『再会』

第6話 山道の異変

『普通の暮らし』がしたい。


そう決めて一人になったはいいものの、正直に言ってそのための当てなどは全くなかった。


とにかく、とりあえずあてもなく歩き始めながら、俺はこれからの俺がやるべきことをまとめてみることにした。


あの団欒の光景を再現するために、俺がこれから手に入れる必要があるもの。


それは……、まずは家族だろう。

ポシジョン的に、俺はもう子供ではないから、俺の立ち位置はあの時の父親の役だ。

そうなると、必要なのは妻と二人の子供だ。


まずは家族を手に入れる。


そして、次に必要なのは家だ。

子供が遊ぶためには、それなりの広さが必要だ。


「……」


いや、その前に金だった。

金がなくては、家も買えないし家族が着る服も、食事も買うことごできない。

そして金を得るために必要なのは、仕事だ。


俺の父はモーモー農家だった。

それは、間違いなく普通の仕事だ。

だけど、もしこれから俺がモーモー農家になろうとした場合、どうやったらそれになれるのか全くわからなかった。


セイラを初めとする潜入担当シーカーは、それこそ『普通の生活』を送るプロフェッショナルだ。

潜入担当シーカー達は、ガルシア盗賊団が解散した後も、そのまますぐにでも普通に街の中に溶け込むことができるだろう。


今となっては、それは羨ましすぎる技術だった。


ただ、その代わりと言ってはなんだが、俺にはボスから叩き込まれた戦闘と移動の技術がある。

アリアナやカルロスにさえ、よく「化け物じみている」とか「まともじゃない」などと言われていた戦闘の技術……

その技術を使って『普通の暮らし』を手に入れる。


「ん……」


いや、それはダメじゃないか?

『普通』に暮らしたい場合、人から『普通じゃない』と言われてきたその技術は、使っちゃダメなんじゃないか?


「ヤバいな……」


その技術を封印するとなると、俺にはこれといったものがなんにも残されていなかった。


無能の無職。

そして天涯孤独で、宿無しの無一文。


人付き合いの技術すら、六歳の時から止まったままのような状態だった。


ガルシアは『なんとでもなる』などといって笑っていたが、俺を取り巻く俺の状況は、俺の想像以上にヤバすぎるようだった。


他に出来ることといえば『待つこと』くらいか?


一人でいるのは慣れていた。

ガルシア盗賊団に所属していても、伝令担当メッセンジャーなどという役目を負っている都合上、俺はほとんどの時間を一人で過ごしていた。


街から街への移動中然り。

潜入先の目を盗んだ潜入担当シーカーが連絡してくるのを、ひたすらに決められた待ち合わせ場所で待つ時間然り。


「……」


だが、さすがにその技術は、普通に暮らす上ではあまり役にも立たない。

これから先、ただ待っていて状況が好転することはない。

そのくらいのことはわかる。


とりあえず、俺はガルシア盗賊団がここしばらくの拠点にしていた『湖畔の隠れ里』からは離れることにした。



→→→→→



そうして足の向くままに三日ほど歩き続け、俺はとある山道に差し掛かっていた。

ここにいたる途中で幾度かモンスターの襲撃を受けたが、別段問題になるような規模


ここまでの草原に生息していたのは、銀色の毛並みの四足魔獣『ウルフェス』とその上位種の『ウルルフェス』だ。


こうなったからには、何かと物入りだ。

後で素材屋にでも売ろうかと思い、討伐したウルフェスから角を取り外し、毛皮をはぎ取っておいた。


ついでに売り物にはならない肉も剥ぎ取り、ある程度の食料も手に入れた。

カルロスあたりに言わせれば、ウルフェス野生の魔獣の肉などは食えた物じゃないらしいが……

俺に言わせれば、腹が満たせて問題なく自身の血肉になる物が、食えないという意味が分からなかった。


またここから山道に入っていくと、茶色の体毛に覆われた亜人魔獣『サルース』と緑色の肌の亜人『ゴブリン』なんかも出没するようになる。

それらの肉には毒素が含まれていて、人間が食うと普通に腹を壊すので、それはさすがに食えなかった。


今し方はぎ取ったウルフェスの素材がいくらになるかは、相場の感覚があまりないので何とも言えないが、討伐自体はそう苦にならない。

今後、生計を立てていくための新しい仕事を探すにあたり、モンスターハンターなどの協会に所属してモンスター素材収集で生計を立てるのも悪くはないかもしれない。


「……」


いや、戦闘力を使うようなのはやめにしておこう。

それなたぶん『普通』じゃない。



→→→→→



山道を進むと、徐々に道が険しくなっていった。


盗賊団の伝令担当メッセンジャーとして、こういう人里離れた道は歩き慣れている。

ペースを落とさずに歩みを進めていくと、道の端にたびたび車輪の跡のようなものが見えた。


この山道は首領への伝令の際に何度も通ったことがある道なのだが、この先をあと少し行けばもう荷馬車が通れるような道幅ではなくなってくる。


通常、荷馬車を引いているのであれば山を避ける迂回路を通るはずだった。


道を知っている者であれば、まず荷馬車を引いてこんな場所を通らないし、この道が荷馬車の通り抜けができないという旨はこれまでに散々標識版として示されていたはずだ。


どこぞの貴族か商人が、先を急ぐあまり馬鹿なことをやらかしたのか……

もしくは何かしらのアクシデントが起きて、強制的にそちらの方向に連れていかれたのか……


「……」


こういう手口は、盗賊の界隈ではよく聞くものだった。


手遅れでなければやれる範囲のことをやる。

『全然盗賊らしくない』などと、セイラやアリアナにはよくからかわれたのだが……

俺は「理不尽な殺し」や「欲望のままの強姦」そして「根こそぎ奪う事」が大嫌いだった。

だから、俺はそもそも盗賊が嫌いだった。


『鉄の三ヶ条』を掲げ、本気でそれを遵守していたガルシア盗賊団以外で盗賊を続ける気がなかったのは、そういう理由があるわけだ。

カルロスの団が、ボスの真似事をしながらその三ヶ条を守り続けるのもすぐに限界がくる。

すぐに資金が尽きる。


もしそんな風になったカルロスの団と再び会いまみえる時が来たら……

俺は、カルロスを殺すかもしれない。


「……」


そのままペースを落とさずに山道を進み続けると、程なくして車輪跡の主が見つかった。


おそらくは賓客を乗せていたのだろう。

外ではなかなか見かけないような豪華な装飾が施された荷馬車が一台、その場所で立ち往生していた。


「……」


付近に乗り手の姿はない。

中を覗き込むと、いくつかの荷物やアイテム袋が手付かずのまま放置されていた。


おそらくは盗賊の類にさらわれ、荷馬車ごとここまで連れてこられたのだろう。

そして、そのまま荷馬車から引きずり降ろされて……

今まさにこの付近の林中で身ぐるみをはがされている最中と言ったところだろう。


荷物が手付かずであることから考えて、盗賊達は今もまだ乗っていた人間達の方に夢中だということだった。


「……」


立ち止まって耳を澄ますと、森の息遣いが聞こえてくる。

複数の魔獣達の喚き声に混じって、ふと人の声が聞こえた気がした。


俺は、自分の感覚を頼りに山道を逸れて森の中へと侵入していった。


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