなければいいと思う。


「私が寮に住まなくてもいい方法が、一つだけあるんだけど……」


「……」


まさか、寮を破壊して欲しいとか、そういう話だろうか?

たぶん、道具さえあればできなくはないが……

完全に『普通』じゃないから嫌だな。


「ねぇ、カインくん」


なぜか近づいてきて、ミリシアが上目遣いで俺を見た。


「私たち、結婚しない?」


「……」


ライアーク王国の法では、身体を重ねることは夫婦の契りと同義とされていた。


ただ、今やそんな法は完全に形骸化しており、基本的にはそんなことを律儀に守っている奴なんかはまずいない。


ガルシア盗賊団の中でもアリアナなんかは平気で複数の男と関係を持っていたし、俺もよく相手をさせられた。

また、セイラなど潜入担当シーカーから上がってくる大店の商人や貴族達の夜の事情なども、複数の登場人物達が入り乱れて、なかなかに複雑なものだった。


昨晩のミリシアの行動から、貴族や大商人だけでなく街人もそんな風に乱れているのが『普通』なのだろうと思っていたのだが……

違ったのか?


「……やっぱり、だめ?」


ミリシアが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「……」


だとしたら、昨晩の暗殺未遂はいったいなんだったんだろうか。

まさか、俺の勘違い?


いや、そんなはずはない。

俺はあの時、明らかな敵意と殺意を感じとったし、それは間違いなくミリシアから放たれたものだったはずだ。


もしくは、あれが最近の『普通』なのだろうか?


魔獣の中には、性交後に雌が雄を喰うという習性を持つものもいるらしい。

そんなことを言いながら、興奮したアリアナに肩を齧られたことがあった。


最近の街人のなかでは、そんな感じのことが流行はやっているのだろうか?


「ごめん……、やっぱり忘れて。私、一人で舞い上がってたかも……」


「……いや、問題ない。結婚しよう」


とはいえ、俺の求める『普通の生活』を手に入れるにあたっては、ミリシアと夫婦になるのも悪い選択では無い。

ミリシアは『普通』を装うことに長けている。

『普通』の夫婦について、ミリシアから色々と教えを請うというのも悪くないだろう。


「そうだね。ごめんなさ……えっ?」


「結婚しよう」


「えっ、えっ。いいの?」


俺の求める『普通』の暮らしのために、妻役は必要不可欠だ。

そうなると、次は……


「さっそく子供を作るか……」


「えっ! いや、それはちょっと早い気が……。いや、作る過程のあれこれは何度してもオッケーなんだけど……」


「普通はそうじゃないのか?」


「えっ? ええと、そうだね。普通はもう少し二人きりの時間を作る、かな」


「そうか、わかった」


なら、子供はもう少し先か。

そうなると、その間に他の『普通』を揃えて整えることにするか。


「……」


ミリシアがどんな人間であれ、俺に普通の暮らしをさせてくれるのならば歓迎したい。

あとはまぁ、なるようになる。


途中で死んだら、それはそれだ。

少なくともその瞬間まで、俺はこの『普通』の生活を謳歌することとしよう。


「じゃあ、これからは夫婦だね。再会したばかりなのに、なんか急展開で恥ずかしいね」


「次は、仕事を見つけてくる」


それが、普通だ。

今日はこのあと、早速ミトのところへ行くことにしよう。


「その前に、もう一回……」


「朝だぞ?」


「……ダメ?」


「普通はそうなのか?」


セイラの報告では、そういうのもたまにあった。


「えっ? うん、これからの私達の『普通』はそう」


「わかった」


「やった!」



→→→→→



「……」


「っ、!!」


「……」


「×××っ! ××××ッッ!!」


「……」


「〜〜っ! 〜〜〜〜っ!」


「……」


「××××ッッ!! ××××××ッッ!! 〜〜〜〜〜ッ、〜〜〜〜っ!!」


そうして俺は『普通の生活(?)』に向けての新たなる一歩を踏み出したのだった。

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