第16話 裏の裏

ガルシア盗賊団でこれまでこなしてきた役目柄、俺はその気になれば魔獣がうろつく森のど真ん中でだって完全に眠りにつくことが出来る。


敵意の気配を感じれば、寝ていようが何しようがすぐに目が覚めるよう訓練されているからだ。


そしてふと、今日も何者かの敵意を感じとって目が覚めた。


時刻はおそらく真夜中。

だが、ここは森の中ではない。

宿屋のベッドの上だ。


周囲には、ミリシア以外に人の気配はない。

それでもなお、俺の感覚は明確な敵意を感じ取っていた。


その敵意は、目の前で静かな寝息を立てているミリシアから放たれていた。


呼吸音を聞く限りは、やはり眠っているとしか思えない。

それでも、彼女は俺を殺そうとしている。

おそらくは眠っているように見せかけながら機会を伺っている。


直感とも言うべき領域の話だが……

俺のそういう感覚は大体当たっている。


音を聞く限り、妙な気配はみじんもない。

それでも、ミリシアが何かを仕掛けようとしているのは間違いないと感じていた。


目を開けるべきだろうか?

それとも……、いっそこのまま殺されてしまうべきだろうか?


俺は何も気づかずに、幼馴染と再会して、誘われるまま「身体を重ね、これから幸せでと楽しい生活が始まるかもしれない夢を見て……

何かの間違いで、何も知らずにそのまま死んでしまった哀れな青年になった方が、いいのだろうか?


無言の対峙。


俺は、『普通の女性』だと思っていたミリシアが暗殺者まがいの技術を備えていたことに少なからぬ衝撃を受けていた。

ミリシアはおそらく、ガルシア盗賊団の『潜入担当シーカー』であったセイラのように、自ら『普通』を装う事に長けたその道のプロなのだろう。


もし俺が『普通』の青年ならば、ミリシアの殺意に気づいて目を覚ますことなどなく、このままミリシアに殺されてしまうはずだった。

ただ同時に、俺がもし本当に『普通』だったのなら、ミリシアに命を狙われたりはしなかったのだろう。


仕方がない。

今すぐミリシアを制圧してこの街を離れよう。

俺は『普通』の生活を送りたかったわけだが、『普通の青年』になりきって暗殺者に殺されてしまっては、この先『普通』の生活を送ることができない。

まだまだやってみたい『普通』はたくさんある。


『普通』の仕事をして。

『普通』の家族を持ち。

『普通』の生活を送るのだ。


そのために、とりあえずここは逃げ・・だ。


俺がそう決めて動き出そうとした刹那。

ミリシアが、少しだけ呼吸を乱した。


そして不意に敵意が完全に消えて、なぜか頬を撫でられた。

完全に敵意が消えていたせいで、撫でられるまで気づかなかった。

もし今のが、俺を殺すための技だったとしたら……

俺はたぶんは殺されていた。


世の中には、とんでもない技術を持った奴がいるもんだな。


「ふふふ……」


先ほどまでは完全に音を消していたミリシアだったが、今はもうそれはやめたようだ。

俺がその気配に気づいたことに、気づかれたのだろうか?


「おやすみ、カインくん」


トドメを指す直前の最後の言葉にも聞こえなくはない。

だが、その優し気なトーンとすでに敵意が完全に消えていることからして、そうでないのは明らかだった。


ミリシアが何を考えているのか全くわからなかったが……

とりあえず、俺とはこのまま『普通』の関係を続けようということだろう。


ならば、こちらとしては悪くない。


ミリシアの気分次第では、ミスをすると殺されるかもしれないわけだが……

まぁ、その時はその時だ。

これまでだってずっとそんな世界で生きてきたので、今更といえば今更だ。


それよりもせっかく『普通』に装うプロが身近にいたのだから、このまま俺の知らない『普通』について色々と教えてもらうことにしたほうが、俺はより早く『普通』になれる。


そんなことを考えかながら、俺はすぐに眠りについた。

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