第8話 豪商の娘

その盗賊達は、かなり手強かった。

お屋敷の衛兵も、街の自警団も、騎士団も、盗賊も……、大体の相手は、本気を出した俺の攻撃には反応することすらできない。

それが普通。


それが……

全速力で森を走り抜け、そのままの勢いで放った攻撃に、カウンターを放たれた。

その場のほとんど全員が俺の姿を目で追い、俺の攻撃に合わせてカウンター気味の反撃を放ってきたのだ。


相当に練度の高い賊集団だった。


ボスらしき男は、まぁその中でも中間程度の実力だったが……

手を抜く余裕が全くない相手であることに違いなかった。



→→→→→



「危ないところを助けていただき、お礼の言葉もございません」


荷馬車が放置されていた地点まで戻り、そう言って俺の目の前で恭しくお辞儀をした少女は、自らを『ミト・ホーランド』と名乗った。


ホーランド一族と言えば、各地の大都市に複数の大商店を構えるまごう事無き大商人の一族だ。

ボス達の会話にもたまに登場していた気がする。


もし俺がまだ盗賊稼業から足を洗っていなければ、思わぬ僥倖ぎょうこうに心の中で手を打って喜んでいたかもしれない。

こんなことをガルシアボスに報告すれば、その瞬間にそこからホーランド一族の財産に手を出すための策が練り上げられていくことだろう。


まずはボスの『表』の知り合いを俺→ボス→そいつの順でホーランド一族に面通しして、商売相手として順当に数年分の信頼を積み上げた後、そいつの知人の知人の紹介などという名目でガルシア盗賊団の『潜入担当シーカー』をホーランドの懐に潜り込ませて、そして……


「あの……もしよろしければ、お名前をうかがってもよろしいですか?」


少し上目遣いのミトの言葉で、俺の思考は強制的に中断された。


「あ……、ああ、すまない」


「いえ、『ホーランド』の名前を聞けばたいていの方はそういった反応をされます。ただ、わたくしそう・・だと知らずに助けてくださったこと。きっとあなたは普段からこうしてたくさんの人々を救っていらっしゃる方なのでしょう」


俺が固まっていた数秒間は、どうやらミトには『驚きのあまり』のことだと理解されたようだ。

本当は『たくさんの人々を救う』どころか、各地で商人や貴族の家に押し入って盗みを働く盗賊だったんだけどな。


いや……、正しくはもう『元』盗賊団か。


「……カインだ」


「カイン様。重ねて不躾ぶしつけなお願いを申し上げてもよろしいでしょうか?」


「護衛か?」


俺がそう言うと、ミトは表情を変えずに頷いた。


「はい。もともとわたくしが連れておりました護衛や付き人は皆、先ほど奴らに殺されてしまいました。生き残ったのはか弱い女二人。我々だけではこのまま山道を抜けることはおろか、来た道を引き返して街道に戻ることさえもままならない状況です」


淡々と交渉に臨むミトの姿は、見た目から想像される年齢を遥かに超えて大人びた物だった。

それは、ついさっき信頼していたはずの執事に裏切られ、常日頃から自分の身近にいた使用人達を根こそぎ殺し奪われた年端もいかぬ少女の姿ではなかった。


こちらが『ホーランド』の名を知っているという前提の上、具体的な条件などには全く触れずに話を進めようとしていることも、おそらくはまだ俺の正体や欲しいものを推し量れずにいるが故だろうか。


