第7話 巻き添えのギルド職員
「……」
ミリシアは、もう一度目の前の光景を見つめ、自分の置かれている状況を整理した。
少し離れた場所に、豪商ホーランド一族のご令嬢『ミト・ホーランド嬢』がいる。
そしてそのすぐ後ろには、ホーランド家執事のズールが控えていた。
そんな中ミリシアはというと……
鼻息の荒い大男によって地面に組み敷かれ、びりびりとその衣服を破られているところだった。
「な、何するんですかぁっ!?」
「それがわからないような馬鹿ではないでしょう?」
ミリシアの問いに答えたのは、目の前の大男ではなかった。
冷たい声でミリシアの不幸を嘲笑っているのは、ホーランド家執事のズールだった。
ズールは、本来は自分の主人であるはずのミト嬢を後ろから拘束し、その首筋にナイフを押し当てている。
「ズールさん……、これは一体どういうことなんですかっ!?」
気丈に叫ぶミリシアの衣服は、大男にさらに引きちぎられてボロボロの布切れと化していく。
ズールはホーランド家の執事だ。
手広い商売を行っているホーランド一族の手足となり、ミリシアが受付をしている冒険者ギルドへたびたび素材収集の注文に訪れていた、ミリシアとも顔見知りの男だった。
「さぁ、ちょっと考えてみればわかることではないですか?」
「ゾールさん……、まさかあなたは、盗賊だったんですか?」
「ええ、はい。その通りです。ただし、私をその辺のごろつき共と一緒にされては困りますよ」
そう言ったズールの顔がにやりとゆがんだ。
「私は
「それで、ミト嬢を攫ってホーランド様に身代金を要求するという算段ですね」
「そう……。だからつまり、あなたはただの『巻き添え』です。取引に使うミト嬢を傷物にするわけにはいきませんので、代わりにしばらく荒くれ者どもの玩具になっていてください。ああ後、ついでに我々がミト嬢には手をつけていないということを、第三者の声として身代金取引の前にきちんと証言していただける助かります」
「そのために、私を……」
ミリシアにのしかかる大男が、ニヤつきながら身体を押し付けてきた。
その周りではさらに同じような大男が数人、同じようにニヤつきながらその光景を眺めている。
それは、まるで獲物を前にした魔獣の群れだ。
その汚らわしい視線が半裸になったミリシアに注がれ、これからその欲望の全てがミリシアの体内に向けて注がれようとしていた。
この男達は、それ以上の目的で自分に興味がない。
根っからの盗賊。
これまでこらえていたミリシアの恐怖心が、ここへ来て一気に爆発した。
「いや! 絶対いや! 誰か……誰かーっ!」
どれだけ叫んだところで無駄だとわかりながらも、ミリシアはあらん限りの大声を張り上げた。
迂回路が整備された今、この山道を使う者などほとんどいない。
その上、この場所はすでに山道からかなり離れている。
だから無駄。
だが、そんなことを考えるような余裕はもうミリシアにはなかった。
「嫌っ! 嫌っ! 嫌っ! 放してぇぇぇっ! 嫌ぁぁぁ~~~っ!」
「はははっ、やっとらしくなってきたじゃねぇか。さっきからやけに冷静だから、全然面白くねぇと思って萎えかけてたんだよな」
身をよじって逃げようとするミリシアに体重をかけてさらに強く拘束し、大男が最後の準備に入る。
「ひっ……、ぐっ……」
息を飲んだミリシアに、大男が全体重をかけてのしかかってきた。
その時。
近くの森の中から人の気配がした。
→→→→→
「?」
ミリシアは、混乱していた。
大男はミリシアにのしかかってきたっきり、そのままぴくりとも動かなくなった。
ミリシアは、そんな大男の様子を恐る恐る確認した。
「……えっ?」
見ると、ミリシアにのしかかっていた大男は白目をむいて息絶えていた。
その首筋から滴る血が、とろとろとミリシアの身体にも流れ落ちてくる。
「なんだてめっ……ぐぅっ!!」
「このっ……がふっ!!」」
色めき立つ盗賊たちが、次々と地面に倒れ伏していく。
反応して声を上げることが出来ているのはほんの数名だ。
ほとんど男たちは、そんな間もなく首筋を斬られて次々と地面に崩れ落ちていく。
何が起きているのかまるでわからない。
とんでもなく素早い
「なるほど、それなりにできるようですね。ホーランドがもしもの時のために雇った護衛、ですね。でも、ならば……こうするとどうでしょう? これ以上我々への攻撃を続けるというのなら、ミト嬢の命はほしょ……うぶぎぃっ‼‼」
ぶつぶつと何かをしゃべっていたズールが、突然後ろに吹っ飛んでいった。
ミト嬢の首筋に当てられていたはずのナイフは、ズールが吹っ飛ぶ直前にズールの腕ごと空中に弾き飛ばされていた。
「な……に?」
ズールは後方の木に激突し、目の前にポトリと落ちている自分の手を呆然と眺めていた。
「あ、れ? 俺のナイフ……。なんでこんな薄汚ねぇ手と一緒に?」
それを拾おうとして一歩前に出て、ズールは利き手を伸ばした。
そこでようやく、自分の手の手首から先がないことに気が付いた。
「ひあっ?」
そんなズールの背後を、一陣の風が吹き抜ける。
その瞬間、糸が切れた操り人形のようにズールの身体は地面に崩れ落ちたのだった。
→→→→→
「大丈夫か?」
何の前触れもなくミリシアの目の前に現れたのは、何の変哲もない軽装の旅人だった。
これといった特徴もなく、どこにでもいそうな旅の装い。
どちらかというと軽装。
もし彼を街道で見かけても、おそらくは全く印象に残らず、数秒後にはすれ違ったことすらも忘れているであろうほどの特徴のなさだ。
もしこの男が、ミリシアのいる冒険者ギルドに『冒険者になりたい』などと言いながらやってきたとしたら……、おそらくミリシアは危険のない最低ランクの依頼からコツコツとこなしていって地道に実績を積んでいくことを勧めるだろう。
数々の冒険者達の始まりと終わりを見てきたミリシアから見て、目の前の男にはそれほどまでに覇気がなく、またこれといった特徴もなかった。
だが、今しがた十数人の盗賊を一瞬にして葬り去った手腕はどう考えても黒等級の実力を軽く超える。
下手すれば、銀等級や金等級にすらも匹敵するものだった。
「あ……、ありがとうございます」
口を突いて出た礼の言葉の、その裏側の思考。
これといった特徴のないその旅人の姿は……
ミリシアの頭の中で今、執事として完全に街に溶け込んでいたズールと重なっていたのだった。
『盗賊』そして『潜伏』
ミリシアの頭には、思わずそんな二つの単語が浮かんでいた。
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