年の割には、ちゃんと頭が回る。


『豪商の一族』


潜入担当シーカーのセイラから伝令担当メッセンジャーの俺にもたらされる報告の中には、およそ俺の想像を超えるような人間性を持った者たちの情報があった。

五歳で完璧に読み書きをこなし、七歳で帳票関係をもれなく記載できる。

そして十歳で一つの店を任され、十五歳の頃には複数の店舗を経営しながらも他の商人を相手どり新たな店舗の買上げなどの複雑な条件の商談をまとめ上げる。


それは『普通』の待ち人に混じって生活をしながらも、『普通』とはかけ離れた性質を持つ者たちだ。

目の前にいるまだあどけなさの残る少女もまた、そういった『普通ではない』何か・・を持っているのだろう。


俺のような日陰の者とは、また違った意味での『普通』ではない者たち。

世の中には、こういった人種もいるのだ。


「行き先は?」


俺の答えを了承だと受け止めたのだろう。

少しだけ、ミトの表情が揺らいだ。


私達わたくしたちの行き先は、私共わたくしどもホーランド一族の本拠地である『交易都市マルクハット』です。カイン様は、元々はどこへ向かう予定でございましたか?」


「行き先は特に決めていない」


「まぁ、それでしたら……」


「ミト様。差し出がましいようですが……」


そこで、荷馬車の中で替えの服に着替えていたもう一人の女が声を上げた。


先ほど盗賊に組み敷かれて、嬲られようとしていた女だ。

名前は『ミリシア』というらしい。


「会ったばかりの方を全面的に信頼するのはあまりよろしくないかと思います。危機を救って下さったのは間違いのないことですが……その、ゾールさんもはじめはそうやってホーランド様の信頼を得たと聞いています」


もし俺がまだ盗賊であれば、そのミリシアの言葉は完全なる図星だ。

先ほど頭に思い浮かべた『ガルシアボスだったらこうするだろう』という想像が、まさにそれだった。


「カインさんは、なぜこんなところに一人でいたのですか?」


ミリシアが俺に向き直り、ややキツめの目つきでそう尋ねてくる。


「長年勤めていた先から、解雇された」


名前もないような小さな村だったから、それで居づらくなって違う街に行くことにした。

そのあたりまでは、一応言い訳としては考えておいていた。


「だからと言って、魔獣がうろつく山道をたった一人で歩いているなど普通のことではありません。もしかして、近くに仲間が……」


「ミリシアさん。ここは私に任せてください」


そう言って、ミトがミリシアの言葉を遮った。


俺は、怪しい。


普通に考えたら、こんな魔獣だらけな場所を一人で歩いている旅人などは稀だ。

普通は、元々のミト達のように複数名で構成された旅団を組織して行動するものだ。


だが、ミトおそらくはそんなことは百も承知なのだろう。

そういったことまで全てわかった上で、他に頼る者がいないから仕方なく俺に護衛を依頼しているのだ。


たとえそれが危ない橋であっても、ここで俺に頼らなかったら、この場所で夜を超すことはできない。数時間すらも生きてはいられない。


「カイン様、わたくしたちを無事にマルクハットまで送り届けていただいた暁には、我々ホーランド一族ができうる限りの力添えをして、カイン様の新しい職探しを援助することをお約束いたします。それで、いかがでしょうか?」


ミトは態度にこそ出さないが、おそらくは腹の底では十分すぎるほどに俺への警戒心をいだいている。

『ホーランドの系列店で俺を雇う』とか『腕っぷしが強いから護衛にする』とかとは口にしなかったことこそ、その表れだろう。


そしてミリシアの方は、はじめからあからさま過ぎるほどに俺を警戒していた。


盗賊団の伝令担当メッセンジャーとして、常に目立たぬよう、人並みという景色に溶け込むようにと心がけていた俺が、初対面の相手にここまでの警戒心をいだかれることは稀だった。


ガルシア盗賊団が解散となり、名目上は『盗賊』という身分ではなくなったことで、少々気が緩んでいるのかもしれない。

『現在』の俺が何者になろうとも、『過去』の俺が盗賊であった事実は消えないのだ。


普通に考えたら、盗賊相手とはいえ十人もの人間を躊躇なく斬り殺した殺人者・・・の俺を、そのまま無警戒に受け入れるような者は『普通』の街人にはまずいない。


ただ、警戒されているからと言って俺の過去がバレているわけではない。

今のところ、俺はただの『職探し中の、腕の立つ旅人』のはずだ。


「ぜひとも頼む」


どうやって普通の仕事に就こうかと考えていたところに、金持ちが仕事を紹介してくれると言うのだから、とりあえずは渡りに船だ。

ミトも、俺が盗賊の手先である可能性を視野に入れながらも、そうでない可能性に賭けて里までの旅の安全を確保しようとしているわけだ。


こいつらが俺を利用しようとしているのならば、俺もこいつらを利用するだけだった。

